#50 新たな力 (2/5)

 暫く歩いてきたイナホ達。元は土産物屋だと思われる一軒の廃屋の前で、その中に見える木彫りの置物を指差すイナホは、

 「ねえ、ツグミちゃん。日本に来てから気になってたんだけど、たまに見るあのお爺ちゃん達の置物はなに?」

 「あれは、六福神です。福を招くとされる神様たちで、大黒天、毘沙門天、福禄寿、寿老人、布袋尊、そして紅一点の弁財天から構成されます」

 「へぇ、じゃあもしかしたら会えるかな」

 「異国の神たちが姿を変えて日本に伝わったものなので、ここ日本で出会うのは難しいかと思われますよ。いつか他の国も旅して、会いに行けたらいいですね」

 「うん、そのためにも日本を救わなきゃね。そしてヒルコも・・・」


 そんな話をしていると、薄明りの中に湯気の上がる一角が目に入った。案内をする少彦名すくなひこなはそれを指差し、

 「あそこじゃ。あれは奇しくも先の戦いの影響で、山が崩れ、湧き出る湯がせき止められ出来た湯舟のようじゃな」

 歓喜する少女たちが、その近くまで来ると、少し緑がかった白濁する湯が、月明かりに照らされキラキラと輝いていた。イナホは湯に手を入れると、

 「わぁー、ちょうどいい温度」

と、それを真似する百花は、

 「おー、ホントだ。ありがとう、神様!おっし、早速入ろう!じゃあ男子は・・・・」

 そう言いかけ振り向くと、香南芽とツグミが既に服を脱ぎかけていた。狼狽える男子達を遮る様、イナホは慌ててツグミの前に駆け込むと、

 「だ、だめだよ!ツグミちゃん!まだ男の子達の前だよっ!」

 「ん?お風呂は服を脱ぐものでは?」

 百花も香南芽の前に立ち、

 「おまっ、乙女の恥じらいはないのかっ!」

 「ええ?一緒に旅する仲じゃんか」

 「いや、香南芽の距離感どーなってんの!?前から少し気になってはいたけど!」

 「いいから早く入ろうよ」

 「だから脱ぐなって!!」

 そこに背を向ける悠の咳払いが聞こえる。

 「俺たちは向こうで見張りをしている・・・!行くぞ、慶介、司」

 その場から離れて行く三人と少彦名。斐瀬里はそれを苦笑いで、

 「あはは・・・、気まずい思いさせちゃったね・・・」

そう彼らを見送ると、物陰を探した。


 入浴の準備を済ませた女性陣は、湯舟の淵で体を洗っていた。その時、イナホは視界の端に、暗闇と混ざる湯気の向こうに動く人型の影を捉えた。

 「え?なにか居ない?人影・・・・?」

 百花は体を隠すようにすると、

 「うそ!?まさか覗き?」

 静まった彼女達の目線が一点に集まると、ツグミがぽつりと呟く。

 「あ、おサル・・・・」

 二匹の猿が何か光を反射するものを持っているのが分かると、イナホは慌てた様子で、

 「ああっ!!私の形見のペンダント!」

 香南芽も慌てた様子で、

 「なにっ!?て、あれは私の神器じゃんか!!」

 猿たちは素早く近くの木を登って行く。イナホは二匹を指し、

 「は、早く追わないと!」

と声を上げるが、その傍らで斐瀬里は、

 「待って!豊受さん!私たち・・・・」

 「裸なんだよ!?」

そう百花が続くが、それを聞かずに既に駆け出していた香南芽。

 「うおぉぉ~!待てー!サルぅ!!」

と叫ぶ健康的な後姿に気付くと、三人は「あ・・・。」と口を開けていた。そこに冷静なツグミの声が、

 「私に任せてください」

 彼女は八咫射弩やたのいどを構えると、猿が伝う直前の木の枝を打ち抜くのだった。猿は折れた木の枝を掴んだまま下に落ちると、それらに驚いて、盗んだものを手放し逃げて行った。


