【 最推しカプです 】
蹴散らす、という言葉の正しい使い方を、アモルははじめて知った。
「ばいばーい! 気をつけて帰ってねー!」
かなり手加減したであろう
無事を願っていたテピの思いもむなしく、遠くのほうで「ぎゃー!」とか「た、助けてくれー!」とか聞こえてくるのを、
穏やかだった船旅の雰囲気をぶっ壊した者たちに、魔族は情をかけない。
「おら、テピ、いつまでもンなとこいないでこっち来い」
手摺りに頬杖をついて、兵士を見送っていた彼女の細い腹部に腕を回し、ぐいっと引き寄せるその慣れた動作に、アモルは胸を押さえて「ンッ!」と悶えた。
(やばい、推しが目の前に……てか………)
尊すぎない?
なにその「よそ見してねえで俺だけ見てろ」感。
これ萌えないやつ、おるんか?
胸元を握りながら天を仰ぎ、萌えを噛み締めてるアモルは、金の瞳がちらりとこちらを見たことに気付かなかった。
「あの、お久しぶりです、ラド様」
一歩前に出て礼をしたのはセリュールだ。ラドは不機嫌そうに「ああ?」と威嚇したが、すぐに「おまえか」と警戒を解いた。
(あれ、セリュールとラドって知り合いだったの?)
前魔王とガドロンギア王国の国王が顔見知りなのは聞いていたが、ラドも魔王城に来ることがあったのか。
「魔王の訃報は聞いた。おまえも苦労するな」
「いえ、シュトラーセ様から次の魔王の指名がありましたので、私はそこまでは」
「で、そいつが次の魔王か」
発光しているような金の瞳がアモルを見る。彼の片腕に抱き寄せられたままのテピも、上目遣いでこちらを見た。彼女の甘くとろけた琥珀色の瞳は、魔界でペットして大人気の魔猫によく似ていた。
はあはあと荒い呼吸を繰り返すアモルがよっぽど不気味だったのだろう。うわ、と小さく悲鳴が聞こえた。声の主は、ずっとセリュールの背後に控えているメイドだ。メイドだとわかるのは、その服装がよく物語の挿絵で見るそれっぽかったからだが、短い漆黒の髪に合わせたかのようにメイド服も真っ黒なため、注視しないとなかなかその存在を見つけることができない。
彼女にもきっと、
(だが今は! おれは……おれは………!)
アモルはギラギラした眼でラドとテピを凝視する。
「おまえ、たしかイナガ村出身のアモルとか言ったか」
「えへへ、さっきはありがとね。あたしはテピ、こっちはラドだよ。あんな緊迫した空気の中で庇ってくれるなんて、すっごくやさしいんだね。テピ、うれしかったあ♡」
「はあっ? おいテピ、浮気してんじゃねえぞ。こんなやつ来なくても、俺ひとりで余裕だったっつの」
「またまたあ。他の乗客を巻き込まないように隙をうかがってたくせにぃ。ラド、そういうところやさしいもんね?」
「チッ、んなことねえよ」
「あ、あの!」
想定よりも大きな声が出て、ラドテピのいちゃいちゃ会話を遮ってしまう。
それをもったいない、と思いつつ、ふたりそろって「ん?」とこちらを見る息の合った言動にキュンとなる。
(ああ、好きだ……好きだ、大好きだ……!)
張り裂けんばかりの気持ちに抗えず、アモルはがばっと勢いよく頭を下げ、片手を差し出す。
「最推しカプです! あ、握手してください!」
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