00-09 越境の追跡者

 アキトたちと別れて森の外を目指していると、シーリスが周囲の物音から誰かが並走してきていることに気付く。


「皆、気を付けて。誰か追ってくる」

「シーリス、仕掛けてくるぞ」


 エーデルクラウトの警告を聞き、シーリスは放たれた魔力弾をジャマダハルで切り払う。姿を現した追跡者は真っ黒のマントで全身を包んでおり、さらにフードと仮面を被って顔を完全に隠している。


(冒険者に紛れる気もない格好……私たちを見逃す気はさらさら無いでしょうね)

「あのキマイラを操ってるんでしょ。一体何の目的でこんな事を?」

「……」


 武器を構えて警戒するシーリスの問いを無視し、追跡者はその腕に雷を纏わせる。そしてカナたちの方に向けて腕を伸ばすと、纏った雷を一気に放出する。


「まずい!? 皆伏せて!」


 発動の直前に動きを察知したシーリスが、声を上げてカナたちの盾になるように割り込む。追跡者の腕から放たれた雷撃は、一直線に進みながら徐々に収束していく。


「きゃああ――ッ!」

「う、うわああ――ッ!」


 雷撃は一点に集中して直撃し、展開された青色のシールドを砕く。吹き飛ばされるシールドの破片を目にしたカナとユースケの悲鳴が、閃光と共に響き渡る雷鳴にかき消されていく。


(多重シールドで防いだか)


 防御姿勢を取るシーリスの前に、ヒビの入った赤色のシールドが展開されている。威力に自信があるのか、雷撃魔法【リニアライトニング】を防いだことに追跡者は感心する。


「ありがとう。助かったわ」

「お安い御用だ」


 前面に青色のシールドを展開したエーデルクラウトにシーリスはお礼を告げる。だが、シールドを2枚展開してようやく防げる魔法は脅威であり、そう何度も防げるものではない。


「皆は先に行って。追ってきたのはこいつ1人、私がどうにかする」

「待って! それだとシーリスが!」


 シーリスは追跡者の足止めを買ってでると、リニアライトニングが撃てない距離まで接近する。先ほどの雷撃魔法が目に焼き付いて離れないカナが、泣きそうになりながら彼女を引き留めようとする。


「でも、早く街に戻ってキマイラのことを伝えないと……」

「お嬢様、ユースケ殿の言う通りです。我々がいても、シーリス殿の邪魔になるだけです」

「……分かりました」


 ユースケとケビンに説得され、カナは後ろ髪を引かれながらもその場を離れる。彼女たちを逃すまいと、追跡者は自身の手から赤い色をした魔法の鎖【チェーンバインド】を放つ。


「逃げたか……だが、貴女を始末すればどうとでもなる」


シーリスが左手のジャマダハルを差し出して身代わりにしたことで、カナたちは無事にこの場から逃れる。彼女は巻き付かれた鎖を思いっきり引っ張ることで引き寄せようとするが、追跡者もチェーンバインドに電撃を流して応戦する。


「くっ、この程度で」


 シーリスは拘束されたジャマダハルを咄嗟に手放すと、距離を詰めて接近する。それに反応して追跡者は魔力で形成したワイヤーを張り巡らせるが、アイスブレスを吐いて即座に破壊していく。


「大人しくしていてください」


 追撃者は4体の分身を出現させると、包囲するように散会する。四方から放たれるチェーンバインドを、シーリスは下半身の部分獣化で回避する。


(やっぱり探知が効かない……本体はどこ?)


 魔力を飛ばしてその反射を感知することで周囲を把握する魔法【探知魔法】が無力化され、数で圧倒されているシーリスに分身の1体がリニアライトニングを放つ。回避自体は問題なくできたが、追跡者はそれを見越して回避先にチェーンバインドを放つ。


「幻影!? それじゃあ、本物は」


 しかしそれは実体のない幻影であり、シーリスはただ虚空に向かってシールドを突き出す形になってしまった。その隙をついて2体の分身が魔力で形成した短剣を構えて挟み撃ちを仕掛ける。


(武器は実体……でも、これは!?)


