第18話 人差し指を向けられる

「エリン! 聞こえるか?」


 初心者ダンジョンをリアルタイムで映しているほうの画面から、アナスタシアさんの声が聞こえてくる。

 そこには純白の鎧とマントを身にまといつつも、スカート姿の金髪美人お姉さんが慌てた様子で、エリンに呼びかける姿があった。


「お姉様! どうしました!? ずいぶんと慌てているように見えますけど……」


「俺もいますよ!」


「貴様はいらん!」


 俺への好感度は一生上がらないのだろうか? せめて名前で呼んでくれねえかな。さすがにずっと貴様呼ばわりはキツくなってきた。


「実はだな、このダンジョンで初心者狩りが発生してしまった」


「ええっ!? そんなっ! 誰かケガされたりしていませんでしょうか!?」


「残念ながら、Fランクパーティーが四人も病院送りになってしまった。全員命に別状は無いとのことではあるが……、許されることではない!」


「そんな……」


 初心者狩りか……。大体の想像はつくけど、一応アナスタシアさんに聞いてみよう。


「アナスタシアさん、初心者狩りって何ですか?」


「その名の通り、冒険者になったばかりの人を狙って傷付ける連中のことだ」


「酷い奴らがいるんですね。目的は略奪でしょうか? 初心者ばかりを狙っても、正直言って大した稼ぎになるとは思えませんけど。それともそれ以外の目的があるとか?」


「奴らの目的は略奪などではない。冒険者を痛めつけること。それ自体が奴らの目的だ」


「それ自体が目的って、そんなことに何の意味があるんでしょうか?」


「意味なんて無いさ。世の中にはいろんな人がいるように、冒険者の中にもいろんな人がいる。正義感に溢れる者、利益のみを追求する者、己の強さに絶対の自信を持っている者。そして残念なことに自己中心的で他者のことなど考えない者もいる」


「そうですね、それは分かります。だから他者を傷付けることを何とも思わない連中もいるということですね」


「その通りだ。冒険者はランク付けされている。命の危険がある職業であるが故、依頼を管理するために外せないシステムだ。だから人々の心情として上下関係というものが形成されやすい。そこから生まれる感情は何だと思う?」


「尊敬、でしょうか。あのSランクの人、凄いな! っていうような」


「そうだな、それもあるだろう。もし世界中の人々が常にその気持ちを忘れていなければ、争いなど起こらないだろうな。だが人が抱くのはプラス感情だけではないだろう?」


「他者への見下し、他者と自分を比べての劣等感……」


「そうだ。基本的に冒険者は自分なら達成できると思う依頼を受ける。だがモンスター討伐の依頼なんかだと失敗することもザラだ。全力を出し切った挙句、全く歯が立たなくて這いつくばるように逃げ帰ることもある」


 百聞は一見にしかず。情報として知ってるだけで、実際に戦ってみると思ってたのと全然違うといったこともあるのだろう。アナスタシアさんがくっころを披露したように。俺のせいだけど。


「そこから奮起してくれるのなら一番いいのだが、中には己のプライドを保つために、自分より下のランクの者を意図的に襲う連中がいるのだ」


「それって単なるウサ晴らし、弱い者いじめじゃないですか!」


「ああ。そういった連中は自分より下の者を探し出して傷付け、ホッと胸をなでおろす。自分は強い、まだまだいけるんだとな。そんなの圧勝できるに決まっている」


 確かに自尊心は大事だ。もし無くしてしまうと、マイナス思考ばかりになってしまう。だからってそれを取り戻すために、他人を傷付けていい理由にはならない。


「以前から問題にはなっていたが、まさかエリンが作ったダンジョンで発生するとはな。しかも公開初日に! 万死に値するぞ!」


 美しきかな姉妹愛。ちょっと一方通行気味のような気はするけど。


「そこでだ! 貴様に任務を与える!」


 アナスタシアさんは画面に向かって、ビシィ! と左人差し指を突き出した。


「異議あり!」


 俺も負けじと、同じく人差し指をアナスタシアさんへ向ける。


「貴様呼びは止めてください。名前でお願いします。三田川みたがわ 御影みかげです」


「ミカゲッ! 貴様に初心者狩りの排除を命ずる!」


 呼び捨てと貴様のコンボが発生。俺はエリンに生活環境を提供してるだけで、アナスタシアさんに嫌われるようなことは絶対にしてないぞ。……いや、してるわ。

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