#6 峰賀澄 梅香 (1)
遅かったですね、来里原 悠太様。
えぇ勿論。
この梅香は貴方様を待っておりました。ほらこの通り。お茶の準備も済ませていますから。
将矢、ほら将矢。悠太様がいらしたから、お茶を淹れて頂戴。
知っていますよ悠太様。色々な方に、昨晩の宴の頃。蔵で何かを見たか聞いているのでしょう。
なぜ知っているか、って?
愚問ですね悠太様。梅香は峰賀澄の人間です。それ以上の説明が必要ですか。
よもや、お忘れではありませんね? 峰賀澄の血筋の女には鬼殺しの神通力があるというお話。
ええ、鬼殺しの伝説。
正確には、峰賀澄の乙女は鬼殺しの神通力を持って生まれたが故に鬼に目をつけられ、襲ってきた鬼を返り討ちにしたという伝承です。
……信じられませんか? 今のこの時代に非科学的? 悠太様。そうやって頭ごなしに否定することこそ、科学的ではないのでは?
ああ、ありがとう将矢。
さ、紅茶をどうぞ。
遠慮なさらず。せっかく、悠太様がお好きな銘柄にしたのですから。冷めますよ?
美味しい?
それはよかったです。
覚えのある味? それはそうでしょう。悠太様が普段飲まれている茶葉と同じ茶葉を取り寄せていますから。
あら。何を驚くのです。……何故分かるのか、って?
まだ峰賀澄の女の眼力を信じていないのですか?
いいでしょう。いずれ分かることですから。
本題に参りましょう。
悠太様が本日ここに来たのは、疑問が解決できないからなのでしょう。
蔵で見つかったのは、琥太郎おじさまの遺体。金づちで殴り殺された無残な死体。
でも、違うのでしょう。 死体は、それだけでは足りない。
だって。
悠太様が殺したのは、琥太郎おじさまと桜子姉様の二人の筈ですものね。
だから、見つかった死体が足りない。悠太様はそれで、焦って死体の在処を探している。桜子姉様の死体を。
何故分かるのか? 悠太様。愚問をどれだけ重ねるのです。言ったでしょう。峰賀澄の女には鬼殺しの神通力があると。
他の人間達とは違うのです。
……黙ってしまうのですね。ならば梅香が勝手に話しましょう。
まず、悠太様と桜子姉様が付き合っていたこと。
これは、眼力など使わなくても知っておりました。うまく隠そうとしていたようですけれど、梅香にはバレておりました。
初デートがイルミネーションとは、ベタの極みですけれどね。桜子お姉様の趣味は、梅香には全く理解できません。
とはいえ、桜子姉様が幸せであれば、梅香はそれで良いのです。そう思って見守っていました。
ですが桜子姉様には、お父様によって婚約者があてがわれた。しかも、どう考えても桜子姉様はビジネスの道具にされている。なのに、桜子姉様はそれをすんなり受け入れた。
ええ、そうでしょうね。
悠太様からすれば腸が煮えくり返る思いだったのでしょうね。何一つ説明の無いままの、婚約の内定。
ですが梅香に言わせてもらえば、ですが。梅香は桜子姉様を敬愛していますけれども、桜子姉様も説明不足だったとは思います。
そもそも、あれは破棄前提の婚約だったわけですから。
……ふぅ。
やはり、悠太様はご存じありませんでしたか。
ま、でしょうね。あらかじめ知っていたら、こんな状況にはならなかったのですから。梅香は桜子姉様のああいう、相手を慮るあまり説明を飲み込む所が至極嫌いです。
ええ、そう。
あの晴山の御曹司に言い寄られ、桜子姉様は父様と沢山沢山お話し合いをされ、仮初めの婚約をしたのです。
表向き、色々と隠してはおりましたけど。
実は峰賀澄の事業は、晴山の婚約を受け入れなければかなり危うい、という状況でしたから。
ですが。婚約を受け入れることと、かといってその後結婚に進むことはフェーズが違います。そうでしょう?
ああほら将矢。
そろそろ頃合いです。先日買ってきたお塩のクッキーを持ってきて頂戴。
失礼しました。梅香はまず紅茶をしっかり丹念に味わってからお菓子を頂きたいのです。最初からお菓子があっては紅茶に集中できないでしょう?
