第2話『海魔法の活かし方』
カナーレ島に帰り着いた翌朝。ボクは久しぶりに自室のベッドで目覚める。
「んー、やっぱり自分の部屋はいいねぇ。学生寮のベッドはどうも固くてさ」
誰にともなく呟いたあと、背伸びをして起き上がる。
それからカーテンを開けると、目の奥を刺すような光のあとに、故郷の町並みが飛び込んでくる。
続いて窓を開き、朝の空気を思いっきり吸い込む。潮風とともに、香ばしい匂いがした。
……これは、おばあちゃんの焼くフォカッチャの匂いだ。
思わず鼻をひくつかせたあと、ボクは期待に胸を膨らませながら着替えを済ませる。
次に鏡台の前に座り、肩ほどの長さの髪にブラシをかける。いつもと変わらない自分がそこにいた。
お母さん譲りの青髪と、青い瞳。全く自分に似ていないとお父さんは嘆いていたけど、ボクは海と同じ色をした髪と瞳が大好きだった。
「……うん。ボクは今日も元気だよ。いってきます!」
最後に写真の中の両親に挨拶をして、ボクはお気に入りの帽子を被る。そして部屋を飛び出した。
「おばあちゃん、おはよー!」
「おはよう、ナギサ。今日も朝から元気だねぇ」
「うん! 元気なのがボクの取り柄だから!」
階段を駆け下りると、焼きたてのフォカッチャを入れたバスケットを持ったおばあちゃんがキッチンから出てくるところだった。
挨拶をして、その手からバスケットを受け取る。
「これ、お店に出すやつ?」
「そうだけど、少しくらいなら食べてもいいよ」
「やったー! おばあちゃんのフォカッチャ、ボク大好き!」
踊りだしそうになりながら、ボクはダイニングにバスケットを運ぶ。
おばあちゃんはこの街で長年パン屋をやっていて、北の大陸から仕入れた特別な麦を使ったパンは絶品だ。
「焼きたてだし、シンプルにお塩にするべきか……」
「野菜とチーズを挟んで、サンドイッチにしてもいいんじゃないかい?」
「それだ! おばあちゃん天才!」
ボクは嬉々として貯蔵庫に向かうと、レタスとチーズを持って戻ってくる。
それをナイフで手早く切り分けてフォカッチャに挟み、あっという間に朝ごはんが完成した。
「それじゃ、いただきます!」
食卓についたあと、きちんと挨拶をしてから熱々のサンドイッチにかじりつく。
ほのかにハーブの香りがする生地はモチモチで、その後にレタスのシャキシャキ感と、チーズの濃厚な味わいが続く。最高の朝ごはんだ。
「そういえば、ナギサが船を助けたって話なんだけど」
少し遅れて食卓についたおばあちゃんが、思い出したように言う。
「もう街中に広まっているようだね。小麦を届けてくれたナッシュさんが嬉しそうに話していたよ」
「え、そうなの? まだ、おばあちゃんにしか話してないのに」
「見物人も大勢いたんだろう? 小さな島だからねぇ。噂が広まるのも早いのさ」
そう続けて、おばあちゃんは毎朝欠かさず飲んでいるというコーヒーに口をつけた。
「それに、ナギサの魔法は特別だから。皆の記憶に残るんだろうね」
確かにボクの使う『海魔法』は、この世界に一般的に普及している水魔法とは全く違うものだと、魔法学園の授業で学んだ。
だけど、ボクにとっては生まれつき使えるものだし。特別と言われても、いまいちピンとこなかった。
「それより、これからどうするんだい? 魔法学園は退学になったんだろう?」
「うぐ」
そんなことを考えていると、おばあちゃんが神妙な顔で言った。
飲み込んだフォカッチャが変なところに入りかけて、ボクは慌ててミルクを飲む。
「げほごほ……退学の件は、ボクに非はないんだよ……おばあちゃん、信じて」
「そりゃあ、もちろん信じるさ。けど、借金があることに変わりはないんだろう? 返す当てはあるのかい?」
「それなんだけど、ボク、『届け屋』を始めようと思うんだ」
「届け屋?」
立ち上がってそう宣言するも、おばあちゃんは眉をひそめた。
「そう! この島って、そこらじゅうに運河や水路があるでしょ? 荷物一つ運ぶにも、わざわざゴンドラに乗せる必要があるから、時間かかったりするし」
「そうだね。橋もあるけど、そこまで多くはないし」
「そこで、ボクが海魔法を使って荷物を配達しようと思うんだ! 運河も水路も、全部海に繋がっているし、ボクなら自由自在に移動できる。ゴンドラの何倍もの速さで、荷物を届けることができると思うよ!」
熱弁を振るうボクを見て、おばあちゃんは驚いた顔をしていたけど、やがて何度もうなずいた。
「……いいんじゃないかい。配達料という名目でお金もいただけそうだし、なにより、ナギサがやりたい仕事なんだろう?」
「うん! せっかくだから、人の役に立つ仕事がしたい!」
ボクははっきりとそう言い放つ。おばあちゃんは満足げな笑みを浮かべた。
「やってごらん。まずは、お客さんを確保するところからだねぇ」
「それなんだけど……おばあちゃん、パンの配達の仕事とかない?」
「ないこともないけど……そんなしょっちゅう来るもんでもないね」
「そっかぁ……焼きたてのパン、届けられると思ったんだけど」
「どうせやるなら、色々な荷物を配達できるようにならないとね。街の皆から、仕事を請け負うのさ」
「街の皆から……?」
「そうだよ。買い物に行けないお年寄りや、仕事の荷物を急いで届けて欲しい人、船に荷物を間に合わせたい人……需要はたくさんあるはずだ」
「そっか……よし、朝ごはん食べたら、ちょっとでかけてくるよ!」
とある考えが浮かんだボクは、意気揚々と食事を再開する。
こういう時に頼りになる子を、ボクはひとり知っている。
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