第1話 ニセモノの愛②

私は、三石 冬音(みついし ふゆね)

十七歳の高校三年生。


半年前に、部活で先輩だった成希と偶然に再会し、意気投合した後に付き合うことになった。


高校生だった頃の成希は優しくて、後輩からも慕われる「良い人」だったのに……。大学生活で何かが変わったらしく、成希の全てが乱暴になっていた。



『ごめん、少し遅れちゃった』



付き合い始めて、しばらくたった頃。デートの待ち合わせに十分ほど遅れてしまった私。


「電車が遅延しててね」と話している最中に、


チッ


成希に、盛大に舌打ちをされた。



『次はナイからな』

『ご……、ごめんなさい』



その時は「謝らなくちゃ」って思いでいっぱいで。この人から逃げた方が良いって発想には至らなくて。


そして――


そんな事を何度も繰り返して、半年。

私は尚も、逃げる機会を失っている。


謝れば許してくれる。

怒らせなければ、優しくていい人。


そんな上辺だけの言葉で彼を正当化し、今日も成希から目を逸らしている。もう私の心は、とっくに成希から離れているというのに――



「じゃあ、ここで。またね、成希」

「おい、冬音」

「え、――んッ」



人前であろうと、どこだろうと。

場所を選ばず、手段を選ばず。

自分のしたい事をする成希。


そんな成希と、私は今日も、不快な口づけを重ねる。


だけど、その時。



「ッ!」



キスの最中。

どこか見覚えのある人影が見えた。


それが誰か分からず、スッと消えていなくなってしまったけど……。


あれは一体、誰だったんだろう――



「相変わらず、キスが下手くそだな」



私を解放するや否や、顔を顰めて不満を口にする成希。「お前は顔だけ。アッチに関しては、元カノの方が上手かった」なんて、無神経な事まで口にする。



「ご、ごめんね。下手で……。でも、人前では恥ずかしいからやめてって……」

「は? んだよソレ。俺とキスしたくねーの?」

「そういう事じゃなくて……っ」



まずい、マズイまずい。

成希の機嫌が、どんどん悪くなってきた。

これは、早く話題を変えないと――!



「そう言えば成希はさ、キャッ!?」



成希に話しかけた途端。私の体はグイッと引っ張られ、細い路地裏に連れて行かれる。


冬は日が沈むのが早く、午後六時は真っ暗だ。そんな中、街灯も届かない路地裏に連れて行かれ――私の体は、恐怖に震えた。



「ま、待って成希!」

「お前がいう事きかねないからだろ」

「え、いう事……あ、やだ!」



成希の手が、私の太ももを這う。何度か往復した手は、そのまま上を目指して移動する。そして私のスカートの中へ。



「そういうのはダメって、前に約束を、」

「……」

「ね?」



そう。私は受験生。

そういう行為は、受験が終わってからにしてほしいって、お願いしてある。じゃないと、どんな時だって呼び出されそうで……嫌だった。


成希の手が止まり、ホッと息をつく。


良かった、いつもよりも少し悪ふざけが過ぎたのかな?成希の手を下げながら「もう帰ろう?」と促した。


だけど――



「あんな約束、知らねーよ」

「ッ!?」



私の手を押しのけて、成希は再び手をスカートの中に滑らせた。抵抗しようにも、成希の力が過ごすぎてビクともしない。



「成希……、やだ!!」



恐怖を押しのけ、ギリギリで出せた大きな声。


だけど、その声すら――成希にキスをされ、封じられてしまう。



あ、終わった。



その時、プツンと感情の糸が切れた。ハラハラと、涙が溢れてくる。私は、どうして早く逃げなかったんだろうと……遅すぎる後悔を繰り返した。


逃げる……、そう言えば。

学校でも、そう言ってくれた人がいた。



――早く逃げろよ

――お前、危ないぞ



あれは、誰だったっけ。

まるで「こんな私の姿」を知っているような言い方をした人。



――――これ以上、刺されんなよ



あの人は……誰だったっけ。



「冬音」

「ッ!」



成希の声で、一気に現実に引き戻される。

そうだ、私は……



――早く逃げろ



この人から、逃げないといけないんだ。



「やめて、……成希!!」



その時だった。



「こんばんは~。ちょっといいですか?」



暗闇を照らす、眩しい光。それを持つのは、青い服を着た、街中でよく見かける帽子を被った人。


あれは……



「この辺を見回りしている警察でーす。お兄さん、ちょおっとお話を聞いてもいいかなぁ?」

「は? 警察……?」



成希は、瞬時に私から退けた。成希によって無理やり立たされていたようなものだった私は、力なく地面に滑り落ちる。



「お兄さん今さぁ、何してた?」

「俺は、何も……!」


「何もって事は無いでしょー? 夕方に一緒にいるんだから、カップルじゃないの~?」

「あ、そうだよ! カップル! 俺らカップルだ!」



な、冬音!――と必死な顔で、私を見る成希。私は体を震わせながら、なんとか答えようとした。


うん。そうだよ

私と成希は付き合ってる

彼氏彼女だよ、間違いない


そう言わないといけないって、思っているのに。これを言わないと、後でとんでもない目に遭うって分かっているのに。



「……ッ」



言葉が、一文字も出なかった。

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