そうめん

 姫香理が逮捕された。今日のお昼は3人で素麺を食べようと約束していたのに。


   *


 私と歌音、姫香理が同居し始めたのは、同じ風俗店に入店して3カ月が経った頃。私と歌音は大学の学費を稼ぐため、姫香理は肉体関係を持つため、という理由で入店。3人ともにお金がないことから、狭いアパートで暮らすことになったのだ。


 元が可愛い歌音は、名だたる先輩たちを押し退けて、入店から1年が経つ頃には店のNo.1に上り詰め、社交性に優れた姫香理は、どんな年代の男性客だろうと虜にして、アフターでホテルにもよく行っていた。


 それに比べて、酒がただ強いだけの私は、歌音ほどの可愛さもなければ、姫香理のような社交性もなく、ずっと下を這い続けていた。だから、入店から2年が経ったタイミングでクビを言い渡された。


最初は現実を突き詰められた感じがして悲しかった。でも、ある日を境に、クビにされてよかったと思えるようになる。キッカケは、警察によるガサ入れが行われたこと。摘発の理由は、未成年の女性を働かせたことと、未成年の男性に飲酒をさせたことの2つ。そして、この件に関与したとして、姫香理を始め、店側の関係者とキャバ嬢2人が逮捕されてしまったのだ。


 このこともあり退店を余儀なくされた歌音。一緒に別のアパート(3人で暮らしていた部屋よりも広い)へ引っ越した。そしてキャバ嬢としての自分のカリスマ的姿が忘れられない歌音は、引っ越し先近くにある風俗店へ入店。そこでも頭角を現し、すぐに1位に上り詰めた。


   *


 なんの取柄も無くクビにされた私と、すぐに1位になれる能力がある歌音との生活は、塩味が強い出汁で素麺を食べているみたいな感じだった。姫香理みたいに、私と歌音との生活に出汁の旨味を引き出してくれる人はいてくれればと思いつつ、私はその出汁を飲み続けると決意した。


 ただ、その出汁を飲み続けていると、やはり問題が出現。歌音が男を騙していたことを知ってしまった。もちろん友人の立場として、歌音と面と向かって話をした。でも、歌音は改心することはなく、1週間が経過。土曜日の夕方、いつも通りの薄化粧をしている最中、家にやって来た警察官によって歌音は逮捕された。


 1人で暮らすには広すぎる。この家から引っ越さなければ。警察のお縄に掛かる前に。


 今宵は素麺を食べよう。出汁が効いていて、なおかつ、刻みネギをたっぷり入れたネギ塩素麺を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

寄寓の女 成規しゅん @Na71ru51ki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