第一章 胎動

#1 胎動 (1/5)

 朝もやの中、街外れの道を初老の男性が軽トラックを走らせている。その傍らの助手席で、制服姿の少女は少しくせのかかった涼し気な銀髪を、具合の悪い窓から吹き込むまだ冷たい隙間風になびかせながら、高校1年目の冬の終わりを感じていた。車内のカーラジオからは雑音交じりの経済ニュースが流れている。


 「小塚メタライトは設備拡充に伴い、近衛特務隊このえとくむたいが扱う主装備の原材料である、生成の難しかった合金の量産体制が整ったとし、一時株価が高騰しました。続いて秋津国の林業に関する情報です。山間部を中心に幾つかの地域で被害を出し続けているクバンダの影響を受け、木材高騰が続いている問題で、中央議会はこの事態を・・・・」


 車窓に映る田園風景を眺めながら、少女はハンドルを握る祖父に今流れている話題を振る。

 「うちも郊外だからちょっと心配だよね」

 「幸い、この辺りでクバンダ被害はまだ聞かんが、地区によっては街を囲む防壁建設の話もあるらしいしなぁ」

 「母さん大丈夫かな・・・・」

 と、心配そうに彼女が呟くと車内の会話が途切れてしまう。


 この少女達が暮らす秋津国は、現代日本とよく似た景色が広がる。四季を有してはいるものの、厳しい季節は無く、穏やかな気候が人々を包む。日本とは文化などが少々異なる発展を遂げていて、似て非なるものがある。特に都心部では木々の緑と交わるビルや、都市の中央を走る清流など、豊かな自然と科学技術がうまく融合し、随所にその特徴が見られる。


 暫く走ると軽トラックは柵で囲われた土地の前に停車した。二人は車を降り、施錠された門を少女の祖父は解錠する。第二かすみ池と書かれた少し傾いた看板を横目に中に入ると、辺りを見渡しながら祖父は自分の腰をポンと叩いた。

 「さ、今日も朝仕事してからだ。さっさと済ませるぞ、イナホ」

 「うん、重いものは任せてよ」

 「年寄り扱いされるにはまだ早いぞ?しかし最近は漂流物がやけに多いな。見慣れない金属も増えたから手袋忘れずにな」


 不可思議な桃色の靄が溜まった窪地。その周辺にちらほらと大小様々な物が落ちている。古びた本やチラシ、それから焼け焦げ捻じれた金属片や、何かの機械のパーツまで。それらの中には日本語が書かれている物もあるようだった。

 孫娘と祖父は話をしながら、拾った物を手押し車に乗せていく。

 「ねぇ、爺ちゃんは珍しい漂流物見つけても、ちょっとくらい持ち帰えろうかなとか思わないの?」

 「馬鹿を言うんじゃない。この秋津国の技術革新やニホンを知るのに関わるものなんだぞ?何せ、回収を委託されてる身だ。ちゃんと御上おかみに届けているよ」

 「真面目だね、爺ちゃんは。しっかしいつ来ても不思議な場所だよね、霞み池って。もやから物が出てくるなんてさ。これに飛び込んでも、元の位置に戻されるだけでどこにも行けないのに。ニホンってどんな世界なんだろ?」

 「さぁな、神様たちもよく知らないんだ。そう簡単に行けるような場所じゃないんだろうさ。さて、これでここは最後だ、学校まで送るぞ」

 池を一周し二人は門の前まで戻ってくると、回収物をトラックの荷台に積んで縄で括り、その場を後にする。


 暫しトラックを走らせると、イナホの通う学校に着いた。校門前で車を降りたイナホは朗らかな笑顔で運転席へ振り返る。

 「ありがと。じゃ、もう一ヶ所も頑張ってね爺ちゃん!」

 少女が手を振ると、聴き馴染んだエンジン音が遠ざかっていった。

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