紙媒体と猫使い 魔法文学科国文専攻
今井 夜彦
第1話 イチョウ通りの街
その街はイチョウ並木で有名だという話だった。「小さいころ」祖母の言葉を思い出す。「季節になると近所の人が銀杏を競って拾い集めたものだ」と。祖母自身はその独特な匂いが苦手であまり好きではなかったが、祖母の父(曽祖父)の好物だったとか。
今、駅前に立って眺めると広い通りに沿ってイチョウの木がかなり先の方まで続いている。路は真っ直ぐ伸びて、さっき降車したのとは違う鉄道の駅に突き当たるのだが、美冬の行き先である女子高はその手前にある。
いちょう通りとはいえ、いかにも日本らしく、そこここに桜も植わっていたが、もうほとんど葉桜だった。 国文学、特に和歌において「花」といえばそれは桜のこと。ただし古代には「梅」を意味したこともあった、というのも祖母に聞いたのか、何かの本で読んだのか。読書好きはその血を引いたらしい。専用の革カバーをかけた文庫本をポケットの中で触りながら、美冬は思う。そっちだけならよかったのに。小さくため息をついた。
「だめだめ」
うつむきそうになる自分を拒むように軽く頭を振ると、ボブカットの中に一房ブルーの髪が閃いてみえる。
「自分で決めたんだから」
西都女子高等学校の受付には担任だというおねえさん(っていう感じの人)が待っていて、そのまま教室に連れていかれ、いきなりクラスで紹介された。転校慣れした美冬もちょっと驚いたが、生徒の方は特に騒ぐでもなく(反応が薄いな)と思っていると右隣の席の茶髪の子が気さくに話かけてきた。
「転校生にリアクションが低くて驚いたでしょ」
左隣の背の高い、やや眠そうな目をした子が続ける。
「知らんかもだけど、ウチの高校、転校生が多いのよ。帰国とかの編入も積極的に受け入れてるし」
前の席の小さくてかわいい感じの子が振り返って付け加える。
「だから、あんまりチヤホヤされないけど、あきらめてね」
「はあ」
「でも、噂ぐらいはきいてるよ。今度の転校生は魔女の孫だって」
いつのまにか周りの生徒が集まってきている。
まあまあ美人のクラス担任(伊坂先生)もニコニコしながら黙って話を聞いている。HRの時間だったのだろうが、自由放任ということらしい。
でも、嫌な感じはしない。田舎は悪いところではなかったけれど、気を使われている空気がつねにあったし、両親について回った数か所の地方都市も似たようなものだった。こんなに魔法が一般化していても、特殊魔法の持ち主はやはり、普通の人とは違うと思われている。
「うちにはギフテッドも何人かいるけど、さすがに飛び級で特待生で魔女の孫は盛り込みすぎだね」
茶髪の子がそう言って笑うのと重なって、休憩時間のチャイムが鳴った。
結局、クラスのほとんどの生徒が、学校帰りにファミレスについてきて話の続きをすることになった。20人いるなかで、部活がどうしてもはずせない4人が離脱したが、デバイスのMEETSで実況することになったらしい。
「サチコ残念がってたよ。すごく楽しみにしてたから。うちら、一年って言っても小中高と一貫みたいな学校だから、中堅どころで、部活でも自由が利かないわけでもないんだけどな。サチコ、福キャプテンだから。バスケの」
茶髪の村上リコ(という名前だった)がいう。
それぞれに飲み物とセットのケーキをさんざん迷って全員が決めた。
シフォンケーキ/ダミエ/シュークリーム/季節の果実のコンポートetc 。
ゆるふわミディアムのちいさくてかわいい子(万里小路レイ。すごい名前マデノコウジと読むらしい)の表現によれば
「ファミレスの域をこえたケーキのラインナップ!」だそう。
ノッポの眠たげな目の子(こっちは山川サクラというジャパネスクな名前で黒髪セミロング)は、「さて」という調子で最前の話題を再開した。
「じゃあ、飛び級の特待生で、田舎者で、魔女の孫の話を聞かせてもらおうか」
「いま、何気にディスりを混入させてきたでしょ」
美冬が頬を膨らませると、皆が一斉に笑った。
ちょっと変わった学校だな。と思った
―ではここからは、リコ村上がお伝えします。どうも本日は共同インタービューに応じていただきましてありがとうございます。(手にはマイクの代わりにタッチペン)
―あ、はい。
―杜さんは田舎のご出身ということですが、どのレベルの「お田舎」で?
―いきなりそれですか。残念ながら(といっていいのかわからないけど)あんまり面白みのない普通の田舎です。スタバはないけどユニクロはあって、高校もバスで30分以内の子が多かったです。あ、古い映画館がひとつあったな。フィルムで上映する。
―それは珍しい。個人的には映画館の話聞きたいところですが、それはまたの機会にして、今日は一番皆の関心が高い、進路関係のお話を伺いたいと思います。
まあ、ぶっちゃけ血液型がどうとかINTJだのESTPだのはそれぞれが友達になってからゆっくり知っていけばいいので。うちらは事実上、小中高一貫だから高1の段階でちょっと考え始めるのよ。大学どこにするとか。(真面目か!はい自分で突っ込みました)
どんなことをすると、飛び級で特待生になれるんでしょう?
