スキマバイトアプリで1時間だけヒーローやってみた~何の資格も技術もなしにヒーローになれちゃう光バイト~名探偵歩歩歩歩郎の事件簿

浅草文芸堂

スキマバイトアプリでヒーローやってみた!

「けしからーん!」


 名探偵歩歩歩歩郎ぽあぽあろうは読んでいた新聞をくしゃくしゃに握りしめた。

 その見出しには『銀行強盗団、30人殺し達成!』の文字がでかでかと躍っている。


「殺人が増えてるのはいい! だが、それが強盗や喧嘩みたいな粗暴犯ばかりというのはどういうことや! これでは名探偵の出る幕がないではないか!」


 歩歩歩歩郎は卵みたいな頭頂部を持ったおっさんである。

 これまで名探偵として生きてきて、他に生き方を知らない。


「最近の犯罪者も質が下がったもんだ。昔はちょいと歩けば密室殺人とか見立て殺人とか死体なき殺人に当たったというのに……」


 誰が誰を殺したか丸わかりのこの大犯罪者時代、名探偵は失業していた。

 力づくでワイルドな殺人が増え、スマートでユーモアあふれる殺人は影を潜めた。

 こうなると、誰も名探偵に仕事を依頼しようなどとは思わない。

 なので今、歩歩歩歩郎は金に困っている。

 急場をしのぐために、どこかの企業で正社員として働くことも考えた

 だが、これまで名探偵にかまけてきたばっかりに働くためのスキルがなにもない。

 この歳にして就活も試みたが、まともに履歴書を書くことすらできなかった。


「高校を卒業されてから30年、名探偵をされていた、と……。職歴はないんですか?」

「名探偵としての経験がわが社にどのような役に立つとお考えですか?」

「名探偵ならわが社でなくてもできますよね?」


 そんな無礼な採用担当者に出会うたびにブチ切れて、名探偵に必須の格闘技バリツで滝つぼへ諸共に落下してきてやった。

 すると、どういうわけか一向に仕事に就くことができないままである。

 こんな有様だからいよいよ日銭にも困ってくる。


「マジでもう200円しかない……吾輩の灰色の脳細胞をもってしてもマジもう無理ぃ……」


 歩歩歩歩郎は絶望して、公園のベンチに座り込んだ。

 先ほど拾ってくしゃくしゃに握り潰した新聞紙をベンチ横のゴミ箱に投げ捨てる。


「大体よー、殺人事件溢れるこの世の中で、殺人で飯食ってる吾輩が失業するって何かのバグやろ。社会の矛盾を感じるんやが。なにかこの世界、もうシステム的に破綻しかかってるんちゃうか?」


「……そもそも、働くのに面接とか受けなければいかんのが悪い。名探偵なんて大抵人格破綻者やぞ。面接とか通るわけないやろ」


 ぶつぶつと呟く歩歩歩歩郎。

 公園で遊ぶ親子連れなんかはきれいに歩歩歩歩郎の周りを避けるため、歩歩歩歩郎の周囲は領域展開したみたいになる。


「履歴書書くのもだるぅ……。そういうの無しで、ちゃっちゃと働かせてくれるとこないんか……」


 歩歩歩歩郎はそう言いながらスマホをいじり出す。

 今日も採用面接で無礼な態度を取ってきた企業の悪口をSNSにあげるためだ。

 と、スマホにクソうざいPR広告が流れてきた。


『面接や登録会、履歴書は必要なし! スキマ時間で仕事でき、お給料は即日入金!』


「むむ?」


 普段なら即消しするクソ広告。

 だが、連日の不採用で心弱っていた歩歩歩歩郎には染みた。

 思わず、内容を読み込んでしまう。


「……すきまバイトアプリ、夕イミ―か……スマホに簡単な登録をするだけで面接も履歴書も不要……様々な職種にお手軽、お試しで就くことができる、と……」


 これぞ大人のキッザニア!

 という煽り文句。


「ほほう、なるほど……こんなんでええんか?」


 歩歩歩歩郎は名前などの最低限の情報を入力し、表示されている募集バイトをツイツイ流し見てみる。


【駅近】駅からすぐのおしゃれカフェでホールスタッフ業務! ●月×日15:00~19:00 6400円


経験者歓迎! 配達員さん募集! ●月×日 15:00~18:00 4800円


室内で簡単な軽作業お願いします ●月×日 15:00~18:00 4800円


イベントスタッフ 駅近○○銀行にてヒーローイベント業務 ●月×日15:00~16:00 9800円


「……おしゃれカフェで店員……女の子と仲良くなれたりせんかな……配達員は経験ないしのう、ダイイングメッセージの配達ならやったことあるんだが……室内での軽作業、キツそうやな。吾輩頭脳労働しかやったことないし……イベント……まあ、名探偵登場なんてイベントみたいなもんやしヒーローではあるわな……ていうか、1時間で9800円!? 破格やん!」


 歩歩歩歩郎、深く考えずポチ―ッとした。

 早くポチらないと取られてしまう。


「……お、これでええんか?」


 応募は受け付けられ、ヒーロー警備保障Eという名の会社から早速○○銀行へ向かうよう指示する文面が現れた。


「○○銀行に着いたら、現場スタッフの指示に従ってヒーロー業務を行ってください、とな。簡単な業務指導と研修があります……と。ほほう? 業務が終われば早上がりも可? それでバイト代は全額出るんか? ええやん!」


