01-04 エルフの王女と再臨の魔王

「そんな、これは一体……」


 アルヴリア城に到着したソフィア王女が謁見の間に踏み込む。そこは既に血の海となっており、魔王軍の者と思われる死体と王国軍の騎士たちの死体が乱雑に散らばっていた。

 そして、その中にはソフィア王女の両親でもある国王と王妃の姿もあった。


「お父様、お母様……それに、おばあ様まで」

「おやおや、わざわざ魔王様の前まで来てくださるとは思いませんでしたよ」


 そして玉座には全身血まみれの祖母が座らされており、その前には2人の男が立っていた。1人は褐色の肌にエキゾチックな様相をした男で、もう1人は異様な雰囲気を纏った筋肉質の大男だった。


「貴様、魔人になって心まで堕ちたか!」

「さすがエルフの王女様だ。いい眼をしている」


 エルフは大気中の魔力を見ることができる眼【精霊の眼】を持っている。それゆえにソフィア王女は魔王と呼ばれた男が纏う禍々しい魔力から、彼が魔力によって変質した人間【魔人】であると断定する。


「その禍々しい魂、今すぐにでも葬り去らなければ……」


 この凶行を引き起こした魔人に対して、ソフィア王女は怒りをあらわにする。暴風を魔法によって作りし、徐々に収束させることで弾丸を形成する。近づくだけでも吹き飛ばされる暴風の弾丸【エアロブラスト】は、周囲の空気を巻き込んで肥大化しながら2人に向けて放たれる。


「ニーベル、手を出すなよ」

「やれやれ……ガリウス様もお好きなことで」


 魔王ガリウスはニーベルを下がらせると、自身の拳に魔力を込める。エアロブラストの中心にある暴風の弾丸を見極めると、踏み込みと同時に殴りつけて四散させる。


「この程度で、我を倒せるとは思ってはおるまいな?」


 残った周囲の風圧が彼を襲うが、魔王ガリウスに反動を負った形跡はない。そして、暴風がやみ視界を遮る物が無くなった先に見たのは、ソフィア王女が今まさにレイピアを振り抜こうとする瞬間だった。


(いかに魔人といえど、首を落としてしまえば)


 エアロブラストの風圧に紛れて側面に接近したソフィア王女は、魔王ガリウスの首を捉えて魔法で風を纏わせたレイピアを振り抜く。その狙いは正確で、首を飛ばすには十分な威力があった。


「そんな……」


 しかし風の刃は魔王ガリウスの首に傷1つつける事すらできず、この場に来るまでに酷使したせいか逆に刀身の方が折れてしまう。その状況にソフィア王女が狼狽してしまった瞬間、突如として見えない何かが襲いかかる。


「透明の竜!?」


 魔王ガリウスの背中から不可視の竜の首が4つ、伸びるようにしてソフィア王女に襲いかかる。精霊の眼で正体を捉えた時には既に遅く、四肢に噛みつかれて空中に捕らわれてしまう。


「まったく、お転婆な王女様だ」

「ぐうっ……なぜ、こんなことを」


 食い込んだ竜の牙が筋肉に突き刺さり、血管や神経を食い破ろうとする。ソフィア王女は魔法によって筋肉を硬化させることで、骨まで砕かれないように必死に抵抗する。彼女は痛みに屈することなく、魔王ガリウスにアルヴヘイム王国を襲撃の意図を問う。


「最初にも言っただろう。我々は人間に囚われたこの世界を解放するために立ち上がった者だと。そのためには50年前に先代魔王を殺し、今の時代を築いた英雄は消さねばならない!」

「それでおばあ様を」


 魔王ガリウスは自身の目的を力強くソフィア王女に説く。目の前で殺された彼女の祖母こそ、彼の言う50年前に戦争を終わらせた英雄の1人であった。


「そうだ。国王も我々に協力していれば死なずに済んだものを」

「残りの英雄の居場所について、知っていることを話してもらいましょうか」


 拘束されたソフィア王女の元に、今まで傍観していたニーベルが近づく。彼らは復讐のために所在不明の英雄の居場所を彼女に問いかける。


「知っていたとして、教えるはずが――」

「ふむ、どうやら私たち以上の情報は知らないようですね」

「な、読心魔法!?」


 ソフィア王女は精霊の眼で魔力の流れを感知したものの、拘束された状態で抵抗魔法【精神障壁】が弱まったところをニーベルの魔法で思考を読まれてしまう。


「では次の質問です。50年前、先代の魔王ギルガノスの妻であった女性を知っていますか?」

(まずい、思考を読まれる。精神障壁を……)

