第2話 戻った日常、と少しのドキドキ
最悪な事があった日。
私は、最低な人から逃げることが出来た――
◇
成希がお巡りさん達に連れて行かれて、数日が経った。私は一日だけ学校を休んで、元気を取り戻した後。一日ぶりの学校に向かうため、登校していた。
あの後、何があったかと言うと――
『ぐす……』
自分の隠していた想いを発散させ、号泣していた私。だけど、しばらくすると落ち着いてきた。涙も止まり、話せるようになってきたところで――タイミングを見計らったお巡りさんが、私にスッと手を伸ばす。
『はい、手』
『手……?』
これは、掴まれ……って事なのかな?
だけど、もし違ったら恥ずかしいし……。
すると、お巡りさんは「立てる?」と聞いてきた。やっぱり「掴まって」って意味だったみたい。
『はい……』
『ん、よっと』
軽々と、私を上へ引っ張り上げたお巡りさん。暗闇でよく見えないけど、何やら私を観察しているようだった。
『その制服……、陽の丘高校?』
『はい……。あの、それが……』
『あ、ごめん。何でもないよ』
ニッコリ笑ったかと思えば、お巡りさんは、今度は眉を八の字にした。
『う~ん、このまま返してあげたいけど……』
腕を組んで、何やら考え事をしているお巡りさんは「あ」と。私を見て、恥ずかしそうに笑った。
『ごめん、独り言だから気にしないで。それより――申し訳ないんだけど、一応、交番に来てもらえるかな? 保護者への引き渡しとか、書類も色々あってね』
『はい……、わかりました』
成希とサヨナラする手続き……みたいなものだと思えば、なんてことない。お巡りさんは私の前を歩き「こっちだよ」と手招きした。
だけど――
細い路地裏を抜けると、私の隣をピタリと歩く。周りから見ると、まるで私がお巡りさんに連れて行かれるように見えるけど……まあ、仕方ない。
『目立っちゃってごめんね。どうしても、ホラ。制服がね』
『あ、いえ……。大丈夫です。カッコいいですし』
『……』
『……あ』
しまった、サラリと恥ずかしい事を言っちゃった!お巡りさんの制服姿が素敵だと思ったから……、つい。
『すみません。わ、忘れてください……っ』
『……っ』
顔を真っ赤にして俯く私。そんな私の横を、無言で歩くお巡りさん。今が暗くて、本当に良かった……――
少し歩くと、少し先に赤いランプが見えた。どうやら、交番に到着したみたい。お巡りさんは「どうぞ」と言ってくれる。
だけど――私の足は、ピタリと止まった。
もしかしたら、この中に成希がいるかもしれない。先に連れて行かれた成希が、私の悪口を言っているかもしれない。
――チッ
成希の姿なんて見えないのに。
私には、あの舌打ちが聞こえる。
『……っ』
一歩も進めない私。
すると、その時――
ポンッ
『大丈夫だよ』
『!』
私の肩を叩く、お巡りさん。優しい笑みを浮かべて、私の顔を覗きこんでいる。
『例の彼は、署の方に行ったよ。交番にはいないから、安心して』
『そ……う、ですか』
はぁ~と。肩の力が抜ける。今にも地べたに座り込んでしまいそうな私に、更にお巡りさんは続けた。
『それに、ホラ。もしもこの中に彼がいたとしても、安心して。守るから』
『え――?』
『なんたって”カッコいいお巡りさん”ですから』
『!』
私がさっき「カッコイイ」って言った言葉。その言葉を、お巡りさんが笑顔で口にしてくれた。ヒヒヒって。そんな風に笑ってくれてる。良かった、引かれてたワケじゃないんだ。
『さっきは、恥ずかしい事を言ってしまって、その……すみません』
『ううん、僕こそ。いい歳をした大人が、女子高生の言葉で喜んじゃって、スミマセン……』
ポリポリと、頬をかくお巡りさん。その姿は、いい意味で「大人」には見えなかった。
――安心して。守るから
急に。頭の中で、お巡りさんの言葉がクルクル回る。すると、なんだか体の内側が、ポカポカと温かくなってきた。