 歩歩歩歩郎、うっきうきで指定された銀行へと向かう。

 途中、やけに騒がしい。

 人出が多い。

 サイレンや交通規制を知らせる声がやたら響いていた。


「うっさいな……銀行でイベントって、そんな大人気なんか。いうてヒーローショーみたいなもんやろ?」


 歩歩歩歩郎は人混みに辟易しながら、○○銀行にようやくたどり着く、

 正確には○○銀行の近くまで来たところで、現地スタッフとやらに呼び止められたのだ。

 やさぐれた感じの若い女だった。


「もしかして、夕イミ―で来られた方?」

「あ、そう、その通り。吾輩は名探偵歩歩歩歩郎。名探偵としてヒーロー業務とやらを解決しに来てやったぞ」

「はいはい、夕イミ―さん。待ってましたよ。まずはこの錠剤を飲んでください」

「なにこれ?」


 ぱくん、ごくー。

 名探偵は決断が速い。


「ヒーローになれる薬っす。あとこちら、ヒーローガンをどうぞ」

「……吾輩は名探偵だからわかるが、これは実銃では……?」

「ヒーローガンです。ちゃんと認可を受けてるやつっすよ」


 で、ヒーローガンの使い方を教わる。


「そこスライドさせて……引き金を引く。はい、オッケーっす。研修は以上でーす。じゃ、あとはヒーロー業務の方、お願いしまーす」

「と言われてもな。ヒーローの制服とか無いんか?」

「すんません、その格好のままでやっちゃってください」

「で、ヒーロー業務って具体的になにしろって?」

「○○銀行の中にいる悪人を倒してきてください。簡単でしょ?」

「悪人?」

「3人組の銀行強盗っすねー。怪人みたいなもんですわ。ヒーローとしてぱぱっとやっつけちゃってくださいな」

「なんだ、粗暴犯か……名探偵としてはもっと知能犯を捕まえたいんだが、そういうのはいないのか?」

「そこにいないならないっすねー」

「仕方がないのう……やるか。だが、吾輩は頭脳労働専門で粗暴犯の捕獲とかそういうのはやったことないぞ」

「ああ、大丈夫っすよ。相手も闇バイトで雇われた素人ですし。夕イミ―さんも光バイトで雇われた素人さんで丁度いいっしょ。大体、」


 と、現地スタッフの女は歩歩歩歩郎の手にした物を指し示した。


「ヒーローガンがあるんで余裕ですって。うまくつかってくださいね」

「そうなん?」

「それにそろそろ難しいこと考えると頭が痒くなってくる時間っすから、もうパーッといって片付けてきてください」

「ははは、君ぃ? 吾輩は難しいこと考えるのが仕事の名探偵やぞ? 頭痒くなんか、うわ、めっちゃ痒!? ああああああ、イライラするウ!」


 歩歩歩歩郎は頭部をガリガリ搔きながら喚いた。


「はい、夕イミ―さん! ゴー! ゴーゴー!」

「うおおおおおお!」


 歩歩歩歩郎は現地スタッフの合図を皮切りに、一気に○○銀行の中に飛び込んだ。


 がしゃーん。


 銀行の強化ガラスを突き破って突入した歩歩歩歩郎。

 そこで、銀行員や客が血まみれで倒れている中、覆面姿の男達が3人いるのを目にした。


「うわ、なんだお前!?」

「警察か!?」

「うるせええええ!」


 歩歩歩歩郎は苛ついてヒーローガンをぶっ放す。

 轟音が何度も鳴り響いて、覆面姿の男2人が弾け飛んだ。


「粗暴犯は皆殺しだあああああ!」

「ま、待て! 待ってくれ、待ってください!」


 1人残った覆面姿の男が命乞いをする。


「お、俺、騙されてて! こんなことほんとはしたくなかった! 指示役に弱み握られてて! しかも親が毒親で! 家庭環境に恵まれず、不登校とかで可哀想な奴なん」

「うるせええええ! ここで言うな!」


 歩歩歩歩郎はヒーローガンを空になるまで撃ち尽くした。


「きゃ」


 覆面男は顎の下を撃ち抜かれて、体をクルクル回転。

 血を撒き散らしながら、ぺちゃりと壁に張り付いた。

 歩歩歩歩郎はそこでようやく頭が痒くなくなる。

 すん、とした。


「……そういうのは裁判所で言え。ここでそんなこと言われてもどう対応していいか、こっちは教わってねんだから知らねえってんだよ」

「あ、終わりましたー? お疲れっす」


 現場スタッフが後からのこのこやってくる。

 そして、死体の山を確認した。


「はい、業務終了っと。確認できましたー。じゃ、これ、どぞー」

「お、これ、バイト代? 悪いね、まだ、1時間たってないのに」

「いえいえ、夕イミ―さん、手際よくて助かったすよー。また、お願いしますね」

「いやいや、今度はちゃんと知能犯相手の仕事を用意しといてくれんか?」

「いやー、それはちょっと。あはははは」

「わははははは!」


 事件を解決した歩歩歩歩郎、朗らかに笑った。


  ◆


 後日、この事件を振り返った歩歩歩歩郎は感慨深げに語ったという。


「人3人殺して9800円て安くね?」

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