第17話 あの日の本音
あの事故の日から、一週間が経った。面会謝絶だった勇運くんは、今日から面会できるとのことで……。私は、いつか勇運くんがお見舞いにきてくれた日のように。勇運くんが入院する病院へ来ていた。
「えっと……、あった。ここだ」
勇運くんから事前に教えてもらっていた部屋番号。目の前に、同じ数字が並んでいる。この中に、勇運くんがいる……。
「ふぅ~……、よし」
会うのは、一週間ぶり。ちょっと……いや、かなり緊張する。
だけど、会いたい。
今すぐにでも会いたい。
私は扉をノックし、思い切ってドアを開けた。
ガラッ
だけど、勇運くんの姿は部屋になく。読みかけの小説だろうか。それが窓際に置かれ、風に舞ったページが、ヒラヒラと観覧車のように回っていき、ページを戻す。
これ、いいのかな?
読みかけだったんじゃ――
と心配した、その時だった。
ふわっ
「やっと会えた」
「っ!」
突然、私の背中から、声が聞こえる。そして、優しく、私を包み込んだ。
「長かった。会いたかった、冬音」
「ゆ、勇運くん……っ」
少しだけ振り返ると、入院着に身を包んだ勇運くんがいた。来る前は、やせてるかな?と心配だったけど、前のまんまの勇運くんで。その左腕には、包帯がグルグル巻かれている。
「冬音、こっち向いて」
「ちょ、ちょっと。勇運くん……っ」
勇運くんは私をクルリと回し、自分と向き合う形にする。勇運くんの腕の中で、見つめ合う私たち。その近さに、久しぶりということもあって、思わず心臓が飛び出そうになる。
「ま、待って……。あの、もう調子は、」
「ん、全快」
「ウソばっかりっ」
左腕に包帯グルグル巻きながら「全快」だなんて。そんな分かり切ったウソを、堂々とつく勇運くん。その瞳には私しか映っていなくて、そして……なんだか肉食だ。
「ごめん、もう無理。キスしたい」
「え?」
「じゃなくて、する」
「ま、待って。勇運くんっ」
私たちって付き合ってたっけ⁉と、口にする間もなく。私は、勇運くんにより頬を掴まれ、そして、引き寄せられる。
「冬音……」
「あ……、」
真剣な目に、思わず引き込まれる。…………思えば、あんな大きな看板が落ちて来たんだ。こうやって、二人で立って抱き合えているのが不思議なくらいで……。今って、本当に現実だよね?と。目の前の勇運くんに、思わず震える手を伸ばす。
「ねぇ勇運くん……夢じゃ、ないよね?」
「……夢じゃない」
勇運くんが生きてたことが嬉しくて。無事だったことが、幸せで。改めて勇運くんの顔を見ると、思わず泣いてしまった。
「勇運くん、勇運くん……っ」
「俺は、ここにいる。冬音のおかげで、ここにいる」
「うん……っ」
ぎゅっと背中に腕を回すと、ちょうど勇運くんの心臓あたりに、私の耳がピタリとつく。ドクンドクンと、力強く鳴っている心臓の音を聞くと、また涙腺が緩んだ。
すると勇運くんが「冬音」と。私と目を合わせる。
「あの時、そばにいてくれてありがとう、冬音。お前の顔を見た瞬間、意地でも死んでやるかって思ったよ」
「うん、うん……っ」
「俺を守ってくれてありがとう、冬音」
「……うんっ」
勇運くんは、私の目から流れる涙を、丁寧に、一粒ずつ拾ってくれる。ねぇ勇運くん。私こそ、何度「ありがとう」を伝えても、伝えたりないんだよ。私を助けてくれてありがとう。数えきれないくらい、救ってくれてありがとう。
「ねぇ、勇運くん……っ」
「ん?」
この「ありがとう」って気持ちや、体の内側から爆発しそうな幸せな気持ちは……一体なんなんだろうね。いや、本当は分かっているんだ。私は、自分の気持ちに、もう気づいてる。
守人さんの事を想った後。すぐに、こんな気持ちを抱いちゃいけないのかもしれない。だけど、きっと私は、もう――
ガラッ
「はーい、久しぶり。冬音ちゃん」
「しゅ、守人さん⁉」
「……チッ」
シュッと、抱き合った体を離して、勇運くんと距離をとる。思わぬ来訪に、勇運くんはあからさまに顔を歪めて舌打ちをした。
「まぁまぁ、そう怒らないの勇運。調子はどう?」
「どうって、この前も来ただろ。非番の度に来るのやめろ」
「可愛い弟を心配してるんだよー。いつか病院を抜け出すんじゃないかヒヤヒヤしてるって、母さんも言ってるし」
「ただの監視じゃねーか!」
相変わらずの兄弟げんかを、ハハハと苦笑を浮かべて見る私。もちろん、泣いていたのを悟られないように、涙はササッとふき取った。
にしても、この突然の訪問……なんかデジャブ。
そう思っていると、またもやガラッと扉が開く。入って来たのは、なんと夏海。
「にーちゃん!!」
「おー、夏海。元気だったか?」
夏海の姿を見て、自然と顔が緩む勇運くん。包帯が目に入ったものの笑みを浮かべる勇運くんを見て、夏海も安心したらしい。鼻の頭を赤くして、ぽろぽろと涙をこぼす。
「にーちゃん~! 俺とねーちゃんを助けてくれて本当にありがとう~! にーちゃんも無事でよかったぁあ!」
「大げさだなぁ。そんな泣き虫でどうすんだよ」
来年から小学生なんだろ?――と意地悪く笑う勇運くんに、夏海は「いいもん」とプイと顔を逸らした。
「僕は、にーちゃんみたいなコーコーセーになるんだ」
「いや、マジで十年早いっての」
呆れるものの、勇運くんは駆け寄ってくれた夏海の頭を撫でる。その様子を、あたたかい目で見る私……と、守人さん。守人さんも子供が嫌いだと、勇運くんからメールで教えてもらった。
『俺は、兄貴のことを何も分かってなかったんだ』、と。メールで勇運くんは言っていた。あの勇運くんが気づけないくらい、今まで、完璧に自分を隠してきた守人さん。いつもニコニコしていたあの笑顔は、自分の気持ちを隠すための仮面だったのかと思うと、胸が痛んだ。
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