彼女たちの、~epitaph~

北見崇史

第1話

 あの整然として秩序ある街並みは、徹底的に破壊されていた。

 直立している電柱などない。折れて中の鉄筋がむき出しとなり、ちょっと風が吹くだけでコンクリートのカスがボロボロ落ちていた。

 多くのの住宅は焼失し、燃え切らない建材が骸骨のように散乱していた。地面のいたるところが隆起し、時には亀裂が生じ、その穴は地獄の底へと通じている。

 ここに、もはや文明は機能していなかった。生き残ったわずかな人々は、その残滓を日々の糧として、生きていくしかなかった。





 崩れかけたコンビニエンスストアの廃墟付近で、数人の女子たちが身を伏せていた。盛りあがったアスファルトや看板の残骸、廃棄された車の陰に隠れて様子をうかがっている。彼女たちが見つめる先には人がいた。三人の男たちが、もはや原型を留めていない店の中に身を入れて、大声をだしながら内部を物色していた。


 女子の一人が、鳥の鳴き声をまねる。後方から別の女が走り出した。素早いわりに、ほとんど気配を感じさせない動き方だ。二人になって監視を続けている。

「くっそ、あいつら何て言ってるかわかるか」

「ぜんぜん。あたしは日本語さえあやしいんだから、外国語なんてさっぱりさ」

島田友香子(しまだゆかこ)は自嘲気味に笑う。

「アハ、そうだよね」

 新妻千早(にいづまちはや)は、野暮なことを訊ねてしまったと思った。

「つか、遠すぎて、そもそも聞こえないよ」

 二人は、それ以上は近づかない。彼らも周囲には気を配っている。下手に動けば見つかってしまう。

「で、やるの」

「もちろん。あいつらは鼻が利くから、きっと、おいしい物でも見つけたんでしょう」

 島田は後ろを向いた。そして手を開き指でいくつかの記号を示し、最後に自分の目を刺す仕草をする。付近に身を隠している仲間へ合図を送っているのだ。

「姉さん、いいよ」

 準備が整ったことを告げた。間髪入れずに新妻が立ち上がり、大きな声で怒鳴るように言った。

「おい、おまえら、ここは今から私たちのシマだ。ケガをしたくないなら、とっとと消えな」

 乾いた風が吹きつけて、制服のスカートをひらりと揺らした。しばしの沈黙が、その場を支配する。

 三人の男は、なぜか銀紙で全身を覆っていた。外国人は放射能を過剰に気にする傾向がある。もし高濃度の放射能が漂っているのなら、そんなものたいして意味をなさないのだが、彼らにとっては重要なのだ。

 真ん中と右の男が顔を合わせた。短く言葉を交わすと、少しニヤつきながら正面を向いた。

「姉さん、右のやつ、ボーガンもってるよ」

 巨大な看板に身を隠したまま、新妻に注意を促した。後ろに向かって、三つ四つ手振りをした。

「やるのかい」

 島田が持っている武器は日本刀だ。接近戦では威力を発揮するが、相手が飛び道具であれば不利になる。もちろん、勝気な彼女に、そのことを気にする素振りはなかった。

「いいや、むやみに殺生はしないさ。ショボい相手だからね」

 そう言いながらも、新妻はまったく油断することなく男たちを見据えている。彼女自身は解体用の小型ナイフしか持っていないが、不穏な動きを察知したら瞬時に動く気だ。

 島田が再び手振りをした。すると、後方に隠れていた女子の一人が、すーっと立ち上がった。彼女はダットサイト付きのアサルトライフルを構えており、単射で三発ほど撃った。

 銃弾はそれぞれの男たちの足元に突き刺さり、派手に土埃をあげた。ボーガンを発射しようとしていた男は、驚いて跳び上がり、狙いを定めないで引き金を引いてしまった。錆びついた矢は新妻の遥か上空を、ゆるやかな放物線を描きながら飛んでいった。

