00-08 キマイラ遭遇戦

 転生者とであるユースケを保護してから3日が経過した。この世界で生きていくために、彼は冒険者になり戦闘の必要がない薬草摘みなどの依頼をこなして日銭を稼いでいる。


「結局、行方不明者は見つかりませんでしたね」


 アキトたちはストライクボアの被害にあった行方不明者を探していたが、あの上着以外の成果はなかった。冒険者カードを照合したところ被害者のものと判明したため、今日を最後に捜索が終了する。


「ユースケの依頼も終わった。今日はもう終わりにして、明日は休んだほうがいいだろう」


 日が暮れるまでもう少し時間はあるが、ストライクボアの討伐から連日この森に来ている。そのため、この機会に休みを取るべきだとエーデルクラウトが提案する。


「そうだな。それが――」

「グオオ――ッ!」


 シンの声を遮るように獣の咆哮が響き渡り、周囲の木々が大きく揺れる音が聞こえてくる。全員が気になって音のした方向に目を向けると、そこから何かが飛び上がっていったのを目撃する。


「うわああ――ッ! ば、化け物!?」

「あ、ああ……」


 獅子の肉体にワイバーンの上半身と蛇を尾に持つ合成獣【キマイラ】が、森の外へと向かって飛んでいくのが見える。遠目でも分かるストライクボアを上回る巨体が空を飛ぶ姿に、ユースケとカナは恐怖心を抱いて怯えてしまう。


「この森に野生のキマイラがいるなんて、聞いたことが無い……まさか、異界から来た原種!?」

「違う、そんなはずは……だって、あのキマイラは……」


 シーリスの驚きが聞こえないほど、アキトはそのキマイラがここにいることが信じられなかった。なぜなら、視界に映るキマイラは野生動物などではないことを知っているから。


「あのキマイラ、もしかして街に向かって飛んでない!?」

「だとしたらまずい。ここは俺が食い止める。お前たちは街に戻ってこの事態を知らせろ」


 シーリスがキマイラの進行方向に気付くと、シンは空中に形成した足場を蹴りながら駆け上がっていく。その行動を皮切りにカナたちも街に戻るために走り出すが、アキトは追従しなかった。


「アキト君、君も早く!」

「僕も残ります。皆さんは先に戻って下さい」


 アキトはユースケに残ることを告げると、自身にグラビティを発動する。今までのように自然の重力と同じ下向きの方向ではなく、それを打ち消すような上向きの重力を発生させる。


「アキト君が、浮いてる……」

「ユースケ、呆けている暇はない。今は一刻も早く街へ戻るべきだ」

「は、はい」


 ユースケは重力に逆らって宙に浮き始めたアキトに驚きながらも、エーデルクラウトに声をかけられたことで再び森の外に向けて走り出す。


(重力魔法による飛行はできる。あとは実戦でどこまで通用するか……)


 シンは魔力で形成した板に反発の魔法を込めた使い捨ての足場【バウンドブロック】を断続的に蹴ることで空中機動している。そこに重力の操作により飛行するアキトが追いつき、並走してキマイラへと接近していく。


「アキト、お前は正面を抑えろ。俺は上から叩く」

「分かりました」


 アキトは初の空中戦に少し緊張しながらも、シンに言われた通りにキマイラの正面に回り込む。シュヴァルツシルトを展開し、グラビティを込めたアステロイドを斉射する。


「街には向かわせない」


 アキトの攻撃を感知したキマイラは急上昇して回避するが、そこにすかさずシンが槍を構えて急降下攻撃を仕掛ける。


「白い魔力……やはりこいつは」


 キマイラの尻尾の蛇が第2の脳の役割を果たし、シンの奇襲に対して白色に発光するシールドを張って防ぐ。ワイバーンの頭はアキトを敵と定め、息を大きく吸い込んで炎のブレスを吐き出す。


「グオオ――ッ!」


 さらにキマイラはその鋭い爪で追撃を仕掛けるが、アキトはシュヴァルツシルトを構えて全ての攻撃を受け止める。反動で後退しつつアステロイドによる反撃を行うが、ワイバーンの鱗に弾かれてしまう。


「くっ、鬱陶しい」


 上空から隙を狙うシンは、キマイラの猛攻に攻め切れないでいた。岩石を生み出して弾丸として発射する魔法【ロックバレット】を連射するだけでなく、合間を縫って蛇の口から毒液が放たれる。