―ええとね、私は成績は悪くなかったけど、別に飛び級で大学に編入できるわけじゃなくて、大学の授業に参加する資格が認められただけなの。もともと小さいころから魔法適性はあったんだけど、ある事件があって、地元の教委の魔法サーベイランスにひっかかって。ちょっと珍しいタイプの適性だったらしくて。
―ほうほう。ちなみにいま、さりげなく「自分はかしこ」とのアピールがありましたがその虚実はいずれ明らかになるでしょう。
(なんだよ!)
じゃあ特待生っていっても。
―そうそう、大学の方は授業料は免除だけど、高校は自費、っていうかもちろん親が出してくれるんだけど。魔法適性だけで、総合選抜は通らないみたいだから、あんまりみんなの参考には…。
―なるほど。
―ご期待にそえず、スマン。
―まあ、では気を取り直して。
聞くところによると、おばあさまもうちのOGだとかで、こちらの学校に転校されることになったとのことですが、卒業生に魔女がいるとか聞いてないんですけど。
―田舎で自然療法の研究の傍ら、近所の人に薬を作ってあげたりしてただけだよ。ヨーロッパ中世の魔女も基本はそういうものだったって夜子さん(おばあちゃんの名前だけど)は言ってた。周りが畏敬半分、面白半分でそう呼んでたみたい。夜子さんの魔法は診断には使えるみたいだけど、公式な身分は薬剤師です。魔法治療ってまだ実用化されてないでしょ。
―さっきの「ある事件」っていうのは伺っても…
―魔法がらみでちょっとやらかしたことがあって。
―やらかしたというと?いえる範囲でけっこうですが。
―ちょっと詳しくは言えないんだけど、そこそこ人が集まる秋祭りのイベントで、そこそこのレベルの魔法を発動しちゃって。そのイベントがらみで私に絡んできてた男子を。
―しばき倒したと。
―まあ、はい。それが町が誘致したがっていた中企業(田舎なんで)の社長の孫だったんで、ちょっと居づらくなっちゃって。どうせ、大学は那古野か東京かになるんだしね。
―あと、大規模な特殊魔法の種類よっては保護プログラムが発動されるからね、こっちの大学で、モルモットにされる代わりに学費免除かぁ。
(リカちゃん、言い方!)とレイが肩を突ついて注意する。
―でも、学部が魔法文学科というのは?魔法工学科のスカウトとかじゃないんですか。
―そんなことまで知ってるんだ。西都女子の情報網恐るべし。私もまだよくわからない。夜子さんの影響で、昔から本は好きだったから、行くんなら文学部かなと思ってたけどね。
というような感じで小一時間インタビュー(?)を受けた。最後の方は話題が尽きて、子供のころどんなアニメを見ていたかとかいいだして、てんでに雑談がはじまった。気が付くと5時を回っている。リカが頃合いと見たのか、またマイク(?)をミフユに向ける。
―えー、そろそろお時間のようです。それでは最後に一つ。さっきからポケットに入ってて、時々さわってる文庫本のタイトルは何でしょう?さしつかえなければ。
―よく見てるね。でも、別に愛読書を持ち歩いてるとかじゃないです。紙の本を持ってるとちょっと落ち着くから。えーと、これは夜子さんの本棚から借りてきた『天使よ故郷を見よ』の下巻です。
―なるほど、よいご趣味です。本日はありがとうございました。
そのまま、お会計の相談とかを始めるリコに、ちょっと取り残されたような気分で帰り支度をしていると、顔に出ていたのか、ノッポのサクラが声をかけてきた。
「ああ見えてリカはアメリカ文学を結構読んでるから、適当なことを言ったわけじゃないと思うよ」
「あいつニルヴァーナが好きだから、こないだ、うなりながらバロウズを原書で読んでた。あたしが帰国だからちょっと質問されたけど、小説はなあ」
その隣の、確か齋藤さんとかいう(まだ全員は覚えられない!)眼鏡女子が続けた。
やはり、西都女子侮りがたし。
〈夜子さんへ
今日、初めて高校へ行きました。
夜子さんの言う通り、ちょっと変わった学校でしたが、今日だけで、友達になれそうな人が何人か見つかりました。
叔母さんと叔父さんは大歓迎で、夜ご飯のあとになんだか有名なお店のホールのケーキまで用意してありました。とても美味しかったけど、お店の名前は忘れた。なんか「お盆」が何とかいう長い名前で近所らしいので、今度ちゃんと聞かないと。
じゃあまた書くね。
PS 夜子さんの言う通り二人とも、まったく魔法に関心がないようです。いまはそれが気楽でいいかな〉
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