「オラアー」

 日本刀をこれ見よがしに掲げながら、島田がまっすぐに突っ込んでいった。新妻はナイフを取り出して、右から回り込むように接近する。後方で控えていた女子たちも後に続いた。だたし、アサルトライフルを構えた女子だけが、その場に立ったままだ。

 三人の銀紙男は、悲鳴をあげて逃げていった。銃で狙われているところに、日本刀を振りかざした女が突っ込んでくるのである。間違いなく惨殺されると思ったようだ。

「ちょろいな」

 島田は、得意げに胸をはった。

「友香子、スカートが破けてるよ」

「あ、やっべ。鉄筋に引っ掛けちゃったのか」

 そこらじゅうに転がっているコンクリートの瓦礫からは、錆びた鉄筋がたくさん突き出していた。気をつけていないと、それらに引っ掛けて怪我をしたりすることがある。

「怪我はなさそうだね」

 新妻がしゃがんで彼女の足を一通りまさぐると、ふくらはぎをパンと叩いてから立った。

「大丈夫大丈夫、あたしがケガなんてするわけないじゃん」

「まあ、風邪はひきそうにないけどね」

「ははは」

 二人のもとに、他のメンバーが集まってきた。

「弱っちいやつらだったな。ケツを蹴飛ばしてやりたかたったぜ」

 和弓を持っているのは十文字來未(じゅうもんじくみ)だ。突きぬけた美女であるが、気性が荒く口は相当に悪かった。

「仲間を連れて戻ってくるかもしれないよ」

 次にあらわれたのは森口裕子(もりぐちゆうこ)。口調は普通で性格も温和で優しかった。島田の親友である。

「だったらケツを蹴飛ばして、ケツの穴に、この矢をぶっ刺してるさ」

 十文字の可愛い顔が、サディスティックな笑みを浮かべた。 

「中坊がイキがってるんじゃないってさ」

 最後にやってきたのは鴻上唯だ。軍用アサルトサイトを持つ彼女は、射撃を担当しているライフルマンである。

「なんだとー、てめえ。私はいつまでもガキじゃねえぞ」

 十文字が食ってかかるが、鴻上は相手にしない。アサルトライフルの銃口は下に向けているが、いつでも射撃できる体勢だ。まわりの雑音に気を奪われることなく、油断なく警戒を続けている。 

