第30話 係長になった日①

 時は半年前。俺がまだ主任だった頃。

 場所は現代。レグギャヴァギュギャ株式会社オフィスにて。

 

「レグギャヴァギュギャ株式会社! お前たちには度重なる労働法違反の報告があり、業務停止命令が下されている! 取締役は大人しく投降したまえ!」


 おそらくリーダー格と思わしき労基の職員が、拡声器を使ってわが社に投降を申し出る。

 漆黒のヘルメットに覆われた顔は、随分と情熱的に我が社を口説いているではないか。顧客にもこれくらいの感情を向けられたいものだ。

 しかし、彼らがお客様だったら、どれほど良かっただろうか。

 わが社の周囲には、重装備で武装した労働基準監督官たちで埋め尽くされていた。黒い防弾ベスト、迷彩服、そして手に握られたアサルトライフルはキラリと黒光りしている。


「数は300くらいか」


 わが社の正社員のおよそ10倍だ。

 通常なら1人10人担当するところだが、あいにく武装した労基の殲滅業務にわが社の全リソースを注ぐほど、ウチに余裕があるわけではない。

 我が社を囲う日本の生産性を損なうことにお熱心な労基どもをブチ殺すのは、ここにいる11名だけだ。

 主任の俺と、タイミーで来た10人。


「と、藤堂さん! もう観念しましょう!」


 タイミーの34番は、オフィスにて泣き言を放った。

 

「あんな数の労基……あれ労基なのか……? とにかくなんで労基と名乗っているかは分かりませんが、あんな軍隊に囲まれているんですよ!? 素直に社長を差し出した方が良いです!」


「……で?」


「で……って! まさか戦うつもりですか!? あの数の軍隊と! 何のために!?」


「会社の業務だから、以外に言葉がいるのか?」


「業務って! そもそもこんな会社狂ってます! 俺はタイミーの隙間時間でここに来ただけなのに、外出届が受理されないと外に出れないって、監禁じゃないですか! 

 それに労働環境も劣悪の極みです! 時間外労働は当然のようにあるし、パワハラ、モラハラ、工場も有害物質まみれで暴力どころか死亡災……」

 

 パンッ! という発砲音によって、タイミー34番の叫びは止まった。

 俺はハンドガンを取り出し、文句だけは達者なタイミー34番の右肩を撃ち抜いたのである。


「ァァァッ!?」


「この34番の他に我が社の方針に文句がある奴はいるか?」


 痛み苦しみ悶える34番の姿を見て、他のタイミーたちは黙っていた。

 我が社と直接雇用契約も結んでいない雑兵の癖に、偉そうに我が社の文句を言うのだからこれくらいは正当な懲罰だろう。


「さて。今から作戦を説明する。時間がない、一度しか言わないから、メモも取るな。一度で覚えろよ」


 俺の一言で、タイミーたちの顔つきが変わった。

 恐怖で支配された彼らは、怯えながらも俺の言葉に耳を傾けている。


 俺はラッシングで固定された10本の鉄パイプを解き、彼らの前を転がした。

 

「お前ら10人いるな。5分以内に労基30人をこれで殺してこい」


「!?」


 タイミーたちは一斉に、絶望的な表情を浮かべた。

 

「そ! そんな無茶な……!」


 38番のバッチを付けたタイミーが泣き声で反応する。

 やはり、フリーターは精神が幼い。やれと言われて分かりましたの一言も言えない、特に38番の風体を見て見ると、小学生の頃に確実に虐められて居た顔している。社会経験をしていないから、その顔からも社会的成熟を一切感じない。


「チッ。カスが」


 俺はそんな使えない人材にも理性的に呟く。 


「お前ら状況分かってないみたいだな」


 そういって、俺は右肩を負傷して蹲っているタイミー34番の頭をハンドガンで撃ち抜いた。


「!?」


 タイミーどもはそれを目を丸くして見ていた。

 そういえば……こいつらは来たばっかりだから、ここで起きた人死には初めて見た奴も多いんだっけか。

 まぁいいや。


 俺は即死したタイミー34番の服の襟を掴み、労基たち目掛けて投げ捨てた。


「な、なんだ!」

「人です……いえ、死体が飛んできています!」

「どういうことだ!」


 パニックになる労基たち。

 判断が遅いのは、幸運だった。


 彼らはその死体に爆弾が取り付けられていることに気づくこともなく、タイミー34番の心肺停止と共にスイッチが入る爆弾の爆破に巻き込まれていった。


 ドガーーーンッッッ!

