第六章 誘惑
第1話
佐々山さんが殺された日から一週間経った。会社の前で起きた事件が嘘だったかのように平凡な毎日が過ぎていく。
けれど、朋美と佐伯さん以外の社員は相変わらず話しかけてこない。
それでも、かまわないと思った。話しかけてこないと言うことは、嫌味などを言われなくてすむからだ。
「中原君」
黙々と仕事をこなしていると、部長に呼び出された。また嫌味を言われるのではないか、そう思うと胃が痛む。
私は部長のデスクの前まで行き口を開く。
「何でしょうか?」
と私が訊くと、部長は辺りをキョロキョロと見渡して、
「君にお客が来ているそうだから、直ぐに玄関ホールへ行きなさい」
「でも、仕事が──」
「行きなさい」
まるで、出て行けと言わんばかりの口調で部長は部屋の出入り口を指差す。
視線を感じて振り向くと、部屋の中にいる男性達の視線を一気に集めていた。出て行け、と彼らの目もそう言っている。
「……はい」
私は小さく返事をして部屋から出た。
また岩島さんだろうか。会社に訪ねて来る人といえば彼しかいない。
岩島さんのおかげで私の居場所はどんどん無くなっていく。その事が腹立たしくて、私は握り拳を作った。
それでも、岩島さんのことが嫌いになれない。私はまだあの日見た夜景に惑われているのだろうか。
エレベーターホールに着くと、下りるボタンを押した。
すると、すぐにエレベーターが下りてくる。そして、私が居る階で止まると、エレベーターの扉が開いた。
エレベーターの中に人はいない。私はエレベーターに乗り込み一階のボタンを押した。
エレベーターの扉が閉まり、エレベーターが下降していく。やがて一階に着き、エレベーターの扉が開いた。
「……あれ?」
玄関ホールに着いたが、岩島さんの姿はない。不思議に思って辺りを見渡していると、
「中原さんでしょうか?」
と誰かが話しかけてきた。そちらを見れば、眼鏡を掛けた男性が立っていた。白いスーツを着たその男性は間違いなく浦原さんだ。
「そうですけど……」
浦原さんが訪ねてきた理由が分からない。なぜなら、彼と会ったのは佐々山さんの件の時のみ。
だから、訪ねて来られる理由がないはずだ。
「お忙しい所すみません。どうしても話しておきたいことがありましたのでお訪ねしました」
「はあ?」
「今、お時間ありますか?」
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