 そんなストイックな鴻上を、新妻は心強いと感じていた。後方で彼女が目を光らせてくれるおかげで、リーダーである新妻の自由度が増すのだ。

「姉さん、早く片付けないと」

 話し方は落ち着ついているが、森口は急かしていた。

「そうだね。仲間を連れて戻ってくるかもしれないし」

 新妻は見張りとして鴻上と十文字を残して、島田と森口と三人で、崩れかけたコンビニの中へと入っていった。

 二人の歩哨は、仲は良くないが腕と度胸は折り紙付きだ。また、これは建物内を探索する際の、いつもの配置でもあった。

「たいしたものはなさそうだけど」

「ほんとだな」

 三人は、中腰になって窮屈そうに這い進む。

「見て、ナプキンがある。しかも、きれいなままよ」

 封を切っていない新品の生理用品を見つけて、森口がうれしそうに言った。清潔なそれらは、年頃の女子たちにとっては必需品だ。

「あの銀紙ども、ヤロウのくせしてナプキンを探していたのか。ヘンタイか」

 いくら破廉恥な男でも、生理用品目当てだけでうろつかないだろう。必ず価値のあるものがあるはずだと、リーダーは確信していた。

「もっと探して。絶対に何かあるから」

「そんなにナプキンばかりあってもなあ」

 島田はボヤキながらも、瓦礫をかき分けて目ぼしいものを見つけようとしている。

「友香子、あそこを見て」

「あ、なんかあるな」

 横倒しになっている棚と床のすき間の向こうに、カラフルな物品が散らばっていた。さっそく島田が手を伸ばして、二つほど取った。

「これ、缶詰だよ。焼き鳥の缶詰だ。こっちのはウインナーだよ」嬉々として、新妻に見せびらかした。

「棚を動かしてみよう」

 二人は力を合わせて棚を押した。だが、相当に重そうだった。まったく動かないわけではないが、力が物足りない。

「裕子、ナプキンばかり見てないで手伝えよ」

 島田が友人に協力するように促した。ナプキンを愛でていた森口は、ハッとして二人を見た。そして弾かれるように動きだすと、棚に密着した。

「せーの!でいくよ」

 掛け声がかかり、三人が渾身の力を入れる。その甲斐があって、棚は少しだけ動いた。 

「うっほう、缶詰がたくさんあるよ」

「これはラッキーだよ」

「コンビニだから、ツマミ類ばかりね」

 棚の裏側のスペースに、たくさんの缶詰があった。それらのほとんどが焼き鳥やシーチキン、サバ缶といった、コンビニの定番だった。

「桃缶だあ。なぜか、桃缶があるよ」

 桃の缶詰を見つけた島田が、まるで、それが人類の宝であるかのように喜んでいた。

「あっちにも、なにかあるよ」

 桃の缶詰に感動しきりな友人を押しのけて、森口がさらに奥へと前進した。そこには、大量のカップ麺やレトルト食品が散乱していた。

「これは大当たりだね。遠くまで来た甲斐があったさ」

 あえて危険を冒して、縄張りの外までやってきた自分の判断が大当たりだと、新妻の顔もほころんでいた。

「桃缶一つしかないんだよ。姉さん、これ修二にあげてもいいかな。あいつ、桃が大好きなんだよ」

 島田は貴重なそれを、上谷修二(かみやしゅうじ)にあげると言い出した。その顔は女であるよりも母であり、菩薩のようなやさしさで満ちていた。

「好きにしなよ」

「やったあ。あいつ喜ぶよ、すんごい喜ぶとおもうんだ」

 修二に対する島田の気持ちを、新妻は十二分に理解していた。彼女が桃の缶詰を独占したことによる反感をどうやって中和するか、頭の痛いところだが、どうにか誤魔化そうと考えていた。

 三人は、それぞれが背負っている大型のリュックサックに、見つけた食料を詰め始めた。コンビニ内に散乱していた食品はけっこうな量があり、三つのリュックサックだけでは足りなかった。

 森口がいったん外に出て、鴻上と十文字のリュックサックを持ってきた。コンビニに遺棄されていた食品類は、すべてのリュックサックに強引に収納され尽くし、それでもはみ出してしまう分はズタ袋に入れられた。

「なんとか詰め込めたね」

「パンパンだよ」

「ははは」

 女子たちは、お互いの顔を見てニンマリとした。そして、風船のように膨らんだリュックサックとズタ袋を外へと出し始めた。

「千早姉さん、そろそろ引き上げないとヤバそうだよ」

 入り口付近で見張っていた鴻上が、怒鳴るように言った。目線と銃口の一致する先に、いくつかの気配があった。

「ヘンタイどもが、お仲間つれて戻ってきたかな」

「みたいね」

 さっき追い払った銀紙男たちが、仲間を引き連れて戻ってきたようだ。

「人数は」

 新妻が刺すような口調で、鴻上ではなく十文字に訊いた。彼女の目と鼻の良さは折り紙付きである。

「知らね」

 まずは、否定から入るのが十文字の流儀だった。

「たぶん、五人くらいかな」

 しかし、すぐに正確な情報を引き渡した。

 コンビニの前には、ぴったり五人の銀紙男たちが集結していた。不確実な状況判断は、命取りになる。時にアマノジャクな來未ではあったが、命のかかる情報におふざけはなかった。

