第17話 あの日の本音②
すると、その時。
「勇運は……すごいね」
「え」
「きちんと過去を乗り越えてるんだ。兄として、尊敬するよ」
「守人さん……」
夏海と普通に話し、笑い合う勇運くんを見て。夏海と一定の距離を空けて、守人さんはポツリと零した。
「”子供が嫌い”、”父さんの死を乗り越えられない”というレッテルを、勇運にだけ貼らせて。僕は笑って誤魔化して、隠し続けていた。虚勢を張っていたんだよ。恥ずかしい限りだ。勇運みたいに、堂々と自分の気持ちを曝け出せば良かったのにね」
「虚勢……」
とは、違う気がする。
だって当時、守人さんは高校生。
まだ、子供だもん。
「子供だったんだから仕方ないって……私はそう思います」
「仕方ない……?」
「大人の代わりが出来るほど、子供は大人じゃありません。一人の力で困難を乗り越えられるほど、子供は大きな力を持っていないんです。あの時、守人さんは子供にも関わらず、子供以上の力で勇運くんやお母さんを支えた。それは虚勢なんかじゃなく……守人さんの努力です」
言うと、守人さんは「努力……」と繰り返した。
「守人さん。あなたは今まで、ずっとずっと、皆を守るために頑張り続けていたんですね」
「ッ!」
その時、守人さんの目が見開かれる。こちらに向けていた体を、少しだけ斜めにずらし。私に顔が見えないように、上手に隠した。
「僕の頑張りが及ばなかった部分に関しては、どうしたらいいかな」
「それって……”子供嫌いをどう直したらいいかな”って、そう言ってます?」
「……うん」
大人の人で。お巡りさんで。だけど、その後ろ姿は、なんだか小さく見えて。これが本来の守人さんなのだと、やっと気づく。
「少しずつ、大丈夫になっていけばいいんじゃないでしょうか。急がなくてもいいし、それに……子供を好きにならなくても、それはそれでいいと思います」
「え」
「だって子供嫌いなのも含めて、守人さんっていう一人の人間じゃないですか」
「冬音ちゃん……」
その時、守人さんは夏海を見る。そして――あの時、観覧車の中でも隠した自分の気持ちについて、少しずつ吐き出し始めた。
「僕も、勇運と一緒でね。小さな弟くんがいる冬音ちゃんを、受け入れることが出来なかった。冬音ちゃんのそばにいると、弱い自分を隠しきれない気がして……。僕は、冬音ちゃんと一緒にいる事よりも、弱い自分を隠すことを取ったんだ」
「……そうだったんですね」
「あの観覧車の中で、冬音ちゃんに素敵な事を言って貰えて……」
――私が好きっていったら、どうしますか?
「嬉しかったよ。心がとても温かくなった。だけど……こんな僕よりも、きっと勇運の方が冬音ちゃんを幸せに出来るって。そう思ったんだ」
「守人さん……」
そうか、だから……。あの時、守人さんはしきりに「勇運くん」の事を言ってたんだ。私に、勇運くんを勧めていたんだ。
「でも、今なら言える。僕は、本当はあの時……冬音ちゃんの手を、ずっと握っていたかったんだ」
「……っ」
――迷子にならないように。ほら、人も多いしね
――手は、もう……繋ぎません
――うん。それがいいよ。これからは勇運に握ってもらいなね
あの時、守人さんは、どんな表情をしていたんだろう。どんな気持ちで、私の手を諦めたんだろうか。……過去には戻れないし、あの時の守人さんの表情を見られる日は来ない。
だけど、もし。
もしもあの時。
守人さんが、今みたいな表情をしてくれていたら――
「ねぇ、冬音ちゃん」
「……はい」
「僕は、これからも頑張るよ。だけど、自分の本音を隠すことを頑張るんじゃない。これからは……冬音ちゃんが、もう一度僕に振り向いてくれるよう頑張っていきたい」
「! 守人さん……」
今みたいに泣きそうで。だけど優しく微笑んで、たまにクシャって顔が歪んで。あの遊園地の最後の時。守人さんが、こんな顔をしてくれていたら……あの日の私は幸せだったって。間違いなく、そう思える。
「冬音ちゃん。こんな僕と出会ってくれて、本当にありがとう。冬音ちゃんに出会えて、僕は本当に幸せだよ。とっくに諦めていた大きな壁を、乗り超える事が出来た。本当にありがとう」
「わ……、私こそ……っ」
私と出会ってくれて、ありがとうございます――
伸ばし、伸ばされた手を、互いに握る。きつく、強く、しっかりと。その時に握った手は、二人とも震えていて。だけど、私たちは笑い合っていて。
好きです、も。付き合ってください、も。ごめんなさい、も。そんな言葉が、何もないこの空間で。私たちは、ただ「ありがとう」だけを、何度も言い合った。
今は、その言葉以外――何もいらない気がした。
「おい、病人ほったらかして随分だな、兄貴」
「勇運……今くらい、冬音ちゃんを独占させてくれたっていいでしょ。どうせ僕が来る前は、二人でラブラ、」
「わー! 守人さん!!」
パコッと、守人さんの口を手で押さえる。すると、やっと泣くのを止めた夏海が「あれ……?」と、守人さんを指さした。
「その人……まさか、おまわりさん⁉」
「気づくの遅」
「夏海、今さら⁉」
私と勇運くんのツッコミをスルーして。夏海は、守人さんの元へ近づく。
「あ、夏海。ちょっと待って、」
守人さんは子供が嫌いだから――と思って夏海を止めようとした。だけど、パシッと。勇運くんが、近づいた私の腕を掴む。
「勇運くん……?」
「いいから、そのまま」
「でも……」
守人さん、大丈夫かな?
勇運くんも、夏海と会った時は顔面蒼白で、息も絶え絶えになっていた。守人さんは……どうなんだろう。
「おまわりさん」
「……ん、?」
守人さんは、夏海から距離をとろうと、少しずつ後退する。だけど、ついに夏海が壁際に追い詰めてしまって、守人さんは逃げ場なしとなる。
これは……マズイんじゃ?
と焦ったけど――
「おまわりさん、にーちゃんを助けてくれてありがとう! ねーちゃんを助けてくれて、本当にありがとう!」
「え……」
「僕、将来おまわりさんになる! おまわりさんみたいな、かっこいいケーサツになる‼」
「ッ!」
夏海の笑顔を見て、守人さんは固まってしまう。そんな二人を見て勇運くんは「おい夏海」と。遠くにいる夏海を、不満げに見た。
「お前、俺みたいなコーコーセーになるんじゃなかったのかよ」
「変わった! 僕はおまわりさんになるんだ!」
「切り替えはや。エグ」
夏海は、守人さんの後ろに隠れて勇運くんに言い返していた。その様子を、棒立ちになって守人さんは見ている。私はてっきり夏海のせいで守人さんが「固まってる」と思っていた。
だけど……
ふわり、と。
守人さんが膝を曲げ、夏海と視線を合わせた。
「おまわりさん……?」
「……」
いきなりのことで、今度は夏海が固まっていた。大きな守人さんが、いきなり同じ目線になって驚いたらしい。そんな夏海の目を、じっと見る守人さん。その瞳の奥には……在りし日の自分の姿が写っていて……
――守人
小さな頃の守人さんを見つめる、その人。優しい手つきで、守人さんの頭を何度も何度も撫でている。
「――父さん」
その時、守人さんは思い出す。過去に、自分の生き方を褒めてくれた人物のことを――
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