第3話 ミッドナイト・ギャル②
クレアの話によれば、吸血鬼は不老の肉体を持つという。
オカルト界隈で吸血鬼といえば、「不死」といったイメージがある。
しかし、クレアによれば、実態は「長く生きる」だけで寿命はあるらしい。
「てかさ、ふつう不死とかありえんくね? あーし、できれば明日にでも死にたいくらいなんだけど」
隣の芝生は青いというが、聞く人が聞けば卒倒しそうな言葉だな。
しかし、不死でなくとも、不老というだけでも羨ましい限りだ。
「不老ってことは成長速度が遅いってことか?」
「は? どこ見て言ってんの?」
胸元を見て言ったのが悪かったらしい。いや、ちょっと血がね。付いてるからさ。気になっちゃってだな。それとあれね。黄縞のブラジャーなのね。ふーん……えっちじゃん。
「あーし、こう見えてDはあっからね」
「ほう……」
「たくっ、男ってこれだからな~。女を乳でしか見れないって相当ヤバいよ? そうなりゃ、ただの『おぢ』だよ?」
おぢ。縮めずに言えば、おぢさん。
おそらく、この世で一番不人気な生き物だろう。できれば一生なりたくないものだ。
ただ……。
「反省はするが、後悔はしない。そこに胸があるなら、僕はそこに話しかけ、対話を試みたいと思う」
胸を張って、そう断言できる。
それが男に生まれた使命だ。
将来は、おっぱい党党首になるのが、僕の密かな夢だ。
「え、ひく……」
クレアはあからさまに嫌そうな顔をした。
まるでゴミ屑みたいなものを見る目だ。
うん。ちょっと傷ついたぞ。
「そんな分かりやすく引かなくてもいいじゃん」
「あー、ごめん。でも、正直めっちゃキモい」
ギャルって、素直だよね。
ま、この話はこんくらいにして。
「不老の話に戻るけど、人間年齢に換算すると、クレアは今いくつなんだ?」
「あーし? あー、どんくらいかな。だいたい、人間の5倍くらい生きるとして――」
18歳くらい?
彼女の言葉を聞き、妙に納得した。
そりゃ、ダンス動画とるわ。
「なるほどな。年下ってわけか」
「いやいやいやいや、あーし、80だから。年下なわけねーじゃん」
「お、おう。そりゃ、まぁそうか。でもまぁ、見た目がなー」
いくら80歳とは言え、見た目は容姿端麗なギャルである。そんな若い女性が僕の首筋に口付けしたと考えると、もうそれは一種のプレイなのではないだろうか。
「ふむ……」
「どしたん?」
「もう、僕、お婿にいけない……」
「馬鹿じゃないの……。キモッ」
「いや、でもさ! それを言うなら、いきなり血を吸う方がやばいっていうか」
抗議するも、彼女は「はぁ……」と深いため息を吐いた。それから、またもやゴミでも見るような目つきで僕を蔑む。
「吸血なんてただの食事っしょ? 考えすぎ!」
「なんでそんなこと言うんだよ! 初めてだったのに!」
「大体の人類は初めっしょ……。なんか、あんたと話ししてたら疲れる」
「初めてをこんな行きずりみたいな形で済まされたってのに、なんでそんな言われ方しないといけないんだよ!」
「いや、あーし、血を吸っただけっしょ……」
バカじゃないの? と、彼女は言葉を吐き捨てた。
えー……逆ギレじゃん。
思わず閉口していると、流石に言い過ぎたと思ったのか、クレアは嘆息混じりに言葉を継いだ。
「まあ……あんたの血そのものは美味しかったかな。てか、〈契約〉も無事終わったし、ちょっと不服だけど、これからよろしくね」
手を差し出され、訳も分からぬままに、それに応じる。
「ん? あ? よろしくって?」
「さっき、あーしが血ィ吸ったっしょ? あれ、吸血鬼流の契約だから」
「だから、何の?」
「あれ? 言ってなかったっけ? 今日からあんたは、あーしの食料兼パートナーになったわけよ」
「は?」
なんて?
さっぱり訳が分からんが、クレアは「いや、もっとあがれし~。アゲ~」と、いつの時代のギャルなんだよ。みたいなことを頻りに言い始めていた。
「あ、あげ~」
「うぇーい。じゃ、とりま連絡先だけ交換しよ。メアド教えて? 赤外線通信できん?」
やっぱり、平成だよな? ノリってか、デバイスが。
仕方なく、赤外線通信でメールアドレスを交換する。
うわぁ、初めて遣ったわ……。この機能……。
「うぇーい! やっぱ、赤外線通信しか勝たん」
「ちょいちょい現代ギャルになるのやめてくれないか? 頭バグりそうになるわ」
「ん? どういう意味?」
「……やっぱり大丈夫です」
素で分かっていない様子だ。あるんだなそういうこと。ま、80歳だしな。奇妙な現象だけど。
「ところで、メアド交換したのはいいけど、クレアは普段どこにいるんだ? あんまり遠かったら、会うときたいへんだろ?」
「あーしも近くだから、気にしなくてだいじょーぶ。ま、またなんかあればメールするわ」
じゃ、またねー。
彼女はそういうと羽を広げ、そのまま窓からどこかへ飛び立っていった。
すげえ、自由だな。それに絶妙に近代化されてんなー……吸血鬼って。
「てか、何気に女子のメアドって初めてかも」
最近は交換するにしても、アプリのIDとかQRコードだしね。
「あげ~」
微妙に喋り方が移っちまったな……。
それを危惧しつつも、疲弊しきった僕はそのまま布団に倒れ込むようにして、眠りについたのだった。
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