#4 三学期




「岩沼ちはるがかわいい」



 三学期になって以降、目下クラスで話題である。


 あまり人とつるまない性格とみな理解していたので、これまで積極的に絡む者はいなかったのだけれど……


 三学期に入って迎えたある日の調理実習で、彼女がホワイトシチューを熟練の技(※彼女にしかできない火加減)でブラウンシチューに変貌させてしまったのを境に、彼女の周りにはクラスメイトが集まるようになっていった。ネタができたと思ったんだな。


 おなじぼっちだと思ってたのに、実はみんなちはると仲良くなりたかったんだなぁ……。


 ちなみに家庭科室はその後二日間使用禁止となった。今もほんの少し、焦げ臭い。



「にとり、そこ通っていい?」

 しみじみしてたら先生の通行を妨害してた。


「かとり、これ頼める?」


 アイデンティティってなんだろう? 教えてエリクソン先生。


 軽く泣きたくなってたら、


「悠太! 購買いこー♪」、とちはるがぱたぱたと走ってくる。なにこのかわいい生き物。


「コピー用紙運ぶの頼まれてさ」

「じゃぁ、あたしも持つ!」


 ペーパーレスのご時世だけど、こういうイベントはあっていい。



 印刷室まで運んだあと、ちはるはそっ……と入口を閉めて。


「――よしよし」

 頭をなでてきた。ママかな?

 でも……なんだか心地がいい。


「名前間違われたくらいでめそめそしないの」

 ……そうだな。小学校の林間学校で点呼から漏れて自然の家に置き去りにされた時に比べたらマシだよな。


「あたしは間違えないよ」

 それはそうだろ。

「――悠太への気持ち」

「はいはい……」――え?

「悠太はさ。あたしのこと、カノジョにしたいって思う?」

 閉じられた空間。

 早まる鼓動の音が脳内に響いて。


「――なんてね、ごめん! さすがにズルいや、今のなし!」

 ぱん、と胸の前で手を合わせると、

 ちはるは開けたドアからするりと出ていった。


 積み終えたのを確認して廊下で顔を合わせると、

 ちはるはてれてれと頬を掻いて――こちらを向く。

「……間違わないって、約束する。だから、待ってて?」

「……おう」

 俺は頷き返すと、ちはるは『にっ』と微笑んで歩き始めた。


「お礼におごるぞ」

「牛乳がいい!」

「やけに控えめだな?」

「悠太のミルクがほしいんだもん♪ ――濃いやつ、いっぱいちょうだい?」


 乳脂肪分3.8パーセントのやつをあげたら、ちゅーちゅー美味しそうに飲んでいた。


「またここが育ってしまうにゃぁ……」

 たゆんたゆんしてるのを――俺は見ぬふりをした。



     *


 放課後。

「ちはるん、カラオケ行かない?」

「からおけ」

 女子グループ三人に声をかけられて、ちはるは真顔で返す。

 いや彼女たちびびってるから。『からおけとはあれか? 夜な夜なパリピたちが繰り出す歌声喫茶のことか?』って心の声が滲み出てるから。


「あー……あたし歌とか歌えんし」

 頭を掻きながらぼんやりと応えるちはる。

 誘った彼女は「ぁ、あはー」と困ったように微笑んで『そだねー』的リアクションを返した。……おいおいダメじゃん。『そっかー、また今度ね!』で永遠に呼ばれんくなるぞ。


 その雰囲気に、となりのギャルちっくな子が会話のバトンをつなぐ。

「じゃ、じゃぁさ、チハルちゃんが行きやすいところにしよーよ♪ チハルちゃんはどんなん好きなん?」

「あたしか? うーん……そうだな……」

「うんうん」

「――ラノベとか漫画とか。アニメも観るぞ。最近は『lonelyざろっく!』の劇場版がお気に入りで、ミナミちゃんのラバーキーホルダーがここに……」

 早口でまくしたてるちはる。

 途中で気付いたのか「ぁ、」と固まって、

「、、ぁー、ぁはは、ちはるんはヲタクさんなんだね?」

 最初に話しかけたロングの子がうまいことフォローして場を収めた。さすが陽キャ、見事な連携である。


 ここで三人目のゆるふわ女子が会話に乗っかる。

「、で、でもでもぉ! ウチも『ぼちろ』好きだよ♪ ウチはひかりちゃん派!」


 瞬間、ちはるの瞳に一筋の光。


千遊ちゆちゃんも『ぼちろ』好きなのか!? ねね、左右はどっち派? あたしは絶対みなひかだと思うんだけど(きらきら)」


「ふぇ!? ぇ、あぅぅ……」

 ――千遊ちゃんがフリーズした。


 お前マジやっちまってんぞおい。


 ほかの二人もどう反応すればいいかわかんない顔してんじゃねぇか。

 ……しょうがねぇ。そろそろ助け舟と行きますか(――颯爽と立ち上がる)



