寄寓の女

成規しゅん

うどん

 絵美里は、いつしか大人の女性になっていた。


   *


「アタシ、明日この家出て行くから」


そう絵美里に言われたのは、私が2人分のうどんを作っているときだった。


「えっ、どういうこと?」

「だから、明日出て行くの、この家から」

「いや、え、言ってる意味が分かんないんだけど」

「彼氏できたの。だから出て行く」


 絵美里は片手でサクサクとスマホを操作して、私に画面を見せてきた。高身長な絵美里とさほど変わらない身長の、どこかのアイドルグループにいそうな男性が、ピースサインをしている写真。その隣の絵美里は、私が今までに見たことないぐらい、とても幸せそうな表情を浮かべている。


写真を見ても、私の脳は、心はまだ納得しようとしなかった。


「絵美里に、彼氏?」

「うん。彼氏」

「ほんとに? ちゃんと好きって恋愛感情がある彼氏なの?」

「そうだけど……って、いや別にそんな驚かなくてもいいし、それに、その父親が娘に訊く質問みたいな感じで言ってくるの?」

「それは……、いやいや、もちろん驚いてるのもあるけど、疑うでしょ、普通。だって、あの絵美里に彼氏ができるなんて」

「それ、どーゆー意味?」

「ほ、ほら、昔の恋が忘れられないって言ってたから」

「あー、あんなの嘘よ。なかなかアタシに釣り合う男がいなかっただけ」


 笑顔で言う絵美里。そんなことはないはずだ。だって絵美里は……。


「あのさ、この前付けてた高級そうな指輪って、もしかして」

「そうだよ。”付き合って1か月記念”ってもらったの。なんかね、彼、アタシが最初の恋人みたいでさ。色々プレゼントしてくれるんだよね。つい3日前には、高いシャンパンも開けてくれたし、現金をそのままもらったこともあったなあ」

「そ、そうなんだ……」


 鍋の中でうどんが絡まりながら茹でられていく。まるで、私と絵美里が今まで築いてきた関係のように。


「ってか、そのお金で買ったんだよ、このうどん。フフフ」


キッチンタイマーが鳴る。それを止める絵美里。昨日整えてもらったばかりの爪は、照明に照らされて光っている。


「だから、今日が最後だよ。2人で一緒に過ごす夜は」


 瞳から流れる涙は、何の味もしなかった。後ろから感じる、絵美里の熱。私は作業の手を止める。


「環菜、大好きだよ」


  *


 絵美里は、いつしか魅惑の女性になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る