起床

 ロワが蜘蛛の魔物に対して、暴走を始めたのを起点として、これまで停滞していた世界は急速に動き始める。


「ヒヒヒ……」


 人類と魔族。

 その争いは長らく停滞し続けていた。

 ただただ終わりの見えない争いを続けているだけ。

 そんな中で。


「良いね、良いね、良いね……っ!」


 その戦争を終わらせようと動いている者たちもいるのだ。


「世界は順調に動いているぅぅぅぅぅ、我が計画にくるいはなし!器は成熟し続け、中身も育っている。このままいけば、終わりに近づいていく!あぁぁぁぁぁぁぁ、良い、良い。実に良いっ!」


 遥か地下。

 戦乱の続く地上からひっそりと隠れるように地下へと潜っている者たち、そのうちの一人であるやせ細った白衣姿の男が奇声を上げる。

 そんな男の視線に映るのは二つの水晶である。

 一つの水晶には黒の髪と虹色の瞳を持った少年が、そして、もう一つの水晶にはすべてが覆い隠されている人物が映っていた。


「……はて?なれば、なれば、なれば、なれば。我々の手を阻む者はいるだろうか?何奴が、どんな要素が我らの前に立ちふさがる可能性があるか。はて、はて、はて」


 そんな奇声を上げる男は先ほどまでのハイテンションからは一転。

 急にテンションを鎮めて、思考の沼へと落ちていく。


「戻った」


 そんな男がいる部屋に、また一人の人物がやってくる。


「おほーっ、待っておりましたぞ、我がボスっ!」


 その人物を見た瞬間、奇声を上げる男は再び、そのテンションをあげていくのだった。


 ■■■■■


 僕が生まれて始めた見た景色。

 それは真っ白な天井に、壁、床だった。


「よくやった、よくやった、お前は自慢の息子だっ!」


「ロワ!ロワ!私がお母さんだよ!ようやく抱きしめてあげられるねっ!」


 そんな真っ白な空間の中で数年ほど生きた後、僕は自分が生きていた世界から出ることが許されて、自分の両親を名乗る男女の二人に迎え入れられた。

 そんな僕は二人から優しく抱擁されたのを覚えている。


「……んっ」


 初めて会った他人。

 人の温もり。

 それは僕にとって実に大きかった。

 だけど。


「……あ、あぁぁぁ」


 その温かさは、別のものへと変わってしまった。


 ……。


 …………。


「う、うぅん……」


 どれくらい眠っていただろうか。

 僕は闇の底へと鎮めていた自分の意識をゆっくりと浮上させながら、自分の体を起こしていく。

 

「あー……」


 まだ寝ぼける頭でぼーっとしていた中。


『僕は我、我は僕。我を忘れるな』


「うっ……」

 

 自分の中から一つの声が響いてきて頭を押さえる。


「クソっ」


 そして、そのまま頭を振る僕はその頭の中に響いてきた声をかき消していく。


「ここは、何処だ」


 そんな中で僕は自分の周りを見渡して、ここが何処かを確認していく。

 起きた時にまず見たのは古びた木の天井。

 床や壁も、同じく年季の入った古びたものたち。

 だが、そんな中でも自分が寝かされていたベッドだけは新しい綺麗なもので、また、この部屋に置かれている自分が寝ているもの以外の数台のベッドも同じく綺麗なものだった。


「……医務室?」


 そんな部屋が何か、僕は一つの当たりをつける。

 ベッド以外にも、包帯であったりがこの部屋の中にある机へと置かれていることから医務室であることは間違いないと思う。

 

「……」


 そんな中で、ベッドの上に寝かされている僕は自分の体の調子を確認する。

 確か、僕は蜘蛛の魔物と戦うために自分の中にいるものを開放して……それで、気を失ったんだったか。

 僕が自分の状況を確認していた中、急にこの部屋の扉が開かれる。


「あっ、起きたの?」


 扉を開けて部屋の中に入ってきたのはアンシアだった。


「大丈夫?体調の方は……一日くらい眠っていたけど」


「うん、まぁ、大丈夫だよ」


 僕はアンシアの言葉に頷く。

 自分の体調を崩したことはほとんどない。心配されることはないかな。


「ごめんね、心配かけて」


「いやいやっ!そんなことはないから安心してっ!……それよりも、私の方こそごめんね?」


「何が?」


「ほら、私……ロワくんを傷つけるようなことを言っちゃって」


「……?」


 そんなこと、あったっけ?


「ほら、ロワくんが蜘蛛の魔物を倒すよりも前の話。私の言葉を受けて、ロワくんが……感情的になっちゃったとき。私の言葉が、傷つけちゃったかも、って」


「あぁ……あれは、僕の方がごめん。急に癇癪を起こしちゃって」


 僕はちょっと生まれが特殊なのだ。

 やろうと思えば、僕は大抵のことが出来てしまう。

 でも、何か出来るようになったところで、僕がそれを出来るようになって良かったと思うことは結局なかった……その経験が自分の中でちょっとばかり大きすぎたのだ。

 だから、ちょっとだけ、『やる前から諦めてどうするの?』という言葉に過剰反応しちゃった……僕が、やろうとすれば……ッ。


「……あと、あの僕の暴走についてだけど」


「いや、あれは気にしないよ。私を助けてくれてありがとねっ!」


「……ッ」


 そして、自分の暴走について謝罪しようとした僕であるが、それよりも前にアンシアから笑顔でお礼を言われてしまい、思わず口を閉ざす。


「それでさ、これからのことなんだけど……ルータ先生からはロワくんの面倒を見てもらうように頼まれているんだよね。戦う力を磨いてほしいって」


「……そう、なんだ」


 僕はアンシアの言葉に何とも言えない気持ちを抱きながら頷く。


「それで、なんだけど……もう動いても大丈夫?今日は休憩しておく?」


「いや、大丈夫だよ。僕の体は頑丈だから」


 それでも、僕はアンシアの言葉に頷き、ゆっくりと立ち上がるのだった。

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