「――ちはる、お前が何を好きでも構わないけどな……」

「な、なんか出た!?」

「えーと誰だっけ?」

「そ、そんなひどいこと言ったら失礼でしょぉ!? ごめんね羽鳥くん?」


 ――想像以上の波状攻撃に俺は泣きたくなった。

 ロングが白石しろいし亜子あこさん、ギャルちっくが若林わかばやし芽依香めいかさん、ゆるふわなのが涌谷わくや千遊ちゆさん。こちとら一人で三人覚えてんだから、三人で一人くらいどうにか覚えてもらえませんかね?(泣)


「ぎゃぷーっww悠太ヘコむなってww」

「人が心配して来てみりゃなんだその態度わ!?」

 空手チョップを落とせば、ちはるは激怒した。

「倍返しだ!」「ネタが古い!」

 なんて言ってるそばから、体勢を立て直すとがしっと俺をホールドし、

 ――「うぉりゃ!」と関節を極めてきた。

 どこで覚えた、このコブラツイスト!?


「ちょちょちょ痛い痛いだだだだだだだ!」

 俺は必死に彼女にタップ。

 色々と当たってる。――おいしい、いやそんなことはつゆほども思ってない、本当に。

「ふーんだ、『当たってる』とか思ってるくせに!」

「心を読むな!」

 いかん、俺の悲鳴でこちらに注目が集まってる。

「ひとりくん何してんだろ?」っておいそこ聞こえてんぞ。俺の小二のときのあだ名ひとりくんだったの、忘れてたのに思い出しちゃったじゃねぇかよ。


「……ぷっ、あははっ! ちはるんとはとりんチョー仲良しじゃん!」

「え、もしかして付き合ってたり!?」

「うそぉ!? そうなの羽鳥くん!?」

 陽キャ三人が食い付いて瞳をキラキラさせていた。いや助けろし、すみません助けてくださいだだだだだッ、ちはるお前いい加減にしろよ!???


 しかし、瞬間ぱっと。

 コブラツイストの技を解くと、――ちはるはそのまま抱きついて。


「は……?」


 体勢も思考もふらついていた俺は、瞠目して固まる。

 すぐ横の三人も息を呑んで。

 すぅ、と瞳を細めたちはるは、どこか言葉を選ぶように――ぽつりと思いを、紡ぎ出す。


「――大好き、かな?」

「…………へ?」

 え、


 いやいや、ちはる、正直すぎ。

 感情表現不器用かよ。


 なんて戸惑ってる間、

 俺たちの間には、静寂が舞い降りて。



「「「――――キャーーーーーーーーーー!!!!!!♡♡♡」」」



 直後、人数×2のエクスクラメーションマークと×1のはぁとの黄色い歓声が響いた。



「あーしらに隠れてらぶらぶしてるカップルがいたとは!」

「これは根掘り葉掘りするしかないっしょ!!」

「とゆーわけで強制連行だよ☆ ちぃちゃんも羽鳥くんもれっつごー☆」

「な、あ、あたしは――!?」

「ちょ、こらちはる! 俺だけでも離せぇえええ!」


 こうして陽キャ女子三人に連れ出された俺たちは……なんやかんやあって『あーしらにナイショで付き合ってるらぶらぶカップル』認定をされてしまったのであった。


――――――――

――……


「ちはるんもなんか歌いなよ?♪」

「えぇ……じゃぁ、」

 カラオケルームでちはるは、何か歌詞を口ずさみながら曲のタイトルを探す。

「昔の歌だけど」

「いいじゃん! 歌って歌って♪」

 彼女が歌い上げると、亜子さんたち三人は「ひゅーひゅー!」と声援を送っていた。

 借りてきた猫状態のちはる。でもちょっとだけ嬉しそうだ。


「やーかぁいいねーちはるん♪」

 眼福とばかり亜子さんがしみじみ呟けば、

「二人とも赤くなって、さくらんぼみたい」

「――、なことないわ!」

「――、なことないし!」

 芽依香さんが告げた悪戯っぽい一言に、俺とちはるは――やけに必死に、否定の言葉を返す。


「ちぃちゃんも羽鳥くんも早く付き合っちゃえばいいのに……――ッ、!?」

 千遊さんが何かつぶやいたところで、亜子さんと芽依香さんはさっと口元を押さえる。


「ダメだよちゆ、」

「てぇてぇのを見守るのが楽しいの……♪」


 BGMにかき消された聞こえなかったけど。

 なんとなく俺たちの話をしてたかな? って雰囲気が伝わってきて。


「……とりあえず学校では大人しくしとくか?」

「……だね」


 そんな相談をした次の日、俺は努めて冷静に、ちはると挨拶を交わした。



     *


「おはよう、岩沼さん」

「ぁ、おっはよー悠太〜! ……くん。 ほら、ネクタイ曲がってるわよ? ちゃんとしなさい」


 ぴし、とネクタイを直される。

 うっすら赤くなってるのが、なんだか微笑ましかった。




 ⭐︎アコちゃんと聞くとブルースワローが浮かんできます。

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