#32 器 (2/5)

 日本への調査任務志願の締め切りである三日後。上級生の中でも中々意見が纏まる班は無く、二年候補生の中でも、全員の同意を得られた班はイナホ達の第三班だけであった。近衛隊と特務隊からは、それなりの人数の志願があり、仮の調査部隊がいくつか組まれた。

 

 翌日、志願者たちは神器との適性を見るため、大社の演習場へと集められた。ツグミを含めた八人一組となったいくつかの班が次々と呼ばれ、三種の神器を身に着けると、御産器老翁むみきおじの指示の元、置かれた標的相手に模擬戦が開始される。愛数宿あすやどりたちはそれを注意深く見守っていた。


 イナホ達が順番を待っていると、特務隊宿舎からやってきたメイアがイナホに声をかける。

 「まさかお前たちが志願するとは。本音を言えば何が起こるか分からない地に、子供達を送り出したくはない。この適性検査を通過してほしくない、というのが正直な親心だ。・・・その様子を見るに皆も、親御さんには猛反対された様だな。本来なら私たちが行くべきだが、こればかりはどうなるか分からないからな。・・・・やはり意志は固いか」

 「うん、母さんや爺ちゃん婆ちゃん、大切なみんなのいるこの秋津国を、今度は私たちが守りたいんだ」

 「ふ、去年のあの時は、私に抱き着いてきて、昔の頃のままの表情してたやつが、成長したもんだよ。なんだ?男でもできたか?」

 「もう!違うし!」

 そんな親子のやり取りの最中、悠がメイアに歩み寄り頭を下げた。

 「あの、あの時はありがとうございました。あなたの言葉がなければ、俺は今、こうして仲間たちとここには居なかったと思います」

 「ほんの数日で、何か少し吹っ切れたという感じだな。良かった、いい仲間を持ったのかもな。まあ、コイツは感情的に突っ走って、色々迷惑かけることもあるかもしれないが、今後も頼むよ」

 すると、膨れているイナホの耳に、自分達の順番を呼ぶ声が聞こえた。メイアはその背中を複雑な思いで見送るのだった。


 イナホ達は早速、御産器老翁に神器一式を身に着けるよう言われた。その最中、巫女たちが新たな模擬戦用の標的を交換しているのが見える。装着をし終えると、御産器老翁による神器についての説明が始まった。

 「ほっほ。ではまずはその刀、秋ノ御太刀あきのみたちについてじゃ。一見、普通の刀じゃが、斬撃や受けを取った際の力を変換し、八咫射弩やたのいどへと転送するぞい。八咫射弩はその力を食らい、弾薬を生成する。つまり、接近戦さえ行えれば、弾の補給が現地で出来てしまう優れものなんじゃ」

 イナホが軽く素振りしながら呟く。

 「へー、神様とツグミちゃんの頭脳が合わさると、やっぱすごい物ができるんだね」

 他の仲間達も刀の感触を確かめる中、説明は続く。

 「それから、その八咫射弩じゃが。使用者の意志で、その形状を変化させ、戦況に合わせた形をとることが出来るぞい。ちーっとばかりコツは要るがの。じゃがその際、生成された弾薬をにえとして使うからの、より強大な武器を呼び出すには、注意が必要じゃぞ。もちろん、そのまま使っても十分に強力な武器じゃがのう」

 慶介は納得した様子で八咫射弩の重さを確かめている。

 「なるほどね。弾はゲームで言う、スキルコストみたいなものだね」

 「ほっほ、そういう捉え方で結構。そして、夢繕勾玉むつくろいのまがたまは不可視の甲冑によりその身を守ってくれるだけではないぞ?秋ノ御太刀と八咫射弩、そして使用者同士を繋ぐ役割も果たしておる。それと、特殊な通信機能が使える他、絆の強さが“しなじー”を生めば、三種の神器の真価が発揮されるじゃろうて」

 香南芽かなめが大隊長の話を思い出し、

 「単純な戦闘能力だけではないって、そういうことか」

 「そうじゃの。絆の力無くしては、ただの便利な武器という程度に過ぎんかもしれんぞ。ともかく、百聞は一見に如かずじゃ。準備はいいか?若い衆。ツグミもまた頼むぞい。ほっほ」


