第42話 係長VSニセ勇者④ 

「何を馬鹿なことを……貴方の仲間になるつもりはありません。

 私はユメジ様に忠誠を誓って遣える身。貴方になんて興味があるはずないでしょう」


 まぁ、当然のように拒絶の言葉が返ってきた。

 そりゃあそうだ。アイビーさんはツレをボコってナンパしてきたヤローに靡くタイプではあるまい。

 

「いや、君はボクの仲間になる使命がある。なぜなら、ボクが勇者で、君は“知るもの”の力を持っているのだから」


「……」


 あー、なるほど。

 少しだけニセ勇者の言いたいことが分かってきた。


 確か、最初に“知るもの”の力を持っていたっていうクリスは初代勇者パーティの仲間だったはずだから、同じ力を持っているアイビーさんは、ニセ勇者の仲間になるべきって考えか。


 貰った力に自惚れた男らしいにしても、少々単純すぎるんじゃないか。

 

「勇者の遺体を堀り暴いても、初代の“知るもの”の遺体はなかったのに……まさかキミが受け継いでいたなんて……。でもよかった、これで勇者パーティに必要な力が揃うんだから」


「……遺体を暴いた? もしかして、貴方は神聖な勇者様の墓荒らしをしたというのですか……?」


「墓荒らしなんて、酷い言葉は使うべきじゃないでしょ。だって、ボクは勇者なんだから、その力を受け取るのに十分な理由があるんだし」


 まぁ、最初っからニセ勇者はそういう方法で力を得ようとしている、とは聞いていたが……。

 墓荒らしをして、開き直ってるってのは、本当に救いようがないな。


「益々、貴方のような下種に力を貸す理由がなくなりました。

 過去の英傑に頼って粋がっている貴方の、どこに“勇ましきもの”の姿があるのでしょう」


「……は?」


「それに、例え貴方がどれだけ自身を勇者なんてひけらかそうと、既にこの世界に新しい勇者様は降臨なさっています」


「勇者が降臨している……? そんなの女神が神託されていないはず……それに、女神が力を与えたボクこそが勇者に間違いないんだけど、君、大丈夫?」


「いえ、ユメジ様は歴代の勇者同様に異国の地から派遣され、この世界に降臨なさいました。そして、女神様の祝福をあえて受け取らず、私に分け与えてくださるほど慈悲深いお方です」


 ケルちゃんのついでだけど。


「ユメジ様は自己犠牲で他者に奉仕する考えを持つお方です。

 貴方のように自分勝手な人とは違います」


「……」


 あと10秒は欲しい。

 コイツには10倍の奴をくれてやる。


「ハハハッ! ユメジってのはそこで転がっている男でしょ!? 

 じゃあ、それを倒したボクは余計に勇者にふさわしいってことで間違いないじゃん」


「……」


 落ち着け、まだ。

 呼吸を極限にまで溜め込むんだ。


「ほら、これが君の言う勇者の姿だよ! ボクに逆らったから、今じゃ声も出ない!」


 ニセ勇者は俺の胸ぐらを掴み、アイビーさんに痛ましい姿の俺を見せつける。

 あと5秒。


「これで分かったでしょ? どっちが君にふさわしい男なのか。こんな野蛮な男より、ボクみたいな女神に選ばれた神聖な勇者に靡くべきなんだよ、君は……」


 俺は電光石火の勢いで目を見開き、それと同時に渾身の右ストレートをニセ勇者の左顎へと放つ。

 鈍臭いニセ勇者には、膨大な仕事量を迅速にこなしてきた係長の右ストレートに反応できるはずがない。

 

 コイツは反応することすらできず、目を見開いたまま、顎を愉快な形にしつつ、吹き飛んでいく。


「ユメジ様!」


「英雄サマ!」


 俺が覚醒し、ニセ勇者が吹き飛ぶ様子を見て……後ろの方から、黄色い声援が二つ流れてくる。

 けれど、そんなのに構っている暇はない。

 この一瞬の行動で、確実に俺に反応してくるニセ勇者姉に視線を移す。


 ニセ勇者姉は、ほとんど予測不可能な状況にもかかわらず、冷静に行動していた。

 先ほどアイビーさんを攻撃した時と同じように、腕をまっすぐ伸ばし、人差し指を俺に向けている。

 そして、先ほどと同じように、ニセ勇者姉の指から矢が射出される。


 が。


 そんなことは係長には関係がない。


「ブ゙ヂ殺゙ずそ゛!!!」


 俺は久しく口を開き暴言を放つと、そこからは光白く輝く光線がニセ勇者姉へと襲い掛かる。


 係長必須スキル、パワハラ砲。

 アンガーマネジメント論が普及したことにより、『怒りを6秒間、溜め込むことでその怒りを凝縮し、高密度のエネルギーとして口から射出する』技術が株式会社役員の必須スキルと言われるようになった。

 当然、24歳という若さで係長になった俺も、そのスキルは習得している。社内研修で習得した。


 だが、これはただの6秒間、溜め込んだパワハラ砲ではない。

 

