第2話「天ヶ瀬皐月は馴染まない」
「天ヶ瀬皐月は馴染まない」-①
人生というものは数奇なものだ。
中学時代にあんなに辛い目にあって、もう人間関係を築く事は辞めようと決心したはずなのに、今の私には友達がいる。
考えを曲げたと言えば聞こえは悪いけれど、今の私にはこの決断に悔いはない。
私に見せてくれるあの笑顔が、私は大好きだから。
◇◇◇
愛染さんと友達になって約1ヶ月。3月の頭。
3年生の卒業式も終わり、寮は卒業で退寮する3年生がめまぐるしく動いている。あと1-2週間ほどで、今度は新入生が入寮する時期だ。
学校の1/3の生徒がいなくなった校舎は、たとえ出会いと別れの時期を経ても変わることなくそこに佇んでいる。強いて言えば、桜等の花びらが舞い、すこしばかり華やかになっているくらいのものだ。
私達在校生は、いつもと変わらない生活を送っている。いつも通りに登校して、いつも通りに授業を受けて、いつも通りに下校する。
変化した事もある。一つは、あの見晴らしの良い場所。あそこには行かなくなった。というよりは、行けなくなったが正しい。植物が成長し、葉が生え、通れなくなったからだ。それは元々分かっていた事だったから、仕方ない事ではある。次にあの景色を見れるのは、次の冬だろう。少しばかりの寂しさはあるけれど、またあの景色を見れる日を楽しみに生きていこうと思う。
もう一つは、愛染さんと友達になったこと。これはきっと、私の人生においてもかなり大きい出来事だと思う。
でも、私と愛染さんは学校での会話はしていない。それは、私がそうしてほしいとお願いしたからだ。愛染さんは超巨大企業である愛染ホールディングスの社長令嬢である。そして、この麗鳳女学院、通称麗女は、権力のある家系に生まれた子女達が集う学校だ。この学校では生徒同士による打算や駆け引きがある、らしい。らしいというのは、一般家庭育ちの私にはよく分からないというだけだ。そんな中では、交友関係すらその人物の評価になる可能性がある。私の学年において、愛染さんはその中でも最上位だ。そんな人が、私のような成績下位で一般家庭の外部入学生と仲良くしていたら、周囲の評価が下がってしまうかもしれない。そう思ったのだ。
この提案をした時、愛染さんはかなり複雑な表情だった。きっと、私の言いたいことや、私が愛染さんを気遣っているという気持ちは伝わったからだろう。けれど、きっと愛染さんは学校でも話したかったのだろうという事は私にも伝わってきた。
少なくとも、今の段階では難しい。いきなり土日明けで仲良くなっていたら、それなりに違和感は抱かれるだろうし。
いつかは、愛染さんの気持ちに応えたい。でも、私のせいで愛染さんの評価が不当に下げられるのは嫌だ。これが、今の私を悩ませるものだった。
その分、土日はできる限り勉強会と称して会う事にしている。平日もメッセージのやり取りをしたり、電話をしたり。
私はメッセージのやり取りを面倒くさがるところがあるので、電話の方が多い。愛染さんの声を聞きたいという思いもあったりする。
「明日の土曜日、皐月ちゃんは空いてる?」
愛染さんは、私の事を皐月ちゃんと呼ぶようになった。もう1ヶ月も経ったので私も慣れたけど、最初の頃はすごくむずむずする感覚があった。下の名前で呼ばれるだけなのに、愛染さんに呼ばれるとちょっと照れる。
最初はさっちゃんってあだ名を提案されたけど、子供っぽいという理由で何とか変えてもらった。
私は愛染さんの事を変わらず愛染さんと呼んでいる。万が一他の人に聞かれても大丈夫なようにと思ったからだ。それと、美乃梨さんとか、美乃梨と呼ぶのがちょっと照れくさいというか何というか。
「うん。むしろ、私に土日の予定があったら大事件だよ」
「そ、そんな事ある?」
実際、私に土日の予定はない。強いて言えば、愛染さんに会う事くらい。