 広い演習場内に設置された様々な素材の標的。それに向かい、一同は刀を抜く。皆、顔を見合わせると一斉に駆け出し、各々が標的に向かい斬りかかった。

 イナホは普段より体が軽いことに気づく。太めの巻き藁を両断していると、隣で百花が驚嘆した声を上げた。

 「え!?うっそ!!このアタシが鋼鉄の柱、斬っちゃった・・・」


 愛数宿の隣でそれを見ていた武御磐分たけみいわけ。彼の眉がピクリと動くと、それを見る目つきが変わった。

 「ふむ・・・!愛数宿様、これは」

 「ええ、もう少し見守るとしましょう」


 百花の隣で、ようやくいつもの調子を取り戻し始めたのか、悠が口を挟む。

 「何かの間違いだろう?それか刀が良いだけだ」

 「違いますー。日ごろの鍛錬の成果ですー」

 その滑らかな切り口を手で撫でた悠は、

 「ほう、しっかり鉄だな・・・・。これが秋津最高の刀か」

 「だからアタシの実力だってぇー!」

 それを見ていた他の面々も、地面に立てられた鋼材に向かい、その切れ味を試し始めた。ツグミも幅二十センチほどの鋼材を両断してみせ、

 「これは・・・、今までにないデータです」と呟いた。

 彼女達の様子を見ていた御産器老翁と愛数宿は密かに驚くのだった。

 「ほっほっほ、これはこれは」

 「やはり、あの子の持っていた不思議なえにしは本物だったようですね」


 続いて一同は八咫射弩を遠くの大きな標的に向かって構える。イナホは色々構えを試しながら、

 「形を変えるって言ってたけど、どうやるんだろ?」

 その疑問にツグミが手本を見せる。彼女が銃を構えると、光を帯び始め、

 「まず形の成り立ち、そして、最終的な形をイメージします。敵の撃破までの意志を乗せると、威力などにも影響が出るようです。システムの設計には携わりましたが、根本は神のなせる業。人知の及ばない力が、まだ秘められているかもしれません」

 変形の完了した八咫射弩。ツグミが握る、秋津国では見慣れない形をしたその銃。それを見て一同は意識を集中するが、八咫射弩は淡く光るものの、なかなか上手くいかない。さらにツグミは、

 「まずはよく知っている、既存のものでイメージするのが良いかもしれません。例えば、学校の訓練でも使った、対人装備の自動小銃などです」


 皆は目を閉じると、それぞれの八咫射弩が光の筋を纏い、その周囲を金属質の粒子が舞い始めた。それらが光の筋に沿って、イメージを具現化していく。

 「で、できた!できたよ。ツグミちゃん!」

 イナホのその手には、形を変えた八咫射弩が握られていた。他の皆も成功する中、司が驚きの声を上げる。

 「慶介君!何その銃!?」

 「ゲームに出てくるやつを思い描いてたら出来たんだ」

 「ええ・・・」

 皆が注目すると、慶介は小型のガトリングガンを両手で握っていたのだった。

 「ちょっと試してみるね」

 彼はそう言うと、標的に向かい引き金を引くが、パラパラと一瞬で射撃が止む。それを見た百花が思わず笑いながら、

 「ちょっと、弾切れ早すぎ」

 冷静な分析をツグミが伝える。

 「形の生成に力を使いすぎたようですね」

 慶介は八咫射弩が元の形に戻ると、頭に手を当てながら、

 「さっき言われたように、力の管理には気を付けなきゃだね」

 残りの面々も標的に射撃し終えると、八咫射弩が元の形に戻り、そこで御産器老翁が、

 「ほっほっほ。よしよし、これくらいで良いじゃろう。では、結果は後程じゃ」

 適性検査は終了となり、イナホ達は感想を言いながらその場を後にした。


 ツグミはその場に残ると、御産器老翁たちに、

 「八咫射弩使用時のデータは平均的なものとなりましたが、秋ノ御太刀がこれほどの物とは、予想外でした」

 「ほっほ。わしからすれば、ようやく本来の力・・・、といったところよ。これも、お主を含めた若人達の清い魂の賜物といったところかのう」

 武御磐分は少し悔しそうにしていた。

 「お主等の太刀筋もまた見事なり。しかし、我にかかれば、鉄を斬る事なぞ容易い。武の道のほんの半ばである事、努々忘れぬ事だ」

 「ほっほ。神器も無しに、それほどの高みに至るには、人の子の寿命では足りなかろうて」

 「ふぬぅ・・・」

 愛数宿は少し悲し気な表情を見せ、

 「我々は、その儚い輝きに頼らざる得ないのです。全知全能ではないのですから。出来れば、子供達には危険を冒させたくはありませんが・・・・。さて、次も控えています。ツグミ、疲れてはいませんか?」

 「はい、私は問題ありません」

 イナホ達と入れ替わるように、メイア達が適性検査に挑むのだった。

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