カプ厨魔族、魔王になる〜萌えが魔力に変換されるなら遠慮はいらないぜ!〜
七福ねこ
【 ハッピーエンドじゃないなんて 】
ああ、なんてことだ。
こんな極悪非道なことが、あっていいはずがない。
魔界の最西端、パンサラサ海に浮かぶ名もなき小さな島の唯一の村〝イナガ〟は、争いもなければ娯楽もない、時間に取り残されたような場所だ。そんな村の門番という、まったく意味のない職に就いているアモルは、一見すると流れる白い雲をぼんやり見上げているだけのようだが、その実、激しい切なさに襲われ、その胸を痛めていた。
細い木を組み立てただけの簡素な門に寄りかかり、だらしなく座り込んだ彼の膝には、古ぼけた一冊の本。
(あんなに愛し合っていたのに、結末が死別だなんて……)
こんなの、あんまりじゃないか。
悔しさと無念さで、アモルの紅い瞳はじんわりと膜を張ってゆらゆら揺れる。
穏やかな暖かい風が、彼の黒髪と本の表紙をそよそよと撫でていく。まるで慰めてくれているようだ。
『神の子と水の乙女』─────つい先程、読み終えたばかりの本に視線を落とせば、ぽとりと水滴も落ちて表紙に黒いシミを作った。
やるせない気持ちでいっぱいだ。「やだやだやだやだやだ!」と駄々をこねて地面をばたばたと転がりたかった。
「仕事をサボって読書か、アモルや」
「っ!」
なんの気配もなく、すぐ側で聞こえた声に、アモルは慌てて目を擦った。
じいさんだ!
顔を上げると、老木のような老人が目の前に立っていた。白いローブから伸びた手首も首も、折れそうなほど細く、顔には深い皺が刻まれている。
魔族はかなり長命で、幼少期が短く、青年期がその魔族生の大半を占めている。いつかは年老いるが、それでも魔力で外見の老化を抑えることができるから、ここまで加齢が進んだ状態はめずらしかった。
よほど魔力が弱いか、老化を受け入れているかのどちらかだろう。
魔力が弱いという点は、アモルにも当てはまった。外見の維持にかける魔力なんて、あるはずもない。
この老人の姿は、未来の自分なのだろうと、アモルは彼を見るたびに思う。
「サボってるわけじゃないって。暇な時間を有効に使ってんの」
「おまえさんは、儂がくるときはいつも寝てるか本を読んでおるようじゃがな」
「じいさんが、おれが休んでるときにかぎって来るからだろ!」
鼻息荒く反論するが、唯我独尊なじいさんは歯牙にもかけず、アモルの膝の上に置かれた本を手に取る。
「ふむ、どうやら読み終わったようじゃな」
どうじゃった、と感想を求められ、アモルは唇を尖らせる。
「……なんか、ハッピーエンドじゃなかったのがもやもやする」
「そうか。好まんかったか」
「いや、すっげー好きだけど。人と神の間に生まれた双子の
「待て待て、わかった、ちと落ち着かんか」
「なんだよ、聞けよ!」
語りたくてしかたないアモルは、制止されて再び唇を尖らせる。ついでに頬まで膨らませる。
「おまえさんは語らせると長いからな。今日は儂、ちと時間がないのじゃ」
「あ、そうなの?」
そもそも、このじいさんはどこから来てどこに帰っているのか、アモルは知らなかった。
ある日、ふらりと村に現れた謎の老人は、昼寝をしていたアモルを叩き起こし、一冊の本を押し付けた。「それを読んで〝推しカプ〟を見つけろ」と言われたときは困惑したし、なんだこのあやしいじじいは、と思った。が、推しカプってなんだよ、と疑問に思いながらも本を読んでしまったのがアモルの運の尽き。
見事〝推しカプ〟の概念を理解してしまったアモルは、それから老人と会うのが楽しみになった。
老人はアモルに、新しい生き方を教えた師匠だ。
「のう、アモル。おまえさんはこの物語が、ただの物語だと思うか?」
「え、どういう意味だよ」
「この『神の子と水の乙女』の結末は、たしかにハッピーエンドではなかったかもしれぬ。じゃが、死別した双子を哀れに思った神が、双子を運命の糸で結んだと書いておったじゃろう?」
「たしかに書いてあったけど……」
「この双子は、あらゆる世界線に転生しては出逢い、たくさんの物語を創り出しておるのじゃよ」
つまり?
「……
にこりと、めずらしく老人は笑った。
「いつか、出会えたらいいな」
「…………………っ」
出会える。〝推しカプ〟に。
そんな、そんなのって。
(最ッッッッッッッ高じゃないか!)
「楽しみだな、じいさん!」
「ふぉっふぉっふぉっ」
期待に胸を弾ませるアモルの元に、前魔王の使いと名乗る人物が現れるのは、その翌日だった。
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