「なにを持っている?」

「石にボーガン、ナタに釘付きバット、あとはバケツかな。基本、しけた武器しかねえけど、やる気満々みたい。たぶん、先っぽから汁たらしてるよ」

「銃の類は」

「ない」

 リーダーと斥候の会話は、いつものやり取りだった。

「唯」

「はい、千早姉さん」

 鴻上はライフルの照準器で、男たちのリーダーらしき者をポイントしている。いつでも撃ち殺せる状態だ。

「やりますか」

 最終判断をリーダーに任せた。このような事態に遭遇し、いままで血を流さなかったことはなかった。新妻は、ほんの数秒考えてから結論を下した。

「足でいい。左足の太もも少しばかりえぐってやれ。動脈はやるなよ」

「はい」

 その男まで三十メートルほどだ。鴻上の腕なら、指示通りに当てるのは、それほど難しくない距離だ。

「ちっ」

 だが、外してしまった。引き金を絞る瞬間、突風が吹きつけて、鴻上の手元をほんの少し圧したのだ。敵のリーダーは、すぐ横のコンクリ片に銃弾が当たるのを呆然と見つめた後、なぜか女子たちを凝視していた。

「ダボが」

 十文字來未がすかさず矢を射る。ヒュンと空気を切り裂いたそれは、男の足ではなく首の真ん中に命中した。シャバシャバとした血液をたれ流しながら崩れ落ち、すぐに絶命した。それを見ていたほかの四人は、それぞれが首を傾げた後、男の死体にかまわず去っていった。

 銀紙男たちの姿と気配が完全に消えるまで、女子たちは警戒を解かなかった。安全だと確認できた後、新妻は十文字のもとへ行き襟首を締め上げた。

「だれが殺せと言った。殺す必要があったか」

「フンッ。急所を外したって、どうせ傷が化膿して苦しんで死ぬか、破傷風になって苦しんで死ぬか、動けなくなったところを、他のクズどもに嬲り殺しにされるかだ」

 十文字は、ふてぶてしい態度を崩さない。美女なだけに、その憎たらしさも天井を突きぬけていた。

「今度指示に背いたら、タダじゃおかないからな」

 新妻がその言葉通りに行動したことは、過去に何度もあった。こけおどしでないことを、十文字は十二分に承知している。

 秩序が崩壊し人心がヤサグレてしまった世界で、くせのある連中をまとめ上げるには、時として暴力組織の首領のように無慈悲な強権をふるわなければならない時がある。

 彼女たちのリーダーである新妻は、鋼鉄のような意志をもってそれをやりきった。その光景は、見る者の精神を存分に抉った。不遜な態度の十文字も、内心では新妻を怖いと思っていた。 

「鴻上がハズさなければ、私がやることはなかったんだ」

 いまさらになって人のせいにするが、新妻は無視した。彼女の首から手を離すと、他の女子にそれぞれの荷物を持つように言った。チッと地面に唾を吐いて、十文字が自分のリュックサックを背負った。

「千早姉さん、すみませんでした。こんなはずではないのですが、本当にすみません」

 鴻上が謝罪する。自分のミスを、かなり気にしている様子だった。

「気にするな。その89もだいぶガタがきてるだろう。どこかにスカーでもあればいいんだけど」

 新妻は、あえて89式小銃の不具合が原因であると結論づけた。鴻上は実直で気丈な性格だが、いささか気にしすぎる傾向がある。あまり小事にこだわって、彼女の才能を潰したくないと考えていた。

「姉さん、長居は無用だよ」

 そう言って、島田はさっさと歩きだした。

 彼女のウエストポーチは、その収容能力以上のデカブツをのみ込んでいるので、大いに膨らんでいた。上谷修二へのお土産となるそれは、彼女にとっての宝物だ。他の雑多な食料と一緒にするわけにはいかない。

「みんな、行くよ」

 あらためてリーダーが号令をかけた。高校の制服を着た女子たちは、それぞれ大きなリュックサックを背負って、廃墟のコンビニを後にした。

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