 暫くして、香南芽が盗まれた物を拾って帰って来るのと同時、そこに悠たちの声が・・・・、

 「どうした!!今の銃声は!?」

 男女の視線が交わり、少しの沈黙が生まれる。その最中、少彦名はそそくさと慶介の肩から飛び降りると、

 「じゃあ、わしは先に戻るぞい!」

そう逃げる様に去って行った。その刹那、イナホと百花、そして斐瀬里の悲鳴が上がる。同時にお湯や手桶、その辺の石までもが、男子三人への理不尽な爆撃へと使われた。

 ツグミは湯に漬かりながら黙ってその惨劇を見届ける。そして手元に投げる物が無くなった彼女たちは、湯舟に飛び込む。そこに悠たち三人の姿は既に無く、些かの血痕が残されていたのだった。

 香南芽も笑いながら湯に入ると、

 「あっはは、神器も戦衣いくさごろももなかったら、男子たち死んでたんじゃないの?あんなにムキにならなくても」

 まだ顔の赤いイナホは口を尖らせながら、

 「香南芽ちゃん達はいいよ?自慢できる体だから」

 百花と斐瀬里も、まるで三姉妹のように「そーだ、そーだ。」と嘆いている。香南芽はそんな彼女たちに、

 「分かってないなぁ、世の中ってのは多様な需要と供給で成り立ってるんだぞ?偏りが出たら、困る人は、沢山、おるのです」

 ツグミも三人の方を向くと、

 「その通りです。種の繁殖と生存戦略を考えた場合、多様性は非常に重要です。また、広い尺度で見た場合、身体的特徴などは、些細な誤差に過ぎません」

 百花は悟った様な顔で、

 「急に深い・・・!も、もしや、二人はその美しい体から溢れる自信ではなく、その心の器の広さから、恥じらいをも超えたその先に・・・・!」

 斐瀬里は百花を真顔で見ると、

 「うん、違うよ?」

 「・・・・。でもさ、ツグツグの体って、改めて思うけど、マジで人間だよね。機械の体と知った今でも、まだ信じられないよ」

 百花の方に腕を伸ばすツグミは、

 「感触も人間に近いと思われます。触ってみますか?よろしいですよ」

 「・・・・・・お、スベスベもちもち。これは完全に人間、というか・・・、負けた!」

 「私の体は、微細鱗状セラミック膜をベースに、人工表皮組織細胞を植え付けたものになります」

 そのやり取りを眺めているイナホは、

 「私も初めて一緒にお風呂入った時、驚いたよ」

 香南芽もツグミに身を寄せると、

 「どれどれ~?便乗。お~、付くとこ付いてる肉感に、こだわりを感じる」

 お湯の中で手をしきりに動かしている香南芽に対し、百花が、

 「香南芽・・・、どこ触ってるんだよ」

 「いやぁ、丁度いい機会だと思って、色々確かめたくなるじゃん」

 そんな三人の馴れ合いを、斐瀬里は注意深く観察していた。だらしなく閉じなくなった口からは、小さな吐息が繰り返される。

 その時、ツグミが目を細め「んはっ・・・。」と、艶っぽい声を漏らした。触っていた二人は、少し気まずくなり手を離す。それと同時に斐瀬里は、

 「むほぉわぁ!!」

と、鼻血を出しながら湯舟の中に倒れたのだった。冷静さを取り戻すツグミは、

 「失礼、思わず反射反応が」

 イナホは、

 「そ、そろそろ上がろうか」

と言い皆が立ち上がると、香南芽の足に何かが当たる。彼女が湯舟の底を気にして手で漁ると、

 「ん?あ、水晶の原石!もしかしてこの温泉・・・・、やっぱり!いっぱいある!」

 彼女達は原石と、嬉しそうに伸びている斐瀬里をお湯から引き上げて、身支度を整えるのだった。



 その後、交代して湯舟に漬かっている男子三人。月を見上げながら悠は、

 「まだ痛むな・・・・」

 それに静かに返事をする司。隣で慶介が悠に、

 「僕らの装備って、普通の銃弾くらいなら当たっても大丈夫なんだよね?」

 「そのはずだ」

 司は、

 「女の子たちの力って・・・・」

 その言葉を遮るように悠は、

 「それ以上言うな・・・」

 慶介は煌めく星々を見ながら、

 「未知の力ってあるんだね・・・・」

 若者たちの暫しの休息。二荒の山々の夜は更けていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る