『じゃあ、保護者の方に連絡をいれようか。番号わかる?』
『あ、はい……』
『顔が真っ赤だけど、どうしたの?』
『き、気にしないでください……っ』
そんなこんなで。
書類に記入していると、お父さんが迎えに来てくれ、私は家に帰る事が出来た。全ての事情を聞いたお父さんが、お巡りさんに何度もお礼を言った。ありがとうございます、と。何度も、何度も。
お父さんの姿を見て、お巡りさんは笑みを浮かべていた。だけど――その時のお巡りさんの笑顔が、どこか複雑に見えた。
手続きが長引いて、夜遅くまでかかったせいかもしれない。迷惑かけちゃったな……。落ち着いたら、絶対にお礼をしよう。
『学校に行く最中に交番があるから、何か持っていこう。でも……何を持っていこうかな?』
お巡りさんは、何が好きなんだろう。
そんな事を考えていると、口元が勝手にニヨニヨ動く。その時の変な顔がお父さんにバレないよう、私は必死に顔を隠したのだった――
話は戻って。
一日ぶりの登校。
寒い空に浮かぶ、大きな太陽。そんな太陽の下を、私は晴れやかな気持ちで歩いていた。
「うぅ……。さむっ」
昨日は、ずっと家の中にいたせいか。久しぶりの外の気温の厳しさに、ブルッと身震いする。
「雪は降ってないけど……。あ、ココ凍ってる」
小さな窪みのあるアスファルト。その上に乗っかる水たまりが、あまりの寒さに凍っていた。私は「エイ」と。まるで小学生がするように、つま先で氷を割ってみる。だけど、小さな氷はなかなか割れなくて……つい、ムキになって力を込める。
「エイ、エイッ」
すると――ズルッ。
なんと、バナナの皮を踏んだみたいに、ツルッと滑ってしまう。ちょうど力を込めた時だったから、思いのほか勢いがついてしまって……。水たまりを目指していた私のつま先は、いつの間にか、空に向かって伸びていた。
「わ、わわ……!」
このままじゃ、こける――!
すると、その時。
ガシッ
「危ねぇなぁ……」
「……へ?」
私の腕を掴む、誰かの手。この骨格の浮き出た、ゴツゴツした手……私、見覚えある。
腕を辿ると、やっぱり。この前、教室でハチから私を助けてくれた、あの男子だった。
「あ、ありがとう……」
「いーけど……。なんで、こんな小さな水たまりでこけてんだよ」
「えっと……好奇心で、つい」
私は恥ずかしさのあまり、茶色の長い髪をワシワシとかく素振りをする。すると男子は――驚いた目で、私を見た。
「えっと……どうしたの?」
「いや、別に」
「でも、さっき何かに驚いてなかった? あ、まさか……またハチ⁉」
キョロキョロと周りを見渡すと、何も飛んでいない。ほっ。気のせいで良かった……。
「お前さ……」
「え?」
「いや……」
「いや」と言ったきり、そっぽを向いた男子。表情を隠しているけど……分かる。
「もしかして、笑ってる……?」
「……笑ってない」
「うそ、笑ってるよ!」
だって、肩がプルプル震えてるもん!
「くくっ」って声も、聞こえたもん!
今のどこに、笑う要素あったかな……。
すると男子は、尚も腕で顔を隠しながら、私の方へ振り向く。そして、何を言うかと思えば――
「お前って、そういう奴だったんだな」
「……へ?」
「毒が抜けたみたいで……いや、うん。良かった」
「毒……」
その時、思い出した。
あのピンチに陥った時に、思い出した言葉を。
――早く逃げろよ
――お前、危ないぞ
――これ以上、刺されんなよ
あの時は、何も考えられなかったけど。あの言葉は……いま私の隣にいる男子が、言ってくれた言葉だ。
「ねぇ、毒ってさ……。もしかして、私の彼氏の事じゃ、」
すると、その時だった。
「あ、こんにちはー。冬音ちゃん」
「え」
「あ?」
この場に響く、第三者の声。
振り向くと――
そこにいたのは、あの時のお巡りさんだった。
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