第32話 係長と間の日①

「夢か……」


 過去を思い返すタイプの夢は、初めて見たかもしれない。

 俺が係長になった日……そして、俺が先輩を殺した日。

 

「人間になろうとするヒトモドキかぁ……」


 妖怪人間ベムみたいなものか? 俺は。

 佐藤さんが俺に対して何を感じたのかは分からないが……俺には仕事くらいしか人生でやることがない、と言うのは同意である。


 たまに仕事をして、激務に終われ、余計なことも考えずに目の前の事だけをやって、たまにケルと会う。

 それだけで十分。それに、仕事をしているだけでどこか安心している自分がいるのも事実。


 こんな世界で戻れるかどうかも分からない不安と良く分からん奴らと絡みながらやっていくよりは、仕事している方が全然いい。


「ま、起きるか……」


 と、思って身を起こそうとした瞬間。

 俺の右腕に、何かが絡みついていた。


 寝起きの動きで横を確認すると、アイビーさんが俺の腕に抱き着いていた。


「……」


 ゆっくり抜こうとしてみるが……。


「……っ! っ!」


 寝息を荒げて、俺の腕を掴む力を強くする。

 おもろ。引き抜こうとするたびに寝息を出して拒否してくる。


「いつの間に潜り込んでいたんだ……?」


 それほど大きくはないこの寝室には、2つの布団が敷かれている。

 俺は別に男女同衾を進んでやるタイプではないし、ケルがいる場所でムードもクソもない。

 目に見えた地雷を秘めているアイビーさんと関係を持つほどチャレンジャーではないが、もしかしたら襲われかけていたのかもしれない。


 よく懐かれたものだと感心していたが、ふと、俺は記憶に新しい夢の言葉を思い出した。


『万が一、君が誰かを好きになったとしても……人間を着飾る肉をそぎ落とし続けたキミじゃあ、人を幸せにすることもできない』


「……ま、いいや」


 俺は立ち上がることを諦め、二度寝することとした。

 ちらりと見える窓の外を見る限り、まだ日の出前。俺がいつも通りの生活リズムで起きたのなら、時刻はまだ4時半と言ったところか。


 どうせ、アイビーさんもまだしばらくは起きないだろう。

 いや、クンシィの奴はもう起きているんだろうか。町をブラブラしてみるだけでも面白いかもしれないな。


 ……。


「なんだか、気が抜けてるなぁ……」


 思えば、仕事のことを忘れてどれだけ経っただろうか。

 オークを倒して、盗賊団を壊滅させて……それからこの国に来て、オタク談義をして、楽しく飯を食って酒を呑んで、ちょっと女神に会ったりして、女の子と一緒の布団で寝て。


 もし明日から仕事に戻っても、すぐにスイッチが入るかどうか分からない。

 早く戻らないと。


「ケルーどこにいるのー?」


 俺はキョロキョロと辺りを見渡すと、ケルちゃんはすぐ近くにいた。

 アイビーさんが寝てたはずの布団の中。

 ゲヒヒッ……。頭を隠してもチャーミィなお尻尾が掛け布団の中から飛び出ちゃっているぞ、ケルちゃん。


 俺はズル……ッ、ズル……ッ! とミミズの移動みたいに布団を擦りながらケルちゃんの元まで移動する。


 そして、箱入りにゃんこにお手付きしようと掛け布団の中に手を忍ばせると……。


「シャアッ!」


 と、拒否する音と共に、俺の差し伸べた指は叩きつけられる。


「ギャアアッッッ」


 俺はアイビーさんを起こさない程度に抑えた悲鳴を上げて腕を引き抜くと、俺の指はあられもない方向に捻り曲がっていた。


「……うぅん」


 俺の気遣いが聞いたのか、アイビーさんは依然と俺の腕を掴んだまま、何事もなかったかのように幸せな寝息を立てている。


「ヒュッ、ヒィーーーーッ! コヒューーーッ!!! はぁ……はぁ……」


 流石に唐突な痛みを呼吸を整えて落ち着こうとするが、どうにも呼吸音が荒くなるのを感じた。

 痛ッてェ……。

 指をプレス機で潰された時でも、これほどの衝撃は無かったと思う。


「ひうっ……ケルちゃん……いくら夜這いをしたからってオイタが過ぎるよォ……」


 俺は涙を流しながら捩じれた指を元の形に戻す。

 

 しかし……これは凄いな。

 対物ライフルが掠っても傷一つないどころか、普通に掴んだりしていた俺の指が、ピカソの画風になるとは。


 チート能力、恐るべし。


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