「アキト、悪いがそのまま頭を引き付けてくれ」

「あまり長くは持ちませんよ!」

「十分だ」


 シンは槍を横にして正面に構えると、それを覆うようにバウンドブロックをシールドのように展開する。キマイラから放たれたロックバレットを全弾受け止めると、着弾の衝撃で一瞬だけ身体の落下が止まる。


「お返しだ」


 受け止めたロックバレットがバウンドブロックの反発により、キマイラへと反射される。シンは防御態勢を解除すると、反動を利用して上空に用意したバウンドブロックを蹴って急降下する。


「落ちろ!」


 反射されたロックバレットがキマイラの背部に降り注ぎ、体勢が崩れる。その一瞬、シンは魔力を推力にする魔法【ブースター】を使用して加速し、第2の脳をつかさどる尻尾の蛇を槍で貫く。


「ガアア――ッ!」


 キマイラが痛みで叫び声をあげる。シンは落下したまま体を反転させ、真下から魔力を纏った槍を突き上げる。刀身から放たれる魔力の閃光【スティングレイ】がキマイラの脇腹を貫き、形勢が逆転する。


「上を取った。これで――」


 上半身からの注意がそれたため、アキトはキマイラの背部へと回り込む。トドメを刺すべくアステロイドを展開しようとしたその時、ラプラスの魔眼がこちらを狙う魔法の兆候を捉える。


「スナイパー!? だとしたらやっぱり!」


 視界の先にある高台から、こちらに向かってライフル銃を構える仮面の人物の存在に気付く。アキトがラプラスの魔眼で視たのは、その銃身の先に3枚の魔法陣が展開される瞬間だった。


(展開前に気付かれた? 強化探知じゃない、アイツの眼か)


 先に気付いたアキトは攻撃を中断し、身をよじってシュヴァルツシルトを射線に割り込ませる。仮面のスナイパーは気付かれたことに動揺することなく、引き金を引いて狙撃を敢行する。


(だが、所詮は素人……ブラストバレルで貫ける)


 放たれた銃弾は魔法陣【ブラストバレル】を通過するたびにその魔力を纏い、速度を落とすことなく正確にアキトを狙う。銃声と共に緑色の残光が一筋の軌跡を描き、シュヴァルツシルトに吸い込まれる。


「アイツ、固くなりやがって」

(間違いない、あの時の……だとしたら仲間がいるはず。このままだとシーリスたちが危ない)


 強化した銃弾による狙撃が防がれたことに驚きつつも、仮面のスナイパーはボルトアクションを行って次弾を装填する。アキトは衝撃で崩れた体勢を立て直しながら、シーリスたちの方へ他の敵が向かっていないか心配する。


(小賢しい真似を……)


 2発目を撃たれるより先にアキトは大きく距離を取り、キマイラの陰に隠れるようにして射線を塞ぐ。仮面のスナイパーは跳び上がってくるシンの方へ照準を変え、跳躍が頂点に達した瞬間に狙いを定める。


「シンさん、高台にスナイパーがいます!」

「同時に相手をする暇はない。先にキマイラを倒す」


 シンはキマイラの攻撃を避けつつ空へと跳ぶと、左手に構えたクロスボウを放つ。放たれた魔力の矢は仮面のスナイパーに届くより前に自壊し、空中に闇の瘴気が散布させる。


(こっちもか、やってくれる)


 瘴気で視界が遮られたことで銃弾はシンの脇をすり抜けていき、キマイラは残ったワイバーンの頭でさらに上空へ駆けあがる彼を追いかける。

それにより入れ替わるように下降していたアキトの前に、キマイラの胸部がさらけ出される形になった。


「今だ、アキト!」

「はい!」


 無防備になったキマイラの胸部に、アキトはアステロイドを斉射する。獅子の身体に着弾した弾が次々と体内に埋没していき、さらにグラビティが発動したことでキマイラは空中で態勢を維持できなくなった。


「ガアア――ッ!」


 炎のブレスはあらぬ方向へと飛んでいき、その横からシンが闇の瘴気を纏わせた槍の一撃【闇夜一閃】を口の中へ叩き込む。キマイラは頭部に開いた大きな風穴から血を撒き散らしながら、森の中へと墜落していった。


(狭霧アキト……厄介なヤツだな)


 キマイラが撃墜されたことで作戦は失敗し、仮面のスナイパーはすぐさま撤退する。闇の瘴気が晴れた空には信号弾の光のみが残されていた。

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