第6話 ミッドナイト・ギャル⑤
公園のベンチに座っていると、不意に湿気の塊みたいな風が吹いた。
この時期、水分を含んだ風が顔にぶつかると、感傷的になるのが常だ。
「あの夏」がまたやってくる――。
そう予感させる風に、心の奥底で淋しさを覚えると、どこか居心地が悪くなって、その場で座ったり立ったりを繰り返す。
周りから見たら、さぞ滑稽だろう。しかし、夏はやはり嫌いだ。
陽が落ち、辺りが暗くなる頃、ようやく待ち人が目の前に現れた。
「なに? 勃ってんの?」
「ニュアンス的に、字面が違うことだけは分かった。はっきり言うが、立ってるだけだ」
昼に食堂で別れたクレアと落ち合うと、彼女は「ふぅん。変わってんね」とだけ言い、ベンチへと腰かけた。
促されてもいないまま、クレアの横に並ぶも、抗議はない。
どうやらミジンコくらいには信用されてるらしいと分かり、ホッとした。
「で、なんだよ。急にこんなところに呼び出して。うちに来るんじゃなかったのかよ」
昼間に打たれたメッセージを反芻する。
真意を確かめようとすると、クレアは気まずそうにボリボリと頬を掻いた。
「あー。よくよく考えたらさ、童貞の家に行くのってなんかヤだなって」
「おい」
「期待させてる」みたいな言い方やめろ。
あと、もう童貞弄りもやめろ。傷つくだろ。
「ちょっとムラッときて、魔が差しただけだからさー。あのことは忘れてくんない?」
「誤解されるような物言いもやめろ。僕らの間にはなんもないだろ」
「あんなことがあったのに?」
「……」
確信犯なんだろうか。
クレアがニヤニヤしながら僕にそう言うので、構うのをやめることにした。
吸血鬼ってのとの関わり方を誰か教えてくれ。
歯切れの悪い会話に痺れを切らしたのか、またもや彼女が話を切り出す。
「そう言えばさ、あんたオカルト研の人なんだっけ?」
「そうだけど?」
「あー、やっぱりそうなんだ。いやー、オカ研究かー。あそこなんだー」
「なんかあるのか?」
「んーん。ただオカ研ってさ、謎の集団じゃん? 普段何してるんかなーって」
そう切り出したクレアが、徐に僕の顔を覗き込んだ。
吸血鬼とは分かっているものの、顔だけみれば、年下の可愛らしい女の子――もといギャルだ。
「何って、みんな別々のことしてるよ」
「その別々の中身を知りたいんだけどー」
「中身? ああ、例えば会長とかは、宇宙人ってかUFOが好きだな。毎週、どっかしらのUFO目撃地に足運んでるみたいだけど」
「UFO? へぇ~。そんなんいると思ってんだ。変わってんね」
ニシシと笑うクレア。
吸血鬼が言うことか? とも思ったが、無粋だろうと思いやめた。
「よく来るメンバーでいうと、未確認生物とか超能力とか好きな奴もいるな」
「河童とか、サイコキネシス~。みたいな?」
「まさにそれ」
「オカ研って、やっぱ変な奴の集まりなんだ。で、あんたは何が好きなの?」
「僕? ぼくは――」
大腹目様だよ。
「なに? おお、はらめ?」
聞いたことも見たこともない。
そう言いたげなクレアは、以前として僕の顔を見つめている。
「そう。大腹目様。この辺りの地方に伝わる土地神様みたいな存在」
「へぇ~」
クレアが不思議そうに僕を見るのも無理はない。
大腹目様なんて、多分誰も知らないだろうし、興味もないだろうから。
ただ、僕にとって、大腹目様は是が非でも会いたい存在で、また会わなければいけない神様なのだ。
談笑に興じていると、冷え込んできたのか、先ほどよりも冷たい風が吹いた。
「さっむ」
「まだ夜はちょっと冷えるよな」
「ん。てか、あーし、お腹減ってきた」
「なんか食べにいくか?」
「ん、あー。そっちの意味じゃなくて」
あ。
息を漏らしたのは、クレアが異常に尖った八重歯を僕に見せたからだ。
なるほど。そっちね。
「ここじゃ無理だぞ」
「分かってっし。だから、ウチでしよ?」
「はい?」
聞き間違いかと思い、聞き返すも、そうではなかったらしい。
「聞き返すなし」
クレアはそう呟くと、手を力強くひき、帰途とは正反対の方へと僕を誘った――
ミッドナイト・ギャルズ~真夜中オカルト探訪~ 鯉凪 @koi-hou
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