「うぐっ」


 ソフィア王女は読心魔法に対抗しようとするが、魔王ガリウスが四肢の拘束を強めることで集中力をかき乱される。ようやく精神障壁を再発動させたときには、既にニーベルが思考を読み終わった後だった。


「外れですね。ソフィア王女にも喋っていないようです」

「彼女の情報も欲しかったが、仕方ない。虚無の魔導士に期待するか」

(おばあ様は最期まで屈しなかった)


 ソフィア王女は2人の隙間から、玉座に座らされている祖母の亡骸を見る。その姿は全身を引き裂かれて血まみれだったが、拷問にも読心魔法にも耐えて情報を渡さなかったことを意味する。


「さて、ソフィア・L・アルヴヘイムよ。我の妃になって、まずはこの国から変えていこうとは思わないか?」


 服従か死か……魔王ガリウスは四肢を噛む力を強めながら、ソフィア王女に選択を強いる。彼から溢れ出る魔力がだんだんと増していき、その言葉が事実上の強制であることを示している。


「ならばわたくしは……死をもって国民に意志を示しましょう」

「いい覚悟だ」


 ソフィア王女は確固たる意志をもって服従することを拒絶する。ガリウスは彼女の覚悟に感心しつつも、捕らえている竜の首に魔力を送る。増大された力は彼女の抵抗を上回り、竜の牙が四肢に食い込んでいく。


「アガッ――」


 肉が破れる不快な音が耳に入ると同時に、骨が砕ける音が体内に響き渡る。砕けた骨が神経に接触し、そのまま筋肉によって押し潰されていく。破裂した血管から鮮血が噴き出し、気を失うことすら許されない激痛が全身を駆け巡る。


「アアァァ――ッ!」


 潰れた手足が燃えているかのように熱を帯び、割れるような痛みが脳に突き刺さる。目を開いているのに何も見えず、痛み以外の感覚が消えていく。


「ァァ……ァァ……」


 竜の首に吐き捨てられたソフィア王女が床に投げ出される。地面に落ちた衝撃すら感じ取れないほどの激痛から逃れようと反射的にのたうち回ろうとするが、四肢は血の海を作りながらわずかにうごめくだけだった。


「ヒュー、ヒュー」


 噛み砕かれた四肢は骨と筋肉が混ざり合った血の塊と化しているが、辛うじて体とは繋がっている。ソフィア王女は荒い呼吸を浅く繰り返しながら、感覚を遮断する魔法【ペインブロック】を使用することでなんとか意識を保つ。


(まだ生きている……早く、ここから逃げないと)


 感覚を遮断したおかげで、多少呼吸と思考が楽になる。体は動かせなくても魔法は使える。魔王ガリウスが見下すように近づいてくる中、ソフィア王女は床の内部に魔力を浸透させていく。


「もう一度聞く、我の妃になる気はないか?」


 激痛の残滓で喋ることができないソフィア王女は、かすれた視界で魔王ガリウスを睨み返す。そして周囲の床を杭状に変形させることで、串刺しにしようとする。だが剣で斬りつけた時と同様に、その攻撃が彼の体に刺さることはなかった。


「残念だ」

(あと少し、もう少しで……)


 変わらぬ答えに落胆した魔王ガリウスは、右腕に膨大な魔力を集中させる。ソフィア王女はシールドを展開しつつ、気付かれないように床の内部から亀裂を入れていく。


「死体は有効活用してやる。安心して我が拳をその身で受けるがいい!」

「――――ッ!!」


 ソフィア王女が床を破壊できたのは、魔王ガリウスが拳を振り下ろすのと同時だった。足場を失った2人が地下へと落ちてゆく。そして気力だけで持たせていた彼女の意識もまた、闇の中へと沈んでいった。

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