第34話 Side 剣聖姉さん

 もうすぐ交流戦が始まる。なんとしてもそこでエリンのダンジョンマスターとしての実力をアピールしなければ! エリンが笑顔で帰って来れるように……!


 ただ心配なのはあいつが余計なことをしていないかということだ。あんな性格の悪い男は見たことがない。

 でもエリンはあの男に衣食住を提供してもらっているみたいだし、本来なら感謝すべきなのだろうが……。どうにも好きになれん。



 今日はエリンが作った『炎のダンジョン』のテストの日。準備は万全だ。


 火属性のモンスターに大きなダメージを与える剣、火属性の攻撃から身を守ってくれる鎧。私は兜と盾は使わないが、これだけでも十分に効果的だ。


 私は炎のダンジョンへと急いだ。初心者ダンジョンは最も冒険者が集まる街の近くに作られているが、今から向かうダンジョンは炎のダンジョンということで、火山帯の近くに作られている。

 そして今はその入り口はリーンベル家の者以外は入ることができない結界が張られているため、他の冒険者は入って来ない。


 私が入り口に入ると、壁からは細く溶岩が流れ、床には溶岩溜まりが見えた。そしてそこからの熱気で一瞬だけ頭がクラッとしたが、耐火属性の装備が体温上昇を防いでくれているため問題ない。


 私はそこでエリンに話しかける。当然ながらあの男も一緒にいた。エリンから離れろっ、くっつきすぎだっ! 


「アナスタシアさん、完全装備ですね」


「それはそうだろう。ここは炎のダンジョンなんだから、それに適した装備にするのは冒険者の基本だ」


「その剣も氷属性のようですね。他に武器は持って来てますか?」


 ミカゲがそんなことを聞いてきた。なぜそんなことを聞いてくるのか見当もつかない。武器を複数持っていたらこの男にとって都合が悪いのだろうか?


「いや、今日はこれ一本だ。二刀流という手もあるんだが、どうも私には合ってないようでな」


「そうなんですね。それ一本だけですか」


「どうした? 何か問題でも?」


「いえ、さすが剣聖様は熟知してるなと思っただけですよ」


 この男が笑ったように見えたのは気のせいだろうか? 本当にこの男は何を考えているのか分からない。


「なんだ? 気持ち悪い奴だな。貴様の褒め言葉は全く信用できんからな。エリン、私はエリンのために頑張るからね。私の勇姿、見ててね」


「はいっ、お姉様! いつも私のために本当にありがとうございますっ!」


 私の言葉にエリンが明るく笑って応えてくれた。もうっ! エリンは本当にいい子なんだから! 私、頑張るよ!


 探索をスタートした私は先に進む。途中でモンスターと遭遇したので戦うことにした。

 あのゴブリンファイターみたいにまた変な改造されていたら困るからな。

 まさかあんな姿をさらすことになるなんて……。ああっ! 忘れてしまいたい!


 私はわざとモンスターに攻撃させながら、変な改造されていないか観察した後に剣を振るう。どうやら普通のモンスターのようでまずは一安心。


 すると分かれ道にたどり着く。分かれ道……か。初心者ダンジョンでムダに歩かされたことを思い出すな。まったく! あいつは私を何だと思っているんだ!


 その後も炎に包まれた宝箱を見せられたり、モンスターに囲まれたりしながらもボス部屋へとやって来た。


 私が剣を構えると、上から巨大な何かが降ってきた。


「ほう、バーニングスライムか」


 なるほど、Cランクモンスターだな。交流戦ではDランクパーティーを想定した難易度のものを作る。なのでボスはワンランク上のモンスターでちょうどいい。よしよし、今回は真面目に作ったみたいだな。


 私はジリジリとバーニングスライムとの距離を詰める。すると前から火の玉が飛んでくるのが見えた。


「甘い! そんなもの気が付かないわけがないだろう!」


 私はそれをサッと横ステップでかわし、着地と同時に剣を振り下ろして衝撃波を放った。

 巨大な氷となったそれはモンスターを包む炎を切り裂き、スライム本体へ命中する。


(よし! スライムの色が紫になったぞ。効いている証拠だ!)


 ところがモンスターを包む炎はすぐさま復活した。


(やはりそうなるか。予め分かっていたことだ。こいつには連続攻撃が有効なんだ)


 私は物理攻撃をやめて氷魔法を放った。あとはこれを繰り返して撃破だ!




(おかしい。もう30分は経っているのに倒せないだと……?)


 さすがの私も30分ものあいだ魔法を使い続ければ魔力切れになってしまう。


(この手は使いたくなかったんだけどなー。ずぶ濡れになるのやだなぁ……。でも仕方ないよね)


 私は左手に魔力を集中させて天に向け放出した。それは大雨となって部屋全体に降り注ぎ、モンスターを包む炎を消し去った。


(やっぱりずぶ濡れになっちゃうよね……)


 私はずぶ濡れになりながらもモンスターへ近づき、ひたすら剣で攻撃した。この剣は氷属性だから与えるダメージが大きいはず。


(なんで!? なんで倒せないの!?)


 ずっと攻撃してるのに全然倒れてくれない。


(あっ、早く離れないと炎が復活しちゃう!)


 私は大きく後方へとジャンプしてその場を離れた。


(どうやって倒そう……?)


「あっ!?」


 ベチャッ! という音とともに全身をネットリした何かが包んだ。私はその衝撃で地面に倒れてしまった。


(体が動かない!? 何これ!?)


 どれだけ強く体を動かそうとしても、全身にネットリとした謎の物体が絡みつき放してくれない。


「なんだこれはっ!? 離せっ!」


 剣聖らしく振る舞うため強気の発言をしたが、どうすればいいのか分からない。


(ダメッ……! 動けない!)


 全身はずぶ濡れ。さらに謎の物体により仰向けで手足を大きく広げたまま床に固定され、起き上がることもできない。


(もうダメなのかな……? だとしてもっ! 剣聖としての誇りは決して捨てない!)


 そうだ、私は剣聖。例え敗北しようとも剣聖として、何よりもリーンベル家の長女として生きてきたことを私は誇りに思う!


(エリン、立派なダンジョンマスターになって私は嬉しいよ!)


 そして私はこう言い放つ。


「くっ、殺せ!」

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