愛染さんは月に1回は土日に外出している。許婚の時渡玲央(ときわた・れお)さんに会うためだ。時渡商事の息子さんという事くらいしか知らない。まぁ、男性なのでそれ以上知ろうとは思わないけれど。
愛染さんと時渡さんは、仲は悪くはないけどそんなに良くもないらしい。それでも結婚させられるのは、正直可哀そうだと思う。
「場所はどうする? いつも通りに愛染さんの部屋?」
月に6日は愛染さんの部屋に行っているので、私もだいぶ慣れたものだ。今ではSPのお姉さんと挨拶も交わせるようになった。
こんなに頻繁に愛染さんの部屋に行っている割には、私と愛染さんの関係は周囲の噂にはなっていなかった。SPの人達は多分、守秘義務があるだろうから言わないと思う。それ以外の入居者の人とは、何度かすれ違ったりはしたけど、私を一目見て興味なさそうにするだけだった。私は眼中にないのかもしれない。
「ん、それで大丈夫。あ、でも」
「うん?」
「その、皐月ちゃんのお部屋、行ってみたいな」
「え」
私は目を見開いて、部屋の周囲を見渡す。
普段から掃除はしているので汚くはないはず。洗濯物も置きっぱなしにはしていない。
いやいや、それよりもだ。
愛染さんが私の部屋に行きたい? 本当に大丈夫だろうか。部屋には冷蔵庫はあるけど、中身は飲み物しか入っていない。お菓子なんて全然ない。非常食代わりのゼリー飲料とプロテインバーしかない。おもてなしもへったくれもない部屋だ。
「だ、ダメかな? わたし、皐月ちゃんがどんな生活してるのか見てみたいって思って」
「い、いや。ダメって訳ではないんだけど…もてなすものもないし、愛染さんの部屋と比べたらめちゃくちゃ狭いよ?」
「わたしは大丈夫。むしろ、私の部屋広すぎて持て余してるし」
それはそうかもしれない。愛染さんの部屋は一人で住むには広すぎる。あれ、普通に家族で住めそうだし。
私の住んでいるB棟は各部屋10畳のリビングに、それとは別にキッチンとトイレ、洗面所、浴室がある。ウォーキングクローゼットも完備だし、浴室乾燥機能、洗濯機まである。正直、普通の1Kマンションより広いし内装も綺麗だ。普通に都内で借りようとしたら、立地にもよるけど家賃は10万を超えるくらいはあると思う。それでも、A棟とは比べるのもおこがましい程の差がある。
「それに、B棟は結構生徒も多いし、普通に周囲の目もあると思うけど…」
これが一番のネックだ。A棟は入居者が少ないからいいけれど、B棟は普通に生徒数も多い。ロビーからすぐの場所には食堂があるし、生徒の往来も多い。愛染さんが来たらすぐに噂になると思う。
「例えば、皐月ちゃんがわたしの大切な物を拾ってくれて、わたしはそれのお礼に来たって言えばいいんじゃない?」
そうかなぁ、とも思う。にしたって、私の部屋に何時間もいたら怪しまれないだろうか。
でも、愛染さんは私の部屋に来たがっている。友達の部屋に行くというのは、愛染さんにとっての夢なのかもしれない。
それなら、応えてあげたいと思ってしまう。何というか、私はここ最近、愛染さんにめちゃくちゃ甘いなと思う時がある。でもそれは別に悪い事ではなくて、それだけのものを、私も愛染さんから貰っているからだと思う。私と愛染さんは生まれも育ちも全然違う次元で生きてきたけど、友達として対等ではありたいのだ。
「ん…分かった。その、狭いし、あまり見どころはないと思うけど…それでもいいなら」
「本当? ありがとう! わたし、すっごく嬉しい」
電話越しで、めちゃくちゃ喜んでるんだろうなという事が分かる弾んだ声が聞こえる。そこまで言われると、なんというか、嬉しい。
「じゃあ、明日の14時くらいでいいかな?」
14時ともなると、食堂も落ち着きはじめてくるし、人通りは減るだろうという判断だ。
「うん。あ、一緒に勉強もしたいな。週明け期末試験だし」
「分かった。あー、期末試験かぁ…」
現実を目の当たりにして、私は肩を落とす。愛染さんのおかげで勉強の理解度は上がったから、多分成績は上がると思う。それでも、試験というものはどうしても気が重くなってくるものだ。
