ミッドナイト・ギャルズ~真夜中オカルト探訪~
鯉凪
第1話 プロローグ
月をバックに動画を撮ってるギャルを見たのは、その時が初めてだった。
少しばかり肌寒さの残る夜。静寂が包む公園には、ゆったりとした音楽が流れていた。
最近、ダンス系のショート動画ってめっちゃ流行ってるよなぁ。
てか、ギャルって以外に、花鳥風月に敏感だよな――
月を見上げながら、ぼんやりそう思っていると、ふとあることに気付く。
「ん? あれ? さっきからあの子、なんか浮いてない?」
金色に光る月に惑わされ、反応が遅れたものの、踊っている少女が、明らかに空中を浮遊していることに気付く。
しばらく唖然とし、それに見蕩れていると、ようやく相手方も僕に気付いたのか、ピタリと動きを止めた。
下弦の月に重なるように浮かぶ、一筋の黒い影。そこにタイミングよく雲が月を覆うと、今まで見えなかった「彼女」の双眸が、闇夜の帳からひょっこりと顔を出した。
あっ――
視線と視線が交錯した。
思い返せばあの時なんだろう。
僕が彼女という「化物」に恋をしたのは――
◆
時は、五月某日の午後11時。
近所のばかでかい市民公園を徘徊していたところ、僕は大学の後輩とばったりでくわした。
「先輩、今日も夜のお散歩ですか?」
「……なんで、毎夜毎夜、お前にでくわすんだ?」
白色の街灯に照らされた黒い短髪の少女――
「ふっふっふ。先輩と後輩は互いにひかれあうもんなんですよ」
「僕たちは何かの『使い手』なのか?」
「あははっ。もー、先輩。そんなこと言ってると、隠れオタクと童貞だってことが末代ばれますよ?」
「別に隠していないし、これくらいは一般教養みたいなもんだ。あと僕は童貞じゃないし、それが末代の恥みたいに言うな」
不覚にも超人気シリーズ漫画の言葉に反応してしまった……。その様子が優越感を生んだのだろう。竜胆は人さし指を僕に向け、嘲り笑った。
「わはは。童貞が子ども孕ませられるわけないじゃないですか! はー、可笑しい」
「おいあんま笑うな。思わず手が出そうだ」
「あはは。はー――笑っちゃって、ごめんなさい。でもまあ、そもそも一人で夜な夜な公園なんかに出歩く先輩が、オタク童貞じゃないわけないですよね? 前提を違えていました。そう考えると、ちっとも面白くもなんともないですね。というかちょっぴりホラーです」
なんて失礼な奴なんだ……。
「僕は理由もなく公園を歩いてるんじゃなくて、ちょっとした不思議な現象を探しているだけだ。あと、童貞じゃねぇし、妙な二重否定はやめろ」
「否定しようがしまいが、結果的にどっちもおんなじ不審者ムーブじゃないですか」
「全然いっしょじゃねえ!」
同じサークルの人間とは思えぬ発言に、少し感情的になってしまった。とはいえ、烏丸はそんなことお構いなしに話を進める。
「それで、今日の収穫はあったんですか?」
「おお、みたいのか」
「いや……正直、何故か虫かごを持っているあたり、めちゃくちゃ嫌な予感がするので、あんまり見たくも無いですが、聞くくらいならなんとか……」
人のことを、細部までよく観察する奴だ! 流石、オカルト研究会の仲間! 優れた観察眼だな!
「今日はなんと! そこで大腹目様に捧げるようのゴキブ――」
「収穫物」を発表しようとすると、竜胆は全力で僕の口を塞いだ。
「いや、まじ勘弁してください。もう、『ゴ』の時点でお腹いっぱいなんで。てか、あんた本当のアホだな! オカルト研究会の癖に、なんでそんなもん捕まえてんだ! 気ッ色悪ィ。そんなんだから21歳にもなって彼女できないんですよ! クソ童貞ゴミ蟲野郎がッ!」
「ぺろぺろ」
「虫捕まえた『舌』で私の手をなめんじゃねぇ!」
セクハラ、きめぇ、まじ最悪!
