人類最強

 ルータからの視線を受けた瞬間。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああっ!」


 ロワはまた悲鳴を上げ、その体から膨大な呪力を放出する。

 彼が以前、暴走したのを止めたような杭は今、天から降ってくることはない。

 膨大な呪力を放ち続けるロワの周りには黒いオーラが荒れ狂い、雷がスパークしている。

 その姿は禍々しいの一言だった。


「何、が……?」


「何なの、これ」


 そんなロワの姿を見て、ガクとアンシアは共に信じられないとばかりの表情でぼそりと言葉を漏らす。

 もはや二人はノーネームを連れてこの場を立ち去っていくデュナミスとシアーの二人に注意を払っていられるよな状態にもなかった。


「ここまで来ればもう隠し立てするようなことはないので言うのだが……二人は知っているか?」


 そんな二人に対して、ルータの方は静かに声をかける。


「血染めの湖畔事件を」


「え、えぇ……」


「俺は当時、あの時の後処理も行ったから知っているが……」


「君たちの知るように、あの事件は私の評価を大きく上げたものだ。街一つへと牙を剥いた魔族の最高幹部と私が戦

い、勝利した戦い……だが、その際に街は戦闘に巻き込まれ、一つの街は真っ赤に染まった湖へと変わった」


 文字通りに、街が湖となったのだ。

 街があった場所にはクレーターが出来、そのクレーターには人の血と雨の混ざった赤き水が貯まった。


「そう、だよね。ルータ先生はあの事件より、魔族の最高幹部を単独で撃破してみせたことから」


「だが、その事実は違う」


「えっ……?」


「何だと?」


「あそこはただの街じゃなかった。人類の希望を作る。その理念の元、人体実験の果てに魔族を打ち滅ぼせるような強者を作ることを至上命題としていた。そうして、数多の子供たちがその街の中で用意され、惨たらしい実験を常に繰り替えていた……例を挙げるなら、炎で燃やし続ければ炎への耐性を持った子になるのではないか。という滑稽なものもあったよ」


「はっ?」


「……っ」


 ルータの口から語られた事実を前に、ガクとアンシアの二人は表情を強張らせる。


「そして、その街が産みだした完成作こそ、目の前にいるロワだとも」


「ロワくんがっ!?」


「……なるほど」


「そして、最高幹部を撃退したのも他ならぬロワだ。魔族の最高幹部はね、自分たちのとって脅威になるであろう芽をつぶしておくため、街を襲撃したんだ。だが、それはすべてが遅かった。既にロワという完成品がそこにいて……ただ、彼はまだ調整が完ぺきに施されたわけじゃなかった。ロワは暴走したんだよ、私たちの前にあるように」


「「……」」


 ロワが暴走した。


「あ、あぁぁぁぁぁ」


 それは、目の前にいるロワが苦悶の表情を浮かべながら、今も声を枯らしながら声を上げ、その呪力を荒ぶらせていることから見ても容易にわかる。


「私が駆けつけてきたときにはすべてが終わっていた。魔族の最高幹部はロワの手で殺され、街も破壊し尽されていた。血染めの湖畔は、私が現場についたときには出来上がっていた」


「「……」」


「彼はね、悔やんでいるんだよ。自分に対して惨たらしい実験を行っていた研究所を、街を自分の手で破壊したことを。あの子にとって、惨たらしい実験の数々などは、生まれた時より続く日常でしかなかったから」


「そ、そんなものっ!?」


「あの子の破滅願望はここだ。また、自分が暴走して、誰かを殺してしまうかもしれない。その恐怖が彼を縛っているんだ。故に、誰とも接することなく、ただただ死ぬことを望む。ロワはね、自分が何かを出来るようになることを酷く嫌うんだ。自分が出来るようになればなるほど、自分が暴走した時に被害が大きくなると思っているからね」


「……」


 アンシアは絶句する。

 自分のこれまでの行動も顧みながら。


「……」


 ガクは後悔する。

 一人の大人として、ロワの内面にあった闇へと向き合わなかったことを。


「さぁ、二人とも下がっていてくれ。そんな傲慢な考え方を持っているロワを軽くお仕置きしてくるから……あいつに、また教えてこよう。ロワが些末な技術を持とうが、どうあっても私に勝てないことを。あの場でね、私がやったのはロワの暴走を止めたことなんだよ」


 ルータが手を叩く。

 それだけで加護は発動され、ガクとアンシアの体はここから見える支部の内部へと移され、そのままその支部自体が空間ごと隔離される。

 その瞬間。


「……」


 ロワの表情から苦悶の色が消え、ただ静かに、ルータを眺める。


「待たせたな。では、やろうか」


 そして、ルータが戦闘態勢に入ったその瞬間。

 ロワの口から巨大な赤黒く、禍々しい腕が飛び出し、ルータの方へと迫っていく。


「無駄」


 それをただ触れるだけで異界へと消し去ったルータは転移でロワとの距離を詰め、彼の腹へと手を振れる。


「……ちぃ」


 ルータが触れたその瞬間。

 ロワの体は消し飛ぶわけだが、それで彼が死ぬわけではない。

 首だけとなったロワの頭から、胴体の代わりに禍々しい触手やら手やらがあふれ出して、そのすべてがルータの方に迫っていく。

 その一つ一つが、強力な毒素を有しており、ただ地面に掠るだけで地面を腐食させてこなごなにする。

 それらをすべて、ルータは空間を削り取ることで無効化していく。


「さてはて、どうしたものか」


 ロワの攻略は簡単じゃない。

 そもそもとして不死なのだ。攻略のしようがないともいえる。

 ロワはその不死性を活かし、永遠にブンブン毒をもった体を振り回すだけで勝利出来る。

 現に、そうやって魔族の最高幹部をロワは殺している。街を覆い隠すほどのそれで容易に圧殺したのだ。


「周りに被害を出すわけにもいかないな」


 今回も、その時のように、大量に首から膨大な量の禍々しい肉体を吐き出し続けるロワに対して、ルータは彼の周りの空間そのものを隔離することで押しとどめる。


「ァァァァァァァアアアアアアアアアアアア」


 閉ざされた空間。

 自身が膨張出来ない体に閉じ込められるロワは咆哮をあげながら、体を振り回る。

 だが、それによってルータが隔離した空間を破壊出来るわけじゃない。


「ほぉれ」


 そして、完全に動きを止められたロワへと一切の迷いなくルータは一つの技を叩き込む。

 それは実にシンプルな攻撃。

 自分で小さな、この世界に存在しない空間を作り出し、それを放出。

 迫りくる空間、そのものに対して出来ることなどあるわけもない。

 ロワは空間にひき潰されるような形で、その体をすべて、この世界から消失させる。

 完全に肉体が消失しても、ロワはまだ死なない。

 ゆっくりとまた、再生し始めようと蠢き始める。


「上がれ」


 それを前にするルータは自分でロワの周りを囲った空間を、その中の次元を上げる。

 三次元から四次元へ。

 次元を上げる対象はロワ……じゃなく、その中にある膨大な力だけである。


「いっちょあがり」


 肉体をゼロからの再生の途中。

 脆弱な姿を晒している中で、次元を一つ上げるというよくわからない反則じみた効果に対抗できるはずもなく、ロワを暴走させている力だけが四次元へと消えていく。


「すぅ……」


 そして、最後に残るのはただのロワだけ……。

 とはいえ、すぐに四次元へと消えていった力もすぐに回復してロワの中に残っているのだが……それでも、彼の暴走を止めることは出来たのだった。

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