第8話【降伏勧告】

 ゴブリンの使者達は堂々と大広間に踏み込んできた。彼の姿は、粗末な装備を身につけた周囲のゴブリンたちと比べ、明らかに威圧感いあつかんがあった。


 ゴブリンの肌はくすんだ緑色で、体毛はほとんどなく、鋭い黄色の瞳が獰猛 どうもうさを物語っている。鼻はつぶれており、口からはギザギザした牙が覗いていた。身長はそれほど高くないものの、そのがっしりとした筋肉質な体格は、油断ならない相手であることを示している。


 背中には大きな棍棒こんぼうが背負われ、荒々しい生活を反映するように装備には傷や汚れが目立っていた。


 使者の目は冷ややかにルークたちを見下ろし、その表情には勝利の確信がありありと見て取れた。


「お前たちに降伏を勧告する。」


使者の声は低く、冷酷れいこくだった。


「降伏を受け入れるならば、ルークとその弟たち、そこの女、全員を処刑する。」


 その言葉を聞いたリサの顔に一瞬驚愕きょうがくが走ったが、すぐに眉間に力が入り、怒りを隠そうとした。しかし、使者は構わずに続けた。


「それだけではない。お前たちが育てた食料を、我々ゴブリンに10年間にわたって定期的に差し出してもらう。そして…」


 使者は薄笑いを浮かべながら、ルークたちを一瞥した。


「お前たちが保持している人間の奴隷も、すべて我々に引き渡せ。」


 その瞬間、ルークは驚愕を隠せなかった。人間の奴隷…?オーガたちが人間を奴隷にしているのか? 彼は転生したばかりで、この事実を知らなかった。


 オーガが人間の奴隷を持っているという現実に衝撃しょうげきを受け、胸の中で複雑な感情が渦巻うずまいた。だが、リサや弟たちは特に動揺を見せず、その事実を当然のものとして受け入れている様子だった。


 ルークはじっとその使者の顔を見つめ、心の中でそっと「鑑定かんてい」を唱えた。視界が淡く光り、使者のステータスが浮かび上がる。


 名前:ザリム

 種族:ゴブリン

 年齢:35歳

 職業:軍師

 力:F

 魔法力:F

 防御力:F

 魔防力:F

 軍略:D

 政務:C

 忠誠心:E

 スキル:交渉術、騙し討ち


 ルークの心中で少しずつ確信が固まっていった。ザリムというゴブリンは確かに「政務」こそ「C」と、交渉や政治に関してはそれなりの実力を持っているが、それ以外は特筆すべきほどの能力はない。


 そして、周りに控えるゴブリン兵たちのステータスも瞬時に目にうつった。「E」や「F」ばかりの低い数値。戦闘能力においても、特段恐れるべき相手ではない。


 だが、だからこそ注意が必要だった。このゴブリンたちは裏切りや卑劣ひれつな手段を躊躇ちゅうちょなく使ってくる種族だ。油断すれば、その「騙し討ち」のスキルを使われ、思わぬ落とし穴におちいることになるかもしれない。


 ルークは表情を変えずに、静かに言葉を返した。


「降伏の条件をもう少し詳しく説明してもらいたい。具体的にはどのような形で国外退去させられるのか、食料の徴収はどのように行われるのか。人間の奴隷は…」


 ルークの言葉をさえぎるように、使者が高笑いを放った。


「そんな詳細はどうでもいいだろう。お前たちはただ命乞いのちごいをして、我々の指示に従えばいいんだ!」


 彼はさらに近づき、挑発するように言葉を吐いた。


「お前の親も、そこの女の親も、同じように無様ぶざまに殺された。お前も同じ運命をたどりたいのか?」


 部屋の中で緊張が一気に高まり、弟たちがルークの背後で怒りに震えるのがわかった。リサもその言葉に反応しかけたが、再びルークが冷静に制止した。


「降伏をこばむなら、どうなるか分かっているな?」


 ザリムは不敵ふてきな笑みを浮かべている。彼の後ろに控えるゴブリン兵たちも、下卑た笑い声を上げていたが、その実力が知れているルークにとっては、彼らは脅威きょういとは思えなかった。


 周りのゴブリン兵たちのステータスは瞬時に目に映った。「E」や「F」ばかりの低い数値。彼らの実力は知れている。


 だが、ここで怒りに任せて動けば、相手の思う壺だ。ルークは冷静に自分たちの立場を見極めなければならなかった。敵は確かに人数では勝っているが、戦術・戦略によっては、戦力的にはこちらがおとるとは限らない。だからこそ、慎重に次の一手を選ぶ必要がある。


「わかった。だが、まだ我々も答えを出すには時間が必要だ。」


 ルークは冷静さを保ちながら、ザリムに目を向けた。


「返答するのは2週間待って欲しい。それまでには決断する。」


 ザリムは鼻で笑い、冷たく言い放った。


「ふん、まあいい。だが時間はあまりない。早く決めるんだな…命が惜しいならな。」


 そう言い残し、ザリムはゴブリン兵たちを連れて部屋を後にした。扉が閉まる音が響き、静寂せいじゃくが戻ったが、緊張は消えない。ルークたちは今、重大な決断を迫られていた。

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