と叫びながら、竜胆は手を即座に離し、どこからともなく取り出したアルコールスプレーで手指消毒を始めた。
罵倒の三連コンボとは……不覚傷ついた。後、そもそも舌で虫は捕まえられません。そんな奴いません。
「舌で虫は捕まえねえし、捕まんねえよ」
「……へえ、そうなんですね。虫けらは虫けら同士ひかれあうんで、もしかしたらワンチャンいけるのかと思いました。ていうか、その虫かごの虫、全部逃がすか殺してくださいよ。もしくは、先輩が死んでくれません?」
「ぴえん……」
可愛がっている後輩にボロクソに言われ、さらに傷ついた。もう、僕のライフはゼロです。メンブレ起こしました……。
あまりに否定されたので仕方なく、木陰に全ての昆虫を逃がすことにした。グッバイ、供物たち! またどこかで会おうな。明日当たりこの公園でもいいぞ!
僕が虫を逃がしている間、竜胆はずっとスマホを弄っていた。
――メッセージです。
機械音声に促されるがままスマホを開くと、グループメッセージに「えまっち」から新着文章が送られていた。
『楓先輩からセクハラを受けたので、しばらくサークル活動を休みます』
後輩の態度として、これは正しいんだろうか……。あと、サークル仲間が僕の個人メッセージに、鬼のように『殺す』とか連打してきてるんだけど……。言葉の暴力じゃないですか……。
「ふう、私の指は今日も真珠のようにきれいです。ところで先輩。虫もとれましたし散歩でもしますか」
「その虫ってのは、指に付着した菌のことを比喩で言ってるって解釈でいいよな? その虫が昆虫を指してるなら、僕がさっき逃がしてるの竜胆も見てたよね?」
「私の田舎のおばあちゃんは、よくばい菌を虫と言っていました。あ、この場合は、ムズカシイ方の『蟲』と言った方が良かったかもしれませんね」
「え……。おれってばい菌?」
え? ひどくない? これでも、賢明に生きてる人間だよ?
「さあ、先輩。そんなどうでもいいことは置いといて、あの赤い自販機に向かって散歩でもしましょう。私、喉が渇きました。あと、心に負った深い傷を癒やす必要があると思います」
「え? 話聞いてない? てか、それって散歩? 移動じゃない?」
「あんまりしゃべってると、童貞がばれますよー」
「いや、さっきからなんだよ! 僕が童貞とか一度もお前に言ってねえし! ばりばりヤッたことあるし! もう僕くらいイケメンになると入れ食い状態だから!」
「うんうん。童貞はいつも、自分のこと『童貞じゃない』っていいますからねー。あと、童貞はすぐ早口になるってのは、それこそ一般教養ですよねー」
「ど、童貞ちゃうわ!」
語るに落ちるとはまさにこのことか。てか、なんで童貞だってばれてんだろう。
もしかして、こいつエスパー?
「先輩! 念を押して言っておくと、先輩は断じてイケメンではありません。雰囲気イケメンの範疇すら入っていません。なので、自分のことを間違ってもイケメンだと勘違いしちゃいけませんし、危ない薬とかも飲んじゃいけませんよ! ちゃんと毎日鏡を眺めて、絶えず低い姿勢を意識して生きてくださいね!」
ひどいよね?
結局、何故かわからないが、罵声を浴びせられた挙句、自販機の前まで移動すると、竜胆に「つめた~いミルクティー」をおごらさせられた。
「先輩と会うといつも何かおごってもらって悪いです。てへへ♡」
「全然かわいくないし、申し訳なさそうでもないからただただ憎たらしいんだけど」
「あちょー」
脳天にチョップをくらい、目に火花が散る。
「ぐへっ!」
「そんなんだから、先輩は女の子にモテないんです。反省してください」
「……はい」
ミルクティーを飲みながら、竜胆はニシシとまた笑った。
「まあ、先輩がモテたら、私が困るんですけどね」
「え! なんで? もしかして、お前、僕のこと――」
「いやぁ。先輩のお金が、どこの馬の骨かも分からない、他の女に消えたら嫌じゃないですか」
「あっ、そういう意味……」
なんかよくある「本当は先輩のこと大好きなんです!」みたいな展開かと思えば、全然違った。
むしろ、ただのATMだった。オールタイムマネーだった。(正しくは、オートマティック・テラー・マシーンだが)
ミルクティーをたいらげた竜胆は「じゃ、また大学で。あんまり夜更かしちゃだめですよ先輩」と言って、闇夜に消えていった。
あいつは毎度毎度、飲み物を飲んだら帰る現金な奴だなぁ。
「さて、と」――僕もレポートを仕上げに、家に帰るとしよう。
そう思い、市民公園を出ようとした矢先のことである。
月の光に惑わされ、僕は空を見上げた。
それが、僕と美しい「化物」との出会いの始まりである。
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