第3話『幼馴染の少女と、初仕事』
朝食を終えたボクが向かったのは、おばあちゃんの家から橋を二つ渡った先にある商店だ。
もちろんわざわざ橋なんて渡らず、海魔法を使って水路を駆け抜けたので、普段の半分以下の時間で到着した。
「イソラー! いるー?」
開店したばかりのお店に飛び込むと、カウンターの奥にオレンジ色の髪を大きなおさげに結った少女が立っていた。その緑色の瞳をこちらに向け、何度も瞬きをしている。
「あれ、ナギサ?」
「イソラ、久しぶり!」
カウンターに駆け寄ると、ボクは彼女の手を握る。
彼女はイソラ・ベルジュ。ボクと同い年の幼馴染だ。
「島に帰ってきているのは知っていたけど……魔法学園、夏休みにはまだ早いよね? 休暇でももらったの?」
「うぐ……じ、実は、それは海より深い事情があって……」
困惑顔のイソラに、ボクはこれまでの経緯を話して聞かせる。
「魔法学園、退学になっちゃったの……!? それに、借金まで……!?」
「そうなんだよねー。学園はこの際仕方ないにしても、借金が問題でさ」
「そ、そうだよね。うち、アルバイトの募集してたっけ。お父さんに訊いてみようかな」
イソラは口元に手を当てて、まるで自分のことのように心配してくれている。
うう、相変わらずの優しさが身にしみるよ……!
「イソラ、ありがとう。でもボク、きちんと仕事は考えてあるんだ」
「そ、そうなの?」
「うん。『届け屋』って仕事なんだけど」
「……?」
首を傾げるイソラに、ボクは自分が考えた仕事内容を話して聞かせる。
「……つまり、ナギサの魔法で、荷物を運んでくれるの?」
「そう! どんな船よりも早くね! というわけでイソラ、何か配達の仕事ない?」
「えーっと、何かあったかな……ちょっと待ってね……」
どこかおっとりしたふうに言い、イソラはカウンターの奥へと引っ込む。ややあって、袋とメモを手に戻ってきた。
「あったよ。島の外れに住むクレタおばあちゃんに、この荷物を届けてほしいの。品物の内訳と代金は、ここに書いてあるから」
受け取ったメモに目を通す。場所もわかるし、問題ないと思う。
「それと、配達料金を先に払うね。500ルリラでいい?」
「ありがとう! 初めてのお仕事だし、頑張ってくるよ!」
「うん。応援してるからね。あと、海の上を運ぶって言っていたけど、荷物の中に小麦粉が入っているから、濡らさないように気をつけて」
「りょーかい! それじゃ、いってきます!」
ボクはそう言うが早いか、窓から外に飛び出す。
お店の脇を流れる水路に着地すると、海面を一気に駆け出した。
「まずは中央運河まで出て、そこから一旦海に……大時計と海上教会を左手に見ながら、ぐるっと回って島の西側の水路に……」
ボクはルートを確認しながら、陽の光を受けてキラキラと輝く水面を滑っていく。
クレタおばあちゃんの家はカナーレ島の本島から少し離れた小島にあって、本来なら船でないと行けない。
……だけど、ボクの海魔法があれば船いらずさ!