 おそらく、労基を5人くらいは潰せたか。


「く、狂ってる……」


 誰が呟いたのか。

 まぁ、犯人捜しは良い。


「さて、お前たちの体には半径数メーターは吹き飛ばせる爆弾が埋め込まれている。何にせよ、お前たちの生存権は主任の俺が握ってるわけ。

 で、ここからが提案。

 あそこの労基を30人倒したら帰って良いよ。いや待った、今一人減ったから300/9で……33人殺せ。そしたら家に帰ってもいい。拒否するんだったらこの場でお前らが投擲爆弾になるだけだ」


「ひっ……」

「そ、そんな……」

「あ、ああ……」


 タイミーの奴らは苦悶の表情を浮かべていた。

 

 我ながら、良い作戦を思いついたものである。

 どうせこいつらは役にも立たないくせに文句だけはいっちょ前のカスどもだ。戦力としては期待していないが……人の形をした爆弾と言うだけで、ただの爆弾より価値がある。

 労基どもは日本の生産性を低迷させる反社カスどもだが、それでも人の心だけは持ち合わせているようだから、人を殺すのには少し躊躇する。

 その躊躇している間に、このタイミーどもが近寄って殴って1人死ぬなら良し、例えタイミーが殺されても自爆で周辺は消し飛ぶから相手にも損害が出るから良し。

 

 一石二鳥。いや、本当に33人倒す人材が出たなら、正社員雇用するから優良人材が確保できて、一石三鳥。


 大学出て良かった。俺天才だわ。

 ま、それはともかくとして。


「ッテメエらなにモタモタしてんだッ! さっさと行け! 殺されてぇのか!」


 俺は業務指示を出す。


「ひ、ひぃ~!」

「母ちゃん……かあちゃあああん!」

「誰か助けてくれぇぇぇ!」


 俺の指示に従うように、タイミーさん9人は鉄パイプを手に取り、窓から飛び出していった。

 爆弾を抱えた軽装備のタイミーたちが必死の形相で襲い掛かってくるのに、労基たちは怯えた様子で、それに対応していた。

 おそらく、このままいけば敵の3割は削れることだろう。

 同情や戸惑いから、労基たちはタイミーたちをアサルトライフルで爆発圏外で確殺できずにいる。

 このままタイミーたちが労基の群れに突っ込んでいけば、それなりの被害を狙えるはずだったが……。


「狼狽えないでください! 彼らは死ぬことで爆発する爆弾を抱えています! 躊躇しないで、即殺してください!」


「……」


 労基たちに対して、聞き覚えのある声で的確な指示を向ける奴がいた。

 俺はその人物に目をやると……。


 俺の額に、銃弾が直撃した。


「!?」


 痛ってえ。

 スナイパーライフルか?

 俺は額から血が流れるのを感じながら、銃が撃たれたほうに目をやると、バレットM82を携えた男がいた。


「あーやっぱりか」


 その男の顔を見て、俺は溜息をついた。

 この人が、労基側にいるとは。

 社長が言うには、この人が労基にタレコミをしたスパイだと聞いていたが……本当に、この人が我が社を裏切るなんて……考えたくもなかった。


 正直、仕事とはいえ乗り気じゃないな、と思ってすらしまう。

 

 そこにいたのは、俺の直属の先輩で、レグギャヴァギュギャ株式会社 製造部係長 佐藤さんだった。

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