第2話 戻った日常、と少しのドキドキ


最悪な事があった日。

私は、最低な人から逃げることが出来た――



成希がお巡りさん達に連れて行かれて、数日が経った。私は一日だけ学校を休んで、元気を取り戻した後。一日ぶりの学校に向かうため、登校していた。


あの後、何があったかと言うと――



『ぐす……』



自分の隠していた想いを発散させ、号泣していた私。だけど、しばらくすると落ち着いてきた。涙も止まり、話せるようになってきたところで――タイミングを見計らったお巡りさんが、私にスッと手を伸ばす。



『はい、手』

『手……?』



これは、掴まれ……って事なのかな?

だけど、もし違ったら恥ずかしいし……。


すると、お巡りさんは「立てる?」と聞いてきた。やっぱり「掴まって」って意味だったみたい。



『はい……』

『ん、よっと』



軽々と、私を上へ引っ張り上げたお巡りさん。暗闇でよく見えないけど、何やら私を観察しているようだった。



『その制服……、陽の丘高校?』

『はい……。あの、それが……』

『あ、ごめん。何でもないよ』



ニッコリ笑ったかと思えば、お巡りさんは、今度は眉を八の字にした。



『う~ん、このまま返してあげたいけど……』



腕を組んで、何やら考え事をしているお巡りさんは「あ」と。私を見て、恥ずかしそうに笑った。



『ごめん、独り言だから気にしないで。それより――申し訳ないんだけど、一応、交番に来てもらえるかな? 保護者への引き渡しとか、書類も色々あってね』

『はい……、わかりました』



成希とサヨナラする手続き……みたいなものだと思えば、なんてことない。お巡りさんは私の前を歩き「こっちだよ」と手招きした。


だけど――


細い路地裏を抜けると、私の隣をピタリと歩く。周りから見ると、まるで私がお巡りさんに連れて行かれるように見えるけど……まあ、仕方ない。



『目立っちゃってごめんね。どうしても、ホラ。制服がね』

『あ、いえ……。大丈夫です。カッコいいですし』


『……』

『……あ』



しまった、サラリと恥ずかしい事を言っちゃった!お巡りさんの制服姿が素敵だと思ったから……、つい。



『すみません。わ、忘れてください……っ』

『……っ』



顔を真っ赤にして俯く私。そんな私の横を、無言で歩くお巡りさん。今が暗くて、本当に良かった……――


少し歩くと、少し先に赤いランプが見えた。どうやら、交番に到着したみたい。お巡りさんは「どうぞ」と言ってくれる。


だけど――私の足は、ピタリと止まった。


もしかしたら、この中に成希がいるかもしれない。先に連れて行かれた成希が、私の悪口を言っているかもしれない。



――チッ



成希の姿なんて見えないのに。

私には、あの舌打ちが聞こえる。



『……っ』



一歩も進めない私。

すると、その時――


ポンッ



『大丈夫だよ』

『!』



私の肩を叩く、お巡りさん。優しい笑みを浮かべて、私の顔を覗きこんでいる。



『例の彼は、署の方に行ったよ。交番にはいないから、安心して』

『そ……う、ですか』



はぁ~と。肩の力が抜ける。今にも地べたに座り込んでしまいそうな私に、更にお巡りさんは続けた。



『それに、ホラ。もしもこの中に彼がいたとしても、安心して。守るから』

『え――?』


『なんたって”カッコいいお巡りさん”ですから』

『!』



私がさっき「カッコイイ」って言った言葉。その言葉を、お巡りさんが笑顔で口にしてくれた。ヒヒヒって。そんな風に笑ってくれてる。良かった、引かれてたワケじゃないんだ。



『さっきは、恥ずかしい事を言ってしまって、その……すみません』

『ううん、僕こそ。いい歳をした大人が、女子高生の言葉で喜んじゃって、スミマセン……』



ポリポリと、頬をかくお巡りさん。その姿は、いい意味で「大人」には見えなかった。



――安心して。守るから



急に。頭の中で、お巡りさんの言葉がクルクル回る。すると、なんだか体の内側が、ポカポカと温かくなってきた。



『じゃあ、保護者の方に連絡をいれようか。番号わかる?』

『あ、はい……』


『顔が真っ赤だけど、どうしたの?』

『き、気にしないでください……っ』



そんなこんなで。


書類に記入していると、お父さんが迎えに来てくれ、私は家に帰る事が出来た。全ての事情を聞いたお父さんが、お巡りさんに何度もお礼を言った。ありがとうございます、と。何度も、何度も。