「……おっと!」
そんなことを考えながら進んでいると、前方からゴンドラが向かってきた。端に寄ってうまく回避する。
そのまま中央運河に飛び出すと、とたんに視界が開けた。
同時に往来する船の数も増え、仕事に向かう人々を乗せた大型のゴンドラや、観光客を乗せた遊覧船が川面を行き交っていた。
ボクはその合間を縫うように、水上を駆けていく。
「おい、なんだありゃあ?」
「女の子? すごーい」
「かっこいいー!」
船に乗った人々から、驚きと称賛の声が飛んでくる。
「ナギサの届け屋でーす! 届けたいものがあったら、ブレンダのパン屋か、ベルジュ商店まで!」
ボクは手を振りながら、ここぞとばかりに宣伝しておく。
おばあちゃんの家かイソラのところなら、すぐに駆けつけることができるし。
そんなふうに多くの注目を浴びながら中央運河を抜け、海へと出る。
すると、無数の海鳥がボクと並ぶように飛んでくれる。
もしかして、仲間と思ってくれてるのかな。
どこか嬉しい気持ちになっていると、水上教会が見えてきた。
あれはその名の通り、海の上に立てられた教会で、数百年の歴史があるとおばあちゃんが言っていた。
年に一度のお祭りの日には、巡礼する人々を運ぶ船で周囲が埋め尽くされるんだ。
そんな教会を遠目に見ながら移動し、島の西側から再び水路へ入る。
川幅が狭くなったので、速度を落としながら慎重に進んでいく。
「ねーちゃん、この先は行き止まりだぜ!」
ある程度水路を進んだ時、釣りをしていた子どもたちがそう教えてくれる。
言われて前方を見ると、立派な水門がボクの行く手を阻んでいた。
「普段あまり使われていない水路だと、たまにあるんだよね!」
それを確認してもなお、ボクは加速していく。
「うわー! ぶつかるー!」
並走していた子どもたちが、慌てたような声を出していた。
「大丈夫だよー!」
直後、海面を持ち上げてジャンプ台を生み出し、ボクは華麗に水門を飛び越える。
「えええーー!?」
「ねーちゃん、かっけー!」
そんな声を背に受けながら、手を振って子どもたちと別れる。
それからいくつかの角を曲がって、再び海へ出る。するとすぐにクレタおばあちゃんの家が見えてきた。
「よっと」
先程と同じ要領でジャンプ台を作り、おばあちゃんの家がある小島へと飛び上がる。
荷物も特に濡れていないし、大丈夫そう。
「おはようございまーす! ナギサのお届け屋です!」
耳の遠いおばあちゃんのために強めに玄関扉をノックして、声を張り上げる。
少しの間があって、腰の曲がった老女が出てきた。
「おや、ナギサちゃんかい?」
「うん! イソラに頼まれて、ベルジュ商店の品物を届けに来たよ!」
「あらあら、こんな遠くまで、大変だったでしょう?」
「ううん! むしろ楽しかったよ!」
「そ、そうかい……? 何にしても助かったよ。腰を痛めると、船にも乗れないから。本当にありがとうねぇ」
クレタおばあちゃんはボクの手を取って、心底嬉しそうに何度もお礼を言ってくれる。
その笑顔を見ていると、ボクの胸の中になんとも言えない温かな気持ちが湧いてきた。
「そうだ。せっかくだから、パンナコッタでも食べていくかい?」
「うぐっ……すごく魅力的な提案だけど、ボク、今はお仕事中だから……!」
「それならしょうがないね。じゃあ、チャパタでも持っておいき」
そう言うが早いか、クレタおばあちゃんは家の中へ引っ込む。しばらくして、紙袋を手に戻ってきた。
「ブレンダの焼いたパンには負けるけど、パニーニにでも使っておくれ」
「ありがとう!」
受け取った紙袋は、ほんのりと温かかった。
ボクはお礼を言って、クレタおばあちゃんの家をあとにした。
◇
配達を終えたボクは、ベルジュ商店まで戻ってくる。
「え、もう戻ってきたの!?」
すると、イソラにめちゃくちゃ驚かれた。
「少なくとも、往復二時間はかかると思っていたのに……海魔法ってすごいね」
「えへへー、そうでしょー? もっと褒めてー」
「いや、話には聞いていたけど、ナギサちゃん、すごいね」
照れまくりながら、お土産にもらったチャパタをイソラに手渡していると、彼女の父親であるナッシュさんが声をかけてきた。
その隣には、まるで貴族のような風貌の男性が立っていた。
どこかで見覚えがある気がするんだけど……誰だっけ。
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