#24 夏が解かすもの (4/5)

 愛数宿はそれを聞いても、それほど驚いた様子は見せなかった。

 「なるほど、地球内部・・・、少々思うところはありましたが。ツグミ、どのように確信に至ったのですか?」

 「量子GPSという、次世代型の位置測位システムです。記憶が戻ってから、秋津国では夜も星が見えない事に違和感を覚え、何度か分析してみたのです。始めは不具合かと思ったのですが、どうやらここは、地球内部で間違いないようです。なのでもし、何かの拍子に、その未知の脅威にここが探知されれば、日本と繋がりを持つこの秋津国は標的にされかねません」

 「この秋津を覆う世界・・・・。これではまるで・・・・」

 そう小声でつぶやき、少し考え込む愛数宿を窺う三人。愛数宿は気を取り直したように、

 「いえ、しかし今、秋津国はクバンダという問題も抱えています。そうですね、少し事を急ぎましょう・・・・。見てもらいたいものがあります。皆さん、こちらへ」


 本殿の書庫に移ると、愛数宿は一冊の崩れそうなほど古い書物を取り出した。

 「千年以上前の漂流物ですが、私はこれを日本神典、そう呼んでいます。これは日本の創造や神々の話が書かれた書物です。今、この時まで御伽噺の域を出ませんでしたが、ツグミの話と、これまでの漂流物の情報、そしてこの書の日本創造神話から察するに、これは史実なのでしょう。先ほど未知なる敵は神の如きと言っていましたね。それに、神を殺したと。そして、あの歪な声。あれには僅かではありますが、神の気配が感じられました。それと痛いほどの悲しみ、恨み・・・・」

と、開いた書物の文をゆっくり指でなぞり、話を続けた。


 「日本を作った伊邪那岐いざなぎ伊邪那美いざなみは、初めに生まれた子を、子として認めず、石の船に入れて流したとあります。先ほどの男の話では、神が帰る日と言っていましたが、地を駆け空を巡る水の様に、流したものはいずれ戻る・・・・」

 「なんだか可哀想だね・・・」

 イナホがそう呟くと、ツグミは、

 「石の船に・・・・。もし私も、この秋津国に流れ着くことがなかったら・・・・」

 愛数宿は目を細めると、再び書物に目を落とし、

 「その名をヒルコ・・・。この者の背景を思えば、日本の神々とその子孫たちを恨むのもわかります。敵が曲がりなりにも神だとすれば、これは相当厄介な事になるでしょう。しかし、疑問が残ります。日本神典によれば、日本には数多の神々が居たはずです。何故、そのような事態に至るまでになってしまったのでしょうか」

 一同は考え込んでしまう。そこでツグミが、

 「私の知る限りでは、日本だけでなく、地球上の人間は神という存在を、見る事はおろか、実際に認識できる事はありません。一部の人間が僅かに関りを持ったとされるのみで、それも神話や御伽噺の中の話です」

 メイアは納得したように、

 「外の世界の人々は神々が見えない・・・。なるほど、なら仮に、神々と人々の連携が図られていたら、事態はそこまで悪化しなかったと?」

 「はい、私もそう思います。もしくは、秋津国のクバンダの様に、神々にも対処の難しい相手なのかもしれません」

 イナホはツグミを見ると、

 「あれ?待って。ツグミちゃんはニホンで生まれたのに、どうして大御神様達が見えるの?まさか天才科学者はそこまで!?」

 「おそらく機能の問題ではないと思いますが、どうしてでしょう・・・・。私にもわからないのです」


 愛数宿は先ほどから何か決めかねていた。

 「もしそのような存在ならば、これが必要となるかもしれません」

 愛数宿が書物を数回捲り指差すと、そこに秋津国では聞きなれない道具の名があった。メイアがその言葉を口にする。

 「三種の神器?」

 するとツグミが、

 「日本では一部の者のみに託されたとされる、まことしやかに存在を囁かれている道具ですね。草薙の剣、八咫やたの鏡、八尺瓊勾玉やさかにのまがたま。他にも諸説ありますが、この三種から構成されます。これを持つ者は、神に近い存在になるのだとか」

 「そんなものが?」

 驚くメイアとは対照的に愛数宿は、

 「如何にも。日本の三種の神器がどのような物かはわかりませんが、この三種の神器、実は秋津国でも生成可能なのです。ただ、その強大な力故に、人の子に与える機会を、正直迷っておりました。ですが、今がその時なのかもしれません」

 そう言うと少し考え込んだ後に、

 「ツグミ、御産器老翁むみきおじと共にあなたの叡智を生かし、神器の生成に尽力してもらえますか?いずれは日本をも救う手立てになるかもしれません」

 「日本を・・・?わかりました」

 「メイアは引き続きクバンダ問題の解決を。それと、日本から脅威が侵入する事も考え、霞み池の監視に割く人員の編成をお願いします」

 「承知しました」

 「そしてイナホ・・・」

 「は、はい!私ですか!?」

 「あなたは清い魂を引き寄せる不思議なえにしを持っているようです。神器を託す者を見誤れば、それがもたらすのは破滅です」

 「えっと、私は何をすれば・・・?」

 「ふふ、今はあなたの思うまま精進なさい」

 「が、頑張ります!」

 「ああ、ツグミ・・・」

 愛数宿は神妙な面持ちで尋ねた。

 「先ほど、日本の三種の神器についてあなたは語りましたが、この日本神典に似たものを知っているのですよね?」

 「はい、ですが写本などが繰り返され、いくつかの書物に別れて現代には伝わっている様です。似たような伝記など多数あります」

 「それらには秋津国やこの地の神についての記述はありましたか?」

 「私の知る範囲では、日本に伝わる神話に、秋津洲あきつしまという似た言葉は登場しますが、愛数宿大御神様方の名が、何かの書物にあったという記録はありません」

 「そうですか・・・・。私達はどこから来て、どこに向かうのか・・・・」

 少し複雑な表情を見せると、三人に向き直り、

 「今日、この場で見聞きしたことは、時が来るまで他言無用です。いいですね?」

 三人は同意すると、その場を後にした。新しい脅威の存在の影に戸惑いながらも、それぞれが歩む道を見据え、来る時に備える決意をするのだった。

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