第2話 これは人助けです

 サービス残業を終えて帰って来た俺の目の前に、エリン・リーンベルと名乗る銀髪ロングの美少女が現れた。話を聞く限り異世界から来たとしか思えない。俺はこの女の子に俺の見解を丁寧に説明した。


「えーっと、つまりここは日本という名の異世界で、ダンジョンが存在しない、と。ダンジョンマスターや冒険者という職業も無いんですね」


 冒険家はいるかな。いやー、それにしてもまさか日本が異世界呼ばわりされる日が来ようとは。


「そういうわけなんだ。だから君の世界に帰ったほうがいいと思うよ」


「……りません」


「えっ?」


「帰る方法がわかりません。それにもし帰れたとしても、このままでは家族のみんなに合わせる顔がありません……」


「おぉぅ……」


 俺は変な返ししかできなかった。そうだった、この子はダンジョンマスターとしての能力が低いから、家を出て修行するように言われてるんだったよ。まさか追放ものラノベのようなことが異世界で本当に起こってるとは……。


「君は家に戻りたいの?」


「それはもちろんです! だって家族ですから。私をここまで育ててくれて感謝してます。それにお父様だって本当は辛いに違いありません! 今回のことは私に実力が無かったという話です」


 家族思いのいい子だな。正確には追放じゃないそうだし。


「それならお父様にダンジョンマスターとしての実力を認めさせればいいんじゃない?」


「それはそうですけど……。私には才能もセンスも無いんです」


 ダンジョンかー。俺にはゲームとかラノベでの知識しかないけど、なんとか力になれないだろうか?


「そもそもダンジョンってどういう存在?」


「えっとですね、分かりやすく言うと——」


 この子はそう言ってダンジョンの説明をしてくれた。要点をまとめるとこうだ。なお、この子がいる世界を異世界と呼ぶことにする。


 異世界は普通にモンスターがいる世界で、できる経緯不明の天然ダンジョンがある。そしてそこを探索するのが冒険者ギルド所属の冒険者。まるっきりラノベと同じだ。


 それとは別に人工ダンジョンがある。その名の通り、人が作ったダンジョンだ。その目的は冒険者育成のため。

 当然のことながら冒険者は命がけ。普通は練習なんてできない。でもそれを可能にするのが人工ダンジョンだ。シミュレーションといえばいいだろうか。


 冒険者はそこで経験を積む。いきなり冒険者ギルドの依頼を受けて実践するのもいいが、何事も練習することは大切だ。


 では誰がそのダンジョンを作るのか。それは『ダンジョンマスター』と呼ばれる人達。でもダンジョンマスターは異世界においても珍しいらしく、人数が少ないのだとか。


 で、この子の家系は代々ダンジョンマスターとして有名らしい。いいとこのお嬢様ってことだ。


「人工ダンジョンか。それって天然ダンジョンとはどう違うの?」


「いくつかありますけど、一番大きな違いは『死なない』ということですね」


「死なない? じゃあモンスターとは戦わないってこと?」


「いえ、それだと人工ダンジョンの存在意義が薄くなるので、モンスターと戦います。でもダンジョンマスターが作ったダンジョンの中で命を落としても、入り口に戻されるだけで済みます」


 あれか、「おお! 死んでしまうとは情けない! そなたにもう一度機会を与えよう!」ってやつだな。


「へぇ、それならいくらでも無茶ができるな」


「それがそうでもなくてですね。ただ死なないだけであって、痛みや苦しみは普通に感じます。そうでないと『恐れる』ことを忘れてしまって、命の重みを軽く考えるようになってしまいますから」


 なるほど、『正しく恐れる』ってことか。そうでないと命知らずや向こう見ずになってしまうから。


 そして『死なない』ダンジョンを作れるのは、そのスキルを持つダンジョンマスターだけらしい。


 昔、それ以外の人が趣味で作ったダンジョンの中で本当に死んでしまった人がいたため、それ以来ダンジョンマスター以外でのダンジョン作りは全世界の法律で禁止されたそうだ。


 だからダンジョンマスターであることは大変な名誉なんだとか。痛みや苦しみはあるかもしれないけど、間接的に冒険者の命を救ってるといえるのかも。


「もっと詳しい話を聞きたいな」


「ふわぁぁ……」


 手で口元を隠してはいたが、見事なあくびである。


「もしかして眠たい?」


「そ、そうですね。いつもなら眠っている時間なので……」


 時計を見ると深夜1時だった。俺も普段なら寝る時間。それにしても深夜になると眠たいだなんて、日本と異世界って時差が無いんだな。


「一応聞くけど、宿に予約とかは……?」


「してません……」


 ですよね。さすがに今すぐ出て行ってなんて言えないよ。


「ここでよかったら泊まる?」


「ご迷惑じゃなければ……」


「寝る前にシャワー浴びる?」


「ご迷惑じゃなければ……」


 俺は何を聞いているんだ。でもここで俺が照れてしまえば逆効果。俺が堂々としていれば変な雰囲気にはならない。これは人助け。


 さすがによく知らん男のベッドで寝るのは嫌だろうから、俺がベッドを使って、この子には予備の布団を使ってもらうことにした。


 シャワーを終えた銀髪ロング美少女が俺の部屋にいる。改めて見ると本当に綺麗な顔をしていて、異世界から来たということをわりと簡単に信じてしまうほどに、日々の疲れに染まりきった部屋が非日常な空間となった。


 ちょうど明日は数少ない休みだから、この子のことやダンジョンマスターのこととか、いろいろ聞いてみよう。

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