「そう言えば、私に教えてくれるのは嬉しいし、一緒に勉強するのも嬉しいんだけど…愛染さんは大丈夫なの?」
「わたし? もちろん」
愛染さんは全く問題ないと言わんばかりに自信満々だ。どこからその自信があるのだろう。
「でも、私に勉強教える時間を取って成績下がったら、正直申し訳ないどころじゃないんだけど…」
「大丈夫。わたし、ちゃんと普段勉強してるから。それに、皐月ちゃんと一緒に勉強したいって思って事前に勉強頑張ったの」
そこまでして私に会うための算段をつけてくれていたとは思わなかった。何というか、私ってすごく愛染さんに大事に思われているんだなと感じる。
「そっか。分かった。その…多分色々分からなくて聞いちゃうと思うけど、よろしく」
「うん。わたし、明日がすごく楽しみだよ」
もうね、愛染さんって本当に可愛い生き物だなと思う。私の部屋に来ることをこんなに楽しみにしてくれているなんて。正直、こういうやり取りをするのが私だけなのかなと思うと、優越感って訳ではないんだけれど嬉しい。
愛染さんと友達になって、私の心がこんなにあたたかくなるだなんて、ちょっと前までは考えられなかった。だからこそ、私はこの関係を大切にしていこうと思う。
「その、私も楽しみにしてる、よ」
「…! うん、えへへ」
けれど、このやり取りはなんというか、友達超えてないかなとか思ったり思わなかったり。
◇◇◇
翌日。私はいつもより早めの9時に起きる。シャワーを済ませ、メイクをする。ジャージ姿は流石に見せるのが恥ずかしすぎるので、白のロングシャツにリブニットパンツ。部屋着感は出しすぎないようにしつつも、カジュアルな感じ。愛染さんが来るからもうちょっとオシャレした方がいいかなとは思ったけど、気合入りすぎるのもちょっと恥ずかしい。
普段より早めに起きた理由は当然、掃除だ。普段から一応掃除をしているとはいえ、愛染さんが来るという事もあり、埃一つも許さないという気持ちで細かい所まで掃除をする。窓のサッシや洗面所等も掃除をしたけど、流石にここをやる意味はあったのかが怪しい。けれど、やっぱり友達を自分の部屋に呼ぶというのは結構緊張するものだ。だからやれるだけの事はやろうという気持ちだった。
その後は昼食をとりに食堂へ。週明けが期末試験だからという事もあってか、館内での人通りはまばらだ。おそらく、皆自室にこもって勉強をしているのだろう。もしかすると、愛染さんが来る頃には人通りが全然無いという可能性すらある。
今日のランチはカツサンド。普段の800円ランチとは違い、900円だ。100円奮発したということ。まぁ、ささやかなゲン担ぎというやつ。相変わらず美味しい。パンはほどよい感じに焼かれており外はサクッとしていて、カツも嚙むたびに旨味が口の中をじゅわっと駆け巡っていく。ソースは濃すぎず、カツ本来の旨味を際立たせているかのようだ。
うん、私それなりに食レポ能力が上がったんじゃないだろうか。
それから私は部屋に戻り、勉強のための教科書やノートを机に置く。そして、ベッドの上で正座をしていた。
正座に意味があるわけではない。ただ、あと30分もしないうちに来るであろう愛染さんが来ることにソワソワしすぎて、座っていないと落ち着かないだけだ。
そんなことをしながら、私は愛染さんを待っているのだった。
◇◇◇
わたしは、緊張している。
初めてのお友達のお部屋に行く事。
わたしにとって、本当の意味でのお友達。
皐月ちゃんが普段過ごしている部屋に、わたしはこれから向かう。
わたしは愛染ホールディングスの現社長、愛染幸志郎の娘だ。兄が3人いて、女の子はわたしだけ。長男の善一郎お兄様とは10歳離れている。善一郎お兄様は既に愛染ホールディングス本社で働いており、社長の長男にふさわしいカリスマ性を見せている。