それはいいとして。
一時は危うかった峰賀澄の事業ですが、琥太郎叔父さまの裏での画策により、無事に米田社とも雷王産業とも新しい事業の契約締結の方向に向かっているみたいです。
ですから、万事よき筈だったのです。分かりますか、悠太様。
つまり桜子姉様は一旦晴山の婚約を受け入れた後、晴山の方から婚約を解消するように仕向けるつもりだったのです。
あの御曹司に、結婚を断念させるほどに自分を幻滅させるという事ですね。
実際は、蔵の中で琥太郎叔父さまが桜子姉様を抱きしめ、二人きりの笑顔で親密にしているところを見ただけで、晴山の御曹司は「不潔な女」と逃げ出してしまったようですけど。
ええ、そう。叔父と姪の不適切な関係性を見た程度で逃げ出す器と分かっていたなら、話はここまでこじれなかったでしょう。
え? 琥太郎叔父さまと桜子姉様の不適切なご関係。それも梅香は知っていたのか、って?
悠太様、本当に温室育ちというか……何も桜子姉様から聞いていなかったのですね。
桜子姉様はよほど貴方に後ろ暗いところを見せたくなかったのかしら。
桜子姉様の本当のお父様は、琥太郎叔父さまです。
この際言ってしまうなら、梅香の本当の両親も、峰賀澄の血筋は引けども違います。もちろん花恋ちゃんもです。
現当主——梅香たちの名義上のお父様は、子ができない御身体でした。けれど、家と事業を守るためには名義上の子供を持つ事が大事と考えた。
だから、峰賀澄の血筋の親類の子供を秘密裡に養子にしたのです。もちろん、多額のお金で口止めした上でですけれど。
悠太様、ようやく分かってきましたか? ええ、お察しの通り、問題はここからですね。
順序はこうかしら。あの晴山の御曹司が青い顔で蔵の方から逃げ出して来た。そしてそれを不審に思った悠太様もまた、蔵を小窓から覗き見る。
するとそこで、琥太郎叔父さまと桜子姉様が肩を寄せ抱き合って耳打ちでヒソヒソと親しく内緒話をしている所を目撃した。
事情を知っている梅香からすれば、晴山の御曹司と婚約内定という一芝居を打たせた娘を――それも、表向きはただの姪という立場の娘を――ねぎらっていたのだと思いますが。
悠太様の目線から見れば、突然自分を捨てて御曹司と婚約し、あまつさえ叔父と密やかに密会している不潔な女に見えた。そうでしょう?
悠太様は、逆上して二人を殺害した。
琥太郎叔父さまは金づちで。桜子姉様は手で首を絞めた。金づちは、蔵の中にあったものをそのまま使ったのですね。
すべて衝動的だったのでしょう?
それで気がついたら、貴方の目の前には二つの遺体。
なのに、花恋ちゃんがかくれんぼの為に蔵に入ってきてしまった。
幸か不幸か。花恋ちゃんは1番目のお部屋にじっと隠れてしまっている。そして蔵の出入り口はそこしかない。
悠太様はその時、蔵の2番目のお部屋で遺体と共にあった。1番目のお部屋の花恋ちゃんには気づかれていない。でももしかしたら、花恋ちゃんが奥まで入ってくる事もあり得る。
それで、悠太様は蔵から出るに出れなくなってしまった。
しかも、悠太様には以前から決められていた親族の若手代表の挨拶の役割があった。
宴会の後半、その時間が近づいてきていたのでしょう?
挨拶の時になって、もし悠太様が不在だとバレたら。流石にあれほど人数の多い宴の夜でも、挨拶の役割があったのに悠太様がそれを無断で放棄し姿を見せなかった事が沢山の出席者の記憶に残ってしまう。
だから悠太さまは、仕方なく、遺体はそのままにして蔵の小さな窓からどうにか無理やり脱出した。
いくら無計画な犯罪とはいえ、後から戻って強盗のせいにするとかそれぐらいの細工はしようと思っていたのでしょう? 琥太郎叔父様のお財布からは、現金とカードを抜いたのですから。
ですが悠太様の目論見はまたも外れる。親戚の若手代表の挨拶の後、参加者の方々に絡まれて飲み潰され、前後不覚のまま寝入ってしまった。
そして今朝。琥太郎おじさまのご遺体が発見された。
なのに、桜子お姉様のご遺体が、見つかった様子が無い。
悠太様ご自身が理由をつけて蔵に入ってみたけれど、遺体は琥太郎おじさまのものしかなかった。
だから。
ずっと、探されていたんでしょう?
桜子お姉様のご遺体を。
ええ不思議でしょうね。
誰も、桜子お姉様が居なくなったことは気づいてはいても、そもそも亡くなったなんて夢にも思っていない。
でも悠太様は知っている。だってご自身の手で殺害されたんだから。なのにご遺体が無い。
それでは、悠太様。
桜子お姉様のご遺体は、この屋敷のどこにあると思います?
<続>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます