第七章 器
#31 器 (1/5)
二学期が始まり数日。イナホ達の謹慎は解け、再び学校生活が始まった。近衛候補生達は集会に呼び出され、校内の講堂に集まっていた。だがそこには、いつもの雰囲気と違い、再編された近衛特務隊も講堂に同席していたのだった。
百花は、同じ並びにツグミと悠がまだ居ないことを気に掛け、イナホに尋ねようとしたところで、教官が壇上に現れた。
「今日は特別な報告が、近衛隊の新大隊長からある。」とだけ言うと、入れ替わるように壇上に現れたのは、メイアが率いた第三小隊の隊員の男性、
先日、イナホは墓参りに行く道中、母から大隊長新任を辞退したと聞いていた。イナホの気持ちに気づいてなのか、自身の寿命を悟ってなのかはわからないが、「これからはもっと親子の時間を確保したい。」と語り、代わりに治安管理局での経歴もある、高見を推薦したらしい。
高見はまず、クバンダ事件の一連の詳細や、イナホ達の事件解決への貢献などを語り、近衛隊組織の内部腐敗があった事についても陳謝した上で、
「まだクバンダが全て居なくなった訳ではない、よって当面は、駒島の残した負の遺産の処理が、近衛隊の任務になるだろう。そして、ここからが本題だ。この秋津国に、新たな危機が迫っている可能性があることがわかった。今日は訳あって、候補生達にも一緒に聞いてもらう。では、八幡つぐみ候補生、説明を頼む」
ツグミは壇上に現れると、まず自分が漂流物として秋津国に来たこと、人間ではない事などを明かした。仲間たち含め、その場にいた全員が俄かに信じがたい表情を見せていた。
ツグミは続けて、秋津国がこの世界のどのような場所に位置しているかなどを話し、あの時見た映像を流した後、高見にその場を返し、
「いきなりの事で事態を飲み込めない者も多いと思うが、今見てもらった映像の内容通り、日本は何らかの危機に陥っている。日本と秋津国は霞み池で繋がっている以上、いずれこの秋津国にもその脅威が及ぶだろう。
そこで大御神様は、未知なる脅威に対抗すべく、三種の神器の開発を命じられた。この三種の神器とは、強大な力を秘めている装備だ。この力は、扱う者次第で破滅を齎す。故に、一人に託すのではなく、数人において真の力を発揮できるよう、設計が施されているとの事。
しかしこの特性故に、力を最大限発揮するには、単純な戦闘能力だけでなく、扱う者同士の絆が試される。この適性を得た者達は、日本調査に赴いてもらうわけだが・・・。これには大きな危険と代償が伴う。
まず敵が未知の存在である事と、最悪、秋津国に帰還困難、または不可能となる場合がある。後程、志願者を募るが、この件に関しては候補生も対象になっている。だが、無理強いはしない。
神器への適性と、あらゆる代償に立ち向かう勇気。この二つの条件を兼ね備えた者達だけに託したい。皆も知っての通り、神々の身に何かあれば、それはこの地の
高見が壇上から降りると、その場は解散となった。候補生実習棟に移ったイナホ達。そこに遅れてやってきた悠の姿が見えた。百花は少し気を使いながら彼に声をかける。
「たいちょ、あ、ゆ、悠、何て言うか大変だったね・・・・。もう大丈夫なの?」
「ああ」
いつもの生意気さはなく、少し疲れが溜まっている様だった。皆もかける言葉に迷いながら、先ほどの大隊長の話を伝えていると、教官から説明が始まる。
「先ほどの件についてより詳しく説明する。生成出来た三種の神器は八組。つまり、日本に行けるのは八名のみ。内一名は、現地での案内人として、八幡つぐみ候補生の同行が決定している。よって七名。候補生は班単位での志願希望を出すことになっている。志願には班の七名以上が同意している事が条件だ。その後に適性検査を受けてもらう。そして日本への道のりだが・・・」
イナホが少し寂しそうにツグミを見る中、皆はいつになく真剣な面持ちと、純粋に興味を掻き立てられた様子で、教官が続ける説明に耳を傾けた。
「現在、
霞み池と日本を繋いでいる道は冥界・・・、つまり死後の世界を貫いているらしい。言葉通り、生きているものは立ち入れない領域だ。これまで漂流物に生き物がいなかった事からも、これには納得がいく。
ただし、大御神様の持つ文献によれば、日本の一部の神々はこの冥界を行き来する者がいたらしい。そこで、我々人間を通過可能にするのが、三種の神器の一つ、
これは、身に着けることで、不可視の鎧となり身を守ってくれる他、仮の神としての属性を得られるらしい。これにより冥界通過時に、生者の魂を保護してくれるものだという事だ。
そして、大隊長殿の話していた、日本からの帰還が困難になるという点についてなのだが。日本から漂流物が流れてきているのは、皆知っていると思う。だが、日本のどこから、どのようにこちらへやって来ているかは、未だ分かっていない。つまり、日本へ向かう者は、現地で帰りの手段を見つける必要がある。加えて未知の敵の存在。最悪、片道切符になってしまうかもしれないとは、そういう事だ」
その言葉に日本行きに乗り気だった者も、考えを改め始めた様だった。教官は最後に、
「君たちはまだ候補生だ。よく考えて、誰かに無理強いしたりされたりすることなく、自分の意志で決定してほしい。期限は三日だ。それまでに各班答えを出すように」
解散となると、早速皆は話し合いを始める。だが当然、意見はまとまらない。腰の引ける者が多い中、イナホは班の仲間達に切り出すのだった。
「私、この前の戦いで思ったんだ。何かを、誰かを失うかもしれない恐怖に怯えて暮らすのは嫌だって。だから私は、この手で秋津国を守りたい。だから、私は志願しようと思うんだ」
「アタシもイナホと同じ気持ち。お姉ちゃんがあの日、目の前で死んじゃうかもって思ってから、大事な人を失う辛さが分かった気がするんだ。自分が何もせず、何も出来ずに、理不尽に傷つく人が増えるのはもうこりごり」
「私は二人みたいに立派な志じゃないけど、日本に行けるって聞いたら憧れが捨てきれなくて。それにどこまで出来るか分からないけど、秋津国の平穏に貢献できるならいいかなって」
慶介も少し冗談交じりな様子で、
「防具のサイズ選びに悩まなくていいらしいから行ってみようかな、なんてね。僕もあの日の経験が、僕の中の何かを変えた気がするよ。次に傷つくのが、弟達や家族、仲間のみんなだと考えると、ここで何もしなかったらきっと後悔する」
いつもはシャイな様子の司も力強い声で、
「日本にいる敵っていうのがどういうものかわからないけど、クバンダ事件の首謀者みたいに悪意ある奴が、またみんなの暮らしを脅かすなら僕はそれを防ぎたい。あの日、自分の無力さを知ったからね・・・。って、ああ、ごめん、悠。そういうつもりじゃなかったんだ」
司は悠を見るが、彼は特に表情は変えず、
「構わない。お前は間違ってないさ」
「・・・・。とにかく、僕たちなら力を正しく使える。そんな気がするな」
「うんうん。私もあの日のみんなや第三小隊の人たちの後ろ姿見て、なんかビビっと来ちゃってね。やっぱこれだってね!誰かを守れる強さってこういうことなんだって。ま、イナホに一番気づかされたんだけどね」
「私!?」
そう驚くイナホに彼女は続ける。
「やっぱあのメイアさんの子供ってだけあるのかね。今まで黙ってたけど、あんたには嫉妬してたんだよねぇ。実は、近衛候補生選んだのも、メイアさんへの憧れってやつで」
「母さんが憧れ?」
「昔、メイアさんがクバンダを倒すとこ見たことがあんのよ。私もあんだけ強かったらなーってね。そんな憧れの娘だもの、嫉妬ぐらいしちゃうよ」
「そうだったんだ。でもうちの母さん、強がりっていうか、不器用って言うか・・・。そんなだよ?」
すると、先ほどから皆と視線を逸らすようにしていた悠が、
「そうなのか?そんな感じはしなかったが。そうだイナホ、機会があれば、お前の母、メイアさんには改めて礼をしたい」
「ん?母さんに?」
「そうだ。・・・・父を止めてくれた事。そして、あの時の言葉に救われた事を」
「そんなの要らないって言うと思うけど、伝えとくよ」
「感謝する」
百花が笑いながら悠の肩を叩いた。
「素直に感謝の言葉なんて、悠らしくないって」
「すまなかった」
「ちょ、ちょっと、調子狂うなぁ。そこはうるさい馬鹿って来る準備してたのにー。で?たいちょーも行くでしょ?ニホン」
「俺には、志願する資格があるかわからない・・・・」
「はぁ?そんな事言わないでよー。みんなのたいちょーでしょー?」
「無理強いはするなと、さっき教官が言っていたはずだが?」
「お?ちょっと調子出てきたじゃん」
「ふん。・・・・感謝する」
「そうそ、って、え?なになに?私にたいちょーが感謝・・・・、した?なんか気持ち悪いよ」
悠は少し黙った後に、
「父がみんなに、秋津国に刃を向けたことが、これで許されるとは思わないが、俺はこの秋津国を救いたい。これが俺の正直な気持ちだ。贖罪ではなく、これが俺の意志だ」
それを聞いた香南芽は白い歯を覗かせた。
「ま、誰も悠の事なんて恨んでないって!ただ?日ごろの生意気な態度は謝った方がいいかもだけど?でも、いつもみたいに、ももっちとの喧嘩見られないのはすこーし寂しいかな」
百花は必死そうに、
「ええー、悠は少し大人しいくらいが丁度良いって!今は少しびっくりしちゃったけどさー」
そんな中、先ほどから、他の生徒達に質問攻めにあっていたツグミが、ようやくイナホ達に合流した。
「すみません、お待たせしました」
イナホが「ツグミちゃんも来たことだし・・・・。」と笑みを見せると、仲間達は口々に「おかえり、悠。」と伝えた。すると悠ははにかみ、
「やれやれ・・・、ありがとう、みんな。さて、茶化される前に八幡から話を聞こう。俺たちは皆、日本行きを志願する事となった」
「そうでしたか。私の場合、里帰りであると同時に、秋津国に来る前の私の身に何があったかを知りたいのです。もちろん任務は果たします。秋津国も、私にとって大事な、とても大事な故郷ですから。皆さんが選ばれた際には、この地へ必ず帰還させます。何があっても」
するとイナホがツグミを見て、
「そんなに気負わないで。ところでツグミちゃんは、日本に行ったら、そのまま残るの?」
それを聞いて皆は、少ししんみりした雰囲気になった。しかしツグミは、
「どちらかを選ぶというより、行き来出来る手段を見つけたいと思います。私は少し、ワガママなのです」
そんな言葉に笑顔を見せる一同。イナホ達、候補生第三班に撒かれた絆という種が花を咲かし、実を結んだ瞬間だった。
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