次男の慶二郎お兄様、三男の満お兄様も、愛染家として恥ずかしくない教育を受けている。
それはわたしも同じ。けれども、わたしは兄妹の中でもかなり特殊な立ち位置だった。
女性として生まれた事。わたしは愛染ホールディングスの為に生かされる中で、この部分を活用される未来しか用意されていない。
2年後には時渡商事社長の息子、玲央くんとの婚約が決められている。
玲央くんは目つきも愛想も悪いけれど、良い人だとは思う。けれど、結婚したいかと言われれば、そうではない。
でもわたしは、抗う事ができない。そのために生かされているのだから。
周囲からの目も、わたしの自由を奪っていく。わたしはこの麗鳳女学院において、愛染家として恥ずかしくない振る舞いを要求される。そして、愛染家に近づくため、コネクションを築くために多くの人が近寄ってくる。
けれども、それはわたしに興味を示している訳ではなくて、あくまで愛染家を見ているだけ。
中等部時代、わたしがお友達だと思っていた子が、愛染家の内情を知るために仲良くする素振りを見せていただけと知って、わたしはひどく悲しんだ。その子もわたしを見ていなくて、わたしはただ、愛染という名を持っているだけの駒にしかすぎないのだと痛感した。
だからわたしは欲していた。打算も駆け引きもない、わたしの事を見てくれるお友達が欲しかった。
その焦りが、不安が、きっとわたしの絵にも響いたのかもしれない。
コンクールに出した作品は選外佳作。技術は申し分ないけれど、絵に込められた想いが感じ取りづらいとの評価。その通りだと思う。大好きだったはずの絵が、つらかった。
そして、お父様から恥さらしだと怒られ、わたしは美術部を退部させられた。
どうしようもなく辛くて、逃げだしたくて、久しぶりにわたしは見晴らしのいいあの場所へ行き、一人で泣いていた。
そんな時に出会ったのが皐月ちゃんだった。
クラスの誰とも馴染まず、常に一人。わたしも話したことが無かった。
きっとあの時は、わたしとあの場所で会ったことを後悔していたりしていたと思う。それでも、わたしの話を聞いてくれた。
そして、愛染家ではなく、愛染美乃梨個人と話してくれた。
それが嬉しくて、救いだった。皐月ちゃんはわたしに救われたと言っていたけれど、それはわたしも同じ。
わたしは皐月ちゃんの事が気になって、理由をつけて二人でお話がしたいと思った。だからわたしの部屋に誘ったり、お友達になりたいと勇気を振り絞った。
皐月ちゃんは中学時代に何らかのトラブルがあって、他者との交流を避けるようになったらしい。それがどういうものなのかが気にならないと言えば嘘になる。でも、無理に聞くことはしないようにしている。多分それは、皐月ちゃんにとって本当に辛い出来事だと思うから。いつかわたしに話してくれる時が来たら、わたしは皐月ちゃんの話をしっかり聞こうと思う。
最終的にわたしと皐月ちゃんはお友達になった。皐月ちゃんのお願いもあって学校では話さないようにしている。でも、ちょっと寂しい。
理由は、わたしの評価を下げさせたくないから。気持ちは分かる。でも寂しい。皐月ちゃんは優しいから、わたしが学校で不利になるような事にはなってほしくないのだろう。
でも、わたしは皐月ちゃんと学校生活を楽しみたい。わたしにとって、皐月ちゃんはただのお友達という訳ではないと思う。一番のお友達。一緒にいて楽しくて、もっと一緒にいたくなる。
皐月ちゃんは自己評価が低すぎると思う。少なくともクラスの中では浮いている事は確か。でもそれは、皐月ちゃんが人間関係を諦めているから。私が聞く限りでは、嫌いという人はいなかった。もちろん、それは皐月ちゃんの事を知らないからとも言えるけれど。きっと皐月ちゃんは自分からも歩み寄ったら人気者になると思う。この麗女で、皐月ちゃんみたいなクールな人は少ないから。
わたしがそれを皐月ちゃんに言っても多分皐月ちゃんは信じてはくれないと思う。信じたとしても、行動には移さない気がする。きっと、中学時代のトラウマというものは、皐月ちゃんの心に深い傷跡を残していると思うから。