 シーリスは身体を反らすことで間一髪回避するが、分身の短剣によって胸当てに傷をつけられる。武器は実体でも分身は幻影なのか、互いに交差した瞬間に姿が消えていく。

 そして分身が離れた場所に姿を現すが、その瞬間にシーリスはあることに気付く。


「そこっ!」


 シーリスが何もないところに向かって魔法で真空波を放つ。誰もいないはずの空間が歪み、一瞬だけシールドを展開した追跡者の姿が見える。


(やっぱり、幻影は見た目だけ。臭いは誤魔化せない)


 狼の嗅覚は人間よりもはるかに優れている。挟み撃ちに本体が紛れていたことで、幻影で臭いを消していないことに気付くことができた。

 シーリスは嗅覚に意識を集中させ、幻影の中から探知の効かない本体を探し出す。


「……見つけた」


 臭いを追うことで位置を掴んだシーリスは、分身の1体へ向かって一直線に走り出す。右手のジャマダハルに真空の膜を纏わせ、別の分身が放つ攻撃をかわして懐に飛び込む。


(まずい、早く防御を)


 追跡者はシールドを展開してシーリスの攻撃を受け止めようとするが、纏った真空が空気を押しのけることで発生した衝撃波【ソニックブーム】によって粉砕される。


「よくも、やってくれましたね」


 ソニックブームの衝撃で追跡者が付けていた仮面が外れ、細い眼をした青年男性の素顔があらわになる。正体を暴かれた追跡者はその苛立ちをぶつけるかのように、両眼を見開いてシーリスを睨み付ける。


(魔力が目に、これは――)

「ウグッ……魔眼!?」


 魔力で赤くなった眼にシーリスは反射的に目を閉じるが、異変を感じて追撃するはずだった左手で自身の顔を抑える。


(臭いが消えた、それに視界が霞む)

「嗅覚を潰しました。本当は視覚も潰したかったのですが……まあ、いいでしょう。これでもう邪魔はできませんね」


 シーリスは魔眼を見てしまったことで、嗅覚と左目の視覚を喪失する。戸惑いと不快感に襲われながらも姿勢を保ち、残った右目で落ちた仮面を被り直す追跡者を警戒する。


「ガアア――ッ!」


 その時、遠くから獣の叫び声と同時に、何かが墜落したような大きな音が聞こえて来る。2人が音のした方向に目を向けると、そのタイミングで信号弾が空中に放たれた。


(キマイラヴィントが落ちた……これでは作戦が実行できない)

「!? 待ちなさい!」

「しつこい人だ……次に会ったときに殺してあげますから、そうならないように身の振り方を考えておくことですね」


 信号弾を見た追跡者は魔力で形成したワイヤーを張り巡らせる。追いかけようとするシーリスに対して仮面を少し外して魔眼を使う素振りを見せて牽制すると、彼は幻影で姿を消して立ち去っていった。






――――――――――






 キマイラを討伐し、敵を退けたアキトたちは全員と合流した。馬車に荷物を急いで載せ、この事態を一刻も早く報告するために領都バーストンを目指して出発する。


「シーリス、大丈夫?」

「ありがとう。少し休めば大丈夫だよ」

「魔眼の効果は解除してある。心配はいらない」


 シーリスはアキトから受け取った濡れたタオルで両目をおおうと、壁にもたれるようにして力なく座り込む。エーデルクラウトの治療により、一先ずは安静にして回復するのを待つ。


「それにしても、あの仮面の人は何だったんでしょう?」

「魔王軍の特殊部隊……キマイラも彼らの戦力です」


 アキトは仮面の人物たちとキマイラが、隣国を襲った魔王の軍勢【魔王軍】の特殊部隊であることをカナに告げる。理由は分からないが、彼らが国境を越えてきたことに戸惑いが隠せなかった。


「アキト君は、彼らを知ってるの?」

「はい。僕らはアルヴヘイム王国で彼らに追われていましたから」

「アキトさん……」


 この世界に来たばかりのユースケには、アキトの言う状況をあまり理解できなかった。だが食事会で話を聞いていたカナは、彼が体験したであろう光景を想像して言葉を詰まらせる。


「連邦に来れば、もう大丈夫だと思ったのに……」

「わざわざ俺たちを追ってきたとは考えずらい。恐らく別の目的があるはずだ」


 アキトとシンは、アルヴヘイム国王からセレスフィルド連邦にやって来た。それは魔王軍から逃れるためであり、2人にとっては忘れられない記憶だった。

 すでに日は沈み、アキトたちが乗った馬車の駆ける音のみが静寂の中に響いていた。まるで落ち着いた心をかき乱すかのように……。






――神暦9102年3月9日

 セレスフィルド連邦バーストン領の領都バーストン近郊に魔王軍の工作員が潜入。キマイラを使用した破壊活動を試みるが、現地に居合わせた冒険者が応戦したことで未遂に終わる。

 領主のバーストン公爵はアルヴヘイム国王からの難民に紛れて潜入した可能性があるとして、国境封鎖による厳戒態勢を敷くよう連邦政府に打診した。

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