第3話

なぜ名前を知っているのか、その事を聞こうと思ったが、男性が次々と質問をしてくるので聞くに聞けない。私の好きな物や苦手な物を次々と言い当てるその男性はやっぱりと口にして、


「……同一人物やんな?」


と、首を捻る。

 そんな最中、パトカーのサイレンの音が聞こえてきた。近くで事件でもあったのか、音は次第に大きくなっていく。


「オヤジ、サツが来ました!」


 すると、突然男性の叫び声が聞こえた。目の前にいる男性の息子さんなのか、オヤジ、オヤジと叫んでいる。


「だから何や? デコはアホの集団やさかい、適当なこと言うとけば帰ってくわ」


 サイレンの音が止んだのと同時に男性が鼻で笑った。そして、扉の開閉音が聞こえた直後、慌ただしい足音がどんどん近付いてくる。


「そこのお兄さんちょっといい?」


と、目の前の男性に声をかけたのは若い男性警察官だ。真剣な顔をした警察官は私達の側まで来ると、小さく咳払いをして、


「お兄さんこの部屋の人?」


 若い警察官が私の部屋を指差すと、男性は頭を振って、


「ちゃう。ワシの嫁の部屋や」

「……嫁?」


 若い警察官の目がこちらに向いた。品定めするような目をこちらへ向けている警察官は呆れ顔で、


「奥さん、身分を証明できるものある?」

「あ、はい」


 私はコクリと頷くとベッドの側に置いてある鞄を取りに向かった。

 男性はなぜ私の事を自分の嫁などと言うのだろう。嫁ではない、と警察官にはっきり言いたかったが、男性が暴力団だったらと思うとその言葉が口から出てこなかった。なぜなら、暴力団は平気で人を殺す連中。そう思い込んでいる私の中では、暴力団は悪でしかない。

 死にたくない、そう思うと、食器棚のガラスに映っている自分の顔がやけにやつれて見えた。免許証を警察官に見せれば、嘘だということが直ぐにバレるだろう。

 私はサイドテーブルの上に置いてあった鞄を手に取ると、鞄の中から財布を取り出した。

 先月買ったばかりの黒い財布は、窓から差す太陽の光に反射して光って見える。少し眩しさを感じつつも、私は用が済んだ鞄を再びサイドテーブルの上に置いて玄関へ戻った。

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