それでも。それでもわたしは、皐月ちゃんと学校でもお話がしたい。5月の体育祭、11月の修学旅行を、皐月ちゃんと楽しみたい。
そのためにはどうしたらいいのだろう。この一ヶ月間はそんなことばかり考えていた。
きっと、わたしと皐月ちゃんはそのあたり似ているというか、お互いがお互いの事を考えて不安になってしまっているのかもしれないと思う。
わたしは皐月ちゃんと出会って、自分の変化を感じる。
それはわがままというか、『こうしたい』と思うようになった。その最たるものが、皐月ちゃんと楽しい学校生活を送りたいというもの。それはわたしにとっての願いだし、何より1年近くを孤独に生きてきた皐月ちゃんにも、幸せになってほしいという願いでもある。
期末試験が終わったらあとは終業式。その後は春期講習。そこで何とかしたいなぁ、なんて思う。
わたしのこの変化は、きっと愛染家としてはよくないこと。でも、わたしがわたしらしく生きていけるようになった。この一ヶ月で得たものは、わたしの人生でもかけがえのないもの。そんな変化をくれた皐月ちゃんと、これからも一緒にいたい。
…ちょっと重いかな。
そんな事を考えながら、わたしはB棟へと足を運ぶ。普段はわたしが入居しているA棟以外に入ることは無いのでちょっと緊張する。
「あれー、みのりん? B棟に来るなんて珍しいね!」
B棟のロビーから左に曲がり、204号室を目指して歩いている途中、元気な声が聞こえてきた。
「戸鞠さん。こんにちは」
習志野建設株式会社会長のお孫さんである戸鞠彩さん。わたしとは中等部3年生からの付き合い。ちょうどわたし達が3年生のタイミングで習志野建設は愛染ホールディングスの傘下に入り、そこから知り合った。わたしのご機嫌取りという立ち位置だと、善一郎お兄様は仰っていた。
元気であまり麗女の生徒っぽさはないけれど、その元気さでクラスメイトの多くと仲良くやっている。
「こんにちはー! どうしたの、何か用事?」
「うん、ちょっとね」
戸鞠さんは悪い子ではないと思う。裏の顔がどのようなものかは分からないけれど。というより、戸鞠さんはいつも元気で能天気っぽい所もあって内面を読み取るのが少し難しい。
「そっか。遠くからでも分かったよ。みのりんオーラすっごいもん」
「え、えぇ…?」
わたしにそんなオーラはないと思う。むしろ2組リーダー格の財前さんの方がオーラが凄いと思う。
「そ、それにしても、B棟って思ってたより静かだね」
「あー、それはね、週明けが期末試験だからだよ。みーんな勉強してる」
「そうなんだ。じゃあ、戸鞠さんはどうして廊下に?」
「あたし? あたしは……ほら、アレだよ! 休憩! 集中力を保つには適度な休憩が必要だし」
戸鞠さんは、一応成績は悪くないけれど結構むらっけな所がある。得意教科と苦手教科の差が激しい。きっと今日は苦手教科を勉強していたのだろう。
「ま、まぁ…確かに休憩は大事だもんね」
「ですです! んじゃ、あたしは友達と勉強してるから戻るねー」
ばいばーい、と大きく手を振って戸鞠さんは走り去っていく。普段からこんな感じで、嵐のような子だ。習志野建設の会長様にもお会いしたことがあって、会長様も豪快な方だった。似ているのかもしれない。
戸鞠さんと別れて、わたしは階段で2階に上がる。
204号室。いよいよ皐月ちゃんの部屋だ。
わたしはスマホのミラー機能をオンにして、自分の髪型や服装に変な所がないかを確認する。ちょっと意識しすぎかもしれないけれど、今日はわたしにとってトクベツな一日だから。
かわいいって言ってくれるかな、皐月ちゃん。言ってくれたら嬉しいな。
そんな事を考えながら、わたしはチャイムを鳴らした。
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