01-06 王国騎士クロムウェル隊

 アキトは今の状況を呑み込めないでいた。転生したと思ったら殺されかけ、助かったかかと思えば天井の崩落と同時に元凶である魔王が目の前に現れたのだ。


(僕は、どうすれば……)


 真上に落ちてきた血まみれの人物を助けてあげたいが、アキトは硬直して動くことができない。シンと魔王ガリウスは一触即発の緊張感から睨み合ったままだったが、壁だった場所から突如として扉が開いたことで事態が進展する。


「我々は近衛騎士団のクロムウェル隊だ。生存者の救助に来た!」


 壁だった場所から開かれた扉から、6人の武装した人たちが現れる。彼らは見た目も装備もバラバラだったが、全員が緑色の花をモチーフにした紋章が描かれたマントを付けていた。それはアルヴヘイム王国の紋章であり、彼らが王国軍の所属であることを示していた。


「王国軍か、助かる」

「他に生存者は?」

「城は完全に占拠されている。おそらく上はもう……」


 白い羽が生え鎧と兜で重武装した女騎士に、シンはアルヴリア城の状況を伝える。目の前には魔王本人と、騒ぎを聞きつけて集まって来た敵の一団がいる。天井の穴からは褐色の男が部下を従えているのが見えることから、彼が言いよどんだ言葉を察する。


「生存者を回収して撤退する! マルームは怪我人の治療、残りは私と共に奴らを抑える!」


 彼女の指揮を合図に両軍が動き出し、戦闘が始まる。マルームと呼ばれた女騎士が持ってきた担架を広げると、シンは少しずつシールドを解除して天井から落ちて来た怪我人をゆっくりと降す。


「尖った耳……エルフ?」

「そうだけど、珍しいかしら」


 こちらに来たマルームの尖った耳を見て、アキトは思わず声が漏れる。彼女の翠色の眼が一瞬だけ点になるが、長い金髪のサイドテールをかきあげて怪我人に視線を戻す。


「アキト、支えてやれ」

「あ、はい」


 シンの言葉でアキトも状況を思い出して気を取り直す。仰向けに倒れていた人の上半身を支え、マルームが下半身を支えて担架に寝かせようとする。


「ソ、ソフィア様……」

「この王女様は……いないと思ったら、直接魔王に殴り込みをかけてたのか」


 そして降ろされた人物の顔を見たマルームとシンが、驚きの声を上げる。2人の反応によって、アキトは天井から落ちて来たのが王女だったという事実を知る。だが今の彼女を王女というには、あまりにも目を背けたくなるような状態だった。


(この人もエルフ。この人が王女様……だけど、この状態で生きているのか?)


 ソフィア王女の背中からは、血を滴らせながら何本もの管が垂れているのが見える。そして正面を見ると鎧が砕けており、その下の腹部は陥没して真っ赤に染まっていた。


「俺は加勢に入る。アキトは治療の手伝いを頼む」

「は、はい」

「助かるわ」


 戦闘の方はクロムウェル隊の騎士たちがなんとか抑えているが、数の不利から徐々に押されている。このままでは脱出もままならないので、シンは先ほどの白翼の女騎士の元へ加勢に向かう。


「君、回復魔法は使える?」

「使えません」

「なら、そのまま上半身を支えてちょうだい」


 アキトは恐怖を抑えて指示に従い、マルームは悲痛な顔持ちでソフィア王女の鎧を脱がす。下に着ていた服は当然血で真っ赤に染まっていたが、かすかに胸が動いており呼吸が確認できる。


(良かった、生きている。でも……)


 生きていたことに胸をなでおろすアキトをよそに、マルームは短剣を取り出して衣服を次々と切り裂いていく。下着も切って胸部を露にすると、上半身に腹部以外の出血箇所があるか確認する。


(うぅ、なんて酷い)


 出血の具合からある程度は覚悟していたが、ソフィア王女の状態はアキトの想像をはるかに超えていた。腹部の貫通だけでも酷い怪我なのに、手足にいたってはかろうじて繋がっているだけの血の塊と化していた。


「こんなの、見てられないですよ」

「そうよね……無理に手伝わなくても大丈夫だから」


 その悲惨な姿に目を伏せて塞ぎ込みたくなるアキトだったが、マルームの言葉には首を横に振る。後ろから聞こえてくる戦闘の音が怖くて、何かしていないと正気を保てそうになかったからだ。


「腹部は背中まで貫通、内臓は潰れているけど背骨と脊髄は無事。手足には大きな噛み傷、太い牙が何本も貫通したわね。筋肉、骨、血管が破裂、粉砕している。おそらく神経も……」

「どうするんですか?」

「お腹の治療は私がするから、そのままゆっくり担架に寝かせて。そしたら君は手足の止血をお願い」


 鞄から取り出した包帯とガーゼを受け取ると、出血部分にガーゼ当てながら包帯を巻いて圧迫する。アキトは骨が砕けて柔らかくなった手足に触れた不快感に耐えつつ、四肢を止血していく。その間にマルームは、貫通した腹部に両手をかざして回復魔法をかける。


「お願いソフィア様……死なないで」




……




…………




 応急処置のさなか、魔王軍との戦闘が続く。白翼の女騎士と刀を持った騎士が、もう1人の騎士と共に3人がかりで魔王ガリウスと戦っている。


「見えない攻撃か……厄介だね」

(見えない? 背中から生えている竜の首のことじゃないのか?)