お父さんの姿を見て、お巡りさんは笑みを浮かべていた。だけど――その時のお巡りさんの笑顔が、どこか複雑に見えた。


手続きが長引いて、夜遅くまでかかったせいかもしれない。迷惑かけちゃったな……。落ち着いたら、絶対にお礼をしよう。



『学校に行く最中に交番があるから、何か持っていこう。でも……何を持っていこうかな?』



お巡りさんは、何が好きなんだろう。


そんな事を考えていると、口元が勝手にニヨニヨ動く。その時の変な顔がお父さんにバレないよう、私は必死に顔を隠したのだった――



話は戻って。



一日ぶりの登校。

寒い空に浮かぶ、大きな太陽。そんな太陽の下を、私は晴れやかな気持ちで歩いていた。



「うぅ……。さむっ」



昨日は、ずっと家の中にいたせいか。久しぶりの外の気温の厳しさに、ブルッと身震いする。



「雪は降ってないけど……。あ、ココ凍ってる」



小さな窪みのあるアスファルト。その上に乗っかる水たまりが、あまりの寒さに凍っていた。私は「エイ」と。まるで小学生がするように、つま先で氷を割ってみる。だけど、小さな氷はなかなか割れなくて……つい、ムキになって力を込める。



「エイ、エイッ」



すると――ズルッ。


なんと、バナナの皮を踏んだみたいに、ツルッと滑ってしまう。ちょうど力を込めた時だったから、思いのほか勢いがついてしまって……。水たまりを目指していた私のつま先は、いつの間にか、空に向かって伸びていた。



「わ、わわ……!」



このままじゃ、こける――!


すると、その時。


ガシッ



「危ねぇなぁ……」

「……へ?」



私の腕を掴む、誰かの手。この骨格の浮き出た、ゴツゴツした手……私、見覚えある。


腕を辿ると、やっぱり。この前、教室でハチから私を助けてくれた、あの男子だった。



「あ、ありがとう……」

「いーけど……。なんで、こんな小さな水たまりでこけてんだよ」

「えっと……好奇心で、つい」



私は恥ずかしさのあまり、茶色の長い髪をワシワシとかく素振りをする。すると男子は――驚いた目で、私を見た。



「えっと……どうしたの?」

「いや、別に」

「でも、さっき何かに驚いてなかった? あ、まさか……またハチ⁉」



キョロキョロと周りを見渡すと、何も飛んでいない。ほっ。気のせいで良かった……。



「お前さ……」

「え?」

「いや……」



「いや」と言ったきり、そっぽを向いた男子。表情を隠しているけど……分かる。



「もしかして、笑ってる……?」

「……笑ってない」

「うそ、笑ってるよ!」



だって、肩がプルプル震えてるもん!

「くくっ」って声も、聞こえたもん!



今のどこに、笑う要素あったかな……。


すると男子は、尚も腕で顔を隠しながら、私の方へ振り向く。そして、何を言うかと思えば――



「お前って、そういう奴だったんだな」

「……へ?」


「毒が抜けたみたいで……いや、うん。良かった」

「毒……」



その時、思い出した。

あのピンチに陥った時に、思い出した言葉を。



――早く逃げろよ

――お前、危ないぞ

――これ以上、刺されんなよ



あの時は、何も考えられなかったけど。あの言葉は……いま私の隣にいる男子が、言ってくれた言葉だ。



「ねぇ、毒ってさ……。もしかして、私の彼氏の事じゃ、」



すると、その時だった。



「あ、こんにちはー。冬音ちゃん」


「え」

「あ?」



この場に響く、第三者の声。

振り向くと――

そこにいたのは、あの時のお巡りさんだった。

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