第一章 極道の男

第1話

私には幼い時の記憶がない。あるのは二十歳の頃からの記憶のみ。それが不自由だとは思わないが、時々過去の事を思い出そうとする自分がいる。

 両親は私が幼い頃に亡くなったと亮平《りょうへい》おじさんから聞いた。亮平おじさんというのは私の育ての親で、実の父親の親友だったらしい。おじさんと過ごした記憶さえもないのが不思議だが、身寄りのない私を十年近くも育ててくれたおじさんに私は感謝している。

 独り暮らしを始めて、はやくも六年の月日が経った。亮平おじさんには紹介していないが、私には六年付き合っている彼氏がいる。名前は中田恭宏《なかたやすひろ》。彼は暴力的で金遣いが荒く、良い所など一つもない。


「明日、お前の誕生日だろ?」


 1LDKの部屋の中、ベッドの上で横たわりながらテレビを見ている恭宏が口を開いた。テーブルの前に座っている私を見ようとはしない彼は小さく欠伸をして、


「だから、金貸せ」


と、命令口調で話を続ける。


「私の誕生日なのになんでお金を貸さないといけないの?」


 半ば苛立ちながら訊き返すと、恭宏は上体を起こして、


「あ? お前の誕生日だからに決まってんだろ。パチンコで増やしてプレゼント買ってやるから貸せよ」

「パチンコで増えるわけないでしょ。それよりも、ちゃんと働きなよ。パチンコで増えたお金で買ったプレゼントを貰っても嬉しくな──」

「ああ、うるせえな!!」


 私が言い返すと、それが気に食わなかったのか恭宏は怒鳴り声を上げた。わんわんと耳の中で響いた声は、アパートの外まで響いているだろう。


「怒鳴らないでよ。怒鳴ってもお金は貸さないから」


 私がハッキリ言うと、恭宏は苦虫を噛み潰したような顔で、


「ほんと、使えねえな」


 ベッドから降りた恭宏が部屋から出ていく。大きな足音がした後、玄関の扉が開く音が聞こえた。その直後、


「だ、誰──」


と、恭宏の悲鳴じみた声が聞こえてきた。

 どうやら、誰かが訪ねてきたようだ。腰を上げて玄関へ向かうと、開いた扉の向こうに見知らぬ男性が立っていた。

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