 アキトには魔王ガリウスの背中から生えている青色に淡く光る竜の首が視えている。それらが伸び縮みしながら縦横無尽に動くことで騎士たちを攻撃していることも……


「アレは僕が引き付ける。その間に2人は本体を」


 刀を持った騎士は大きく深呼吸をして集中すると、気配を読みながら透明化した竜の首を次々と切り払っていく。彼が魔王ガリウスの注意を引き付けている隙に、白翼の女騎士ともう1人の騎士が連携して攻撃をしかける。


「す、凄い……」


 その攻防に見入ってしまうアキトだったが、竜の首の1本が騎士たちに向けられていないことに気付く。それは離れた場所で魔王軍と戦っているシンを狙っていた。


「シンさん! 左から来ます!」

「!?」


 アキトの声を聴いたシンは反射的に飛び退き、魔力の塊をその方向へとばら撒く。するとその塊が浮遊機雷となり、竜の首が接触したところから連鎖的に雷撃が発生して爆発する。


「アキト、攻撃が見えるのか? なら、次はどこだ?」

「次ですか? 次は――」


 シンに促されてアキトが魔王ガリウスの方を見た時、首を掴まれた騎士が地面から持ち上げられていた。鎧を着込んだ騎士を軽々と片手で持ち上げ、他の騎士の妨害を受ける前に自らの拳を撃ち込む。


「そんな……こんなことが」


 その瞬間、あまりの光景に一同は背筋が凍る。ただの魔力を込めただけの右ストレート……たったそれだけなのに、魔法で作られたシールドと金属製の鎧が貫かれ、騎士の胸には風穴が開いていた。


(この人も、きっとさっきみたいに……)

「さて、これで邪魔者は減ったな」

「……マルームさん」


 アキトは目の前で死にかけているソフィア王女も、同じような攻撃を受けたのではないかと直感する。そして血に染まった右腕を掲げながらこちらを向く魔王ガリウスと目が合ってしまい、震える声で思わずマルームを呼ぶ。


「エスカ!?」


 気付けば2人の前に白翼の女騎士が魔王から庇うように割り込んできた。エスカと呼ばれた彼女は振り向くことなくマルームに話しかける。


「マルーム、ソフィア様は?」

「とりあえず止血だけ。担架で運ぶには問題ないわ」

「よし、総員撤退だ!」


 応急処置が済んでいるのなら、一刻も早くこの場を離れたほうがいい。マルームの報告を聞いてエスカは撤退を宣言する。


「行かせると思っているのか」


 魔王ガリウスは全身から青色に光る粒子が溢れ出すと、右腕に集中させていく。その禍々しいオーラに怯むことなく、エスカは盾とランスを構える。全身から黄色に光る粒子が溢れ出し、ランスを軸としていくつかの光の輪が形成される。


(これが、魔法……)


 目の前の光景に釘付けになりながら、アキトはこの世界の魔法という存在を認識する。シンが張ったシールドも、マルームがしていた手当も、魔王ガリウスが竜の首を透明化させていたのも、全てが魔法であると……。


「――――!!」


 そしてついに、力を溜めていた両者がぶつかる。強大な衝撃波と閃光が発生したかと思うと、一瞬にして地面が割れ、打ち捨てられた死体が四散して部屋の壁にぶつかる。


「ガリウス様!」

「問題ない。奴らを逃がすな」


 決着は一瞬だった。衝撃でお互いにノックバックしたが、魔王ガリウスには傷ひとつついていない。それでも大技を放った反動か、部下に指示を出すだけで動こうとはしない。


「ハァハァ……急げ、今のうちに脱出だ!」


 対するエスカの方は盾が破れており、亀裂の入った左腕の籠手ごと脱ぎ捨てる。彼女は呼吸を整えながら、この機を逃すまいと撤退を急がせる。


「さあ、アキト君も早く」

「はい」


 マルームに促され、アキトは彼女たちがやってきた扉をくぐり階段を下りていく。追手を振り払いながらエスカも最後に続き、大怪我をしたソフィア王女を連れてアルヴリア城を脱出する。

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