 怒りと屈辱を、通常の6秒を超え、10倍の60秒は溜め込んだ末に放たれる超究極のパワーハラスメント。


 ドラゴンボールのように必殺技を付けるとすれば。


 『10倍パワハラ砲アンガーマネジメント60秒倍』と言うべきか。


「!?」


 『10倍パワハラ砲アンガーマネジメント60秒倍』はニセ勇者姉の放つ矢を軽く消し炭にしつつ、20インチの超凝縮エネルギー光線として彼女へと襲い掛かる。

 可哀そうに。

 一般タイミーであれば、その恐ろしきパワハラが耳に届く間もなく、上半身が労災になっていることだろうが……死を知覚できるほど能力が高いってのは、考え物だな。


「!?」


 俺がニセ勇者姉が吹き飛ぶものだと思ったのもつかの間。

 ニセ勇者姉は、ギリギリのところでΦ500を超えたパワハラ砲を、その身を無理やり捩りながら躱した。

 余裕で軽々と、と言う感じではない。

 ニセ勇者姉は、死を寸前まで直視しながらも、必死の形相で行動し、脇腹に光線を掠らせて血を吹き出しつつもパワハラ砲の危機から、ギリギリで生命を繋いだ。

 

 おそらく、発射の時点で新幹線『のぞみ』の最高速度をゆうに超える『10倍パワハラ砲アンガーマネジメント60秒倍』を躱すとは。


「ユメジ様! やはりご無事でしたのですね!」


 後ろの方で嬉々とした声を出しているアイビーさんに意識が持っていかれて、パワハラ砲による追撃が遅れた。

 本来なら、ニセ勇者姉が躱した方向へパワハラ砲を向けるべきだが……残念なことに、最高出力で放った分に持続時間は短かった。

 パワハラ砲はその威力を次第に弱めていき、消えていく。


「ふぅ……」


 パワハラ砲が終わり、すぐにでもニセ勇者姉に追撃を与えたいところだったが……。

 俺はあえて、その場にとどまり、拳を握る。


 これからするのは、俺が株式会社に属し、尋常ではないほどの重責と職務に追われながら、一日の睡眠時間は30分もなかった過酷な社会生活を支えてきたルーティンワーク。


 俺は社会で、苦しい思いをした。

 屈辱は埃一つなくなるほど舐めた。

 プライドは月曜の可燃ごみの日に捨てた。

 

 それでも、辛いからやめよう、なんで俺だけ頑張ってるんだよ、俺はもっと報われてもいいはずだ。

 そんな弱音を、すべて吹き飛ばしてくれる。 

 頑張ろうと言う気持ちを拭い、これからも社会性を高ぶらせる、俺の大好きな言葉がある。

 ファイティングポーズと共に、それを言うと、不眠不休で何時間も見積書とOutlookと工程表とクソみたいなタイミーどもを見ていても苦しくならない、それこそ魔法の言葉。


「しゃぁ! 続行だ!」


 俺は、社会という長い路を走るランナーである。

 朝に目が覚めて、俺が社会の走者として自覚をさせてくれるフレーズ。


 その夢の残した路を照らす言葉は、今回も目を開けたばかりの俺に、進むべき道を記してくれた。

 握りこぶしを強くして戦闘を続行する意思を見せつけ、そしてニセ勇者姉の元へと俺は走り出す。


「ユメジ様! 勇者の剣を!」


 アイビーさんは魔法の力でレグギャヴァギュギャ製の鉄パイプを弾き飛ばし、俺の手に引き寄せた。


 ナイス。迅速で最高の判断だ。


 俺は冷たくなった鉄パイプを握って温めながら、彼女をこの場にまで連れてきたことに初めて良かったと思った。

 ちなみに、これは勇者の剣ではない。


 が、どうでもいい。


 俺は、握った鉄パイプをニセ勇者姉へと薙ぎ払う。


「……っ」


 ニセ勇者姉の体は霧のようになり、俺の鉄パイプをすり抜けた。

 またか……。

 コイツから食らった毒は、全て体内で解毒は済ませたので、幻覚を見ている訳ではないと思うが……。

 コイツはコイツで、ヤマトなんちゃらみたいに攻撃を妨げる魔法があるのだろうか。


「認識を歪める魔法ですね」


 俺がニセ勇者姉の魔法について考えていると、アイビーさんは冷徹な声でそれを見破った。


「神秘を見ることができるエルフには通じませんよ、そんな魔法」


 “爆ぜろバン” 、とアイビーさんが唱えると、俺が見ているニセ勇者姉の少し離れたところで爆発が起こる。


 すると、そこからはベールが剥がれるように、ニセ勇者姉の姿が現れる。


 幻覚は幻覚でも、食らった毒によるものではなく、普通に魔法による幻覚だったか。

 どちらにせよ、神秘を感じ取れるというアイビーさんでもなければ見破れないらしい。


「アイビーさん、ナイス」


 俺はおそらく初めて部下に感謝の言葉を告げた。

 まぁ、それはともかく、何にしてもニセ勇者姉さえ再起不能にすれば、後は間抜けのニセ勇者。


 俺は、爆発によって姿が露わになったニセ勇者姉に向かって飛びかかると……。


 突然、眩い光とともに、その場は真っ白に染まる。

 ニセ勇者を吹っ飛ばした方から、まるで超新星爆発のような衝撃が発生した。

 

「……!?」


 皮膚を熱波が焼いている痛みに耐えながら、ニセ勇者の方に俺は視線を移すと、その場で一際、強く輝く剣を持つ人影が見えた。


「どぉぉぉいつもこいつもぉぉぉぉッッッ! ぼくお! 無視しやがってぇぇぇッッッ!!!」

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