第三話(3) 初ダンジョン

「うわぁ…………」


 ダンジョンをさまよい始めて、はや10分ほど。

 先ほどまでいたところはゴーレムがいても1,2体で、安全エリアには近づかないからほとんど見なかったが、遺跡を奥へ進むにつれどんどんと多くなっていた。

 今では、街の大きめの商店の広さの空間に20体は余裕で歩いている。


「兄ちゃんの連れ、どんだけ倒してんだ?」

「ははは……」


 モモの指摘には、乾いた笑いしか出てこなかった。

 そもそもとして、このダンジョンのどこかにある旧文明の遺跡のせいで、ダンジョンの中は自動的にモンスターが湧くようになっている。

 ダンジョンの外には出られないが、ダンジョンの中には無尽蔵に現れる。

 このダンジョンの特性なのかはわからないが、モモ曰く、倒しまくるとゴーレムが増える……ということだから、それはそれは倒したのだろう。

 ベルナーみたいな戦闘狂はめちゃくちゃ嬉しいはず。

 ……俺はもう帰りたいけど。


「だが兄ちゃんのおかげで動きやすくて助かるな。ゴーレムも近寄ってこないし、ダンジョンのトラップも反応しないし」

「いやぁ、まさかこの魔法具にそんな機能があるなんてね」


 俺は手元の魔法具に視線を落とす。

 かすかに発光しているそれは、俺の調整スキルでちょっと効力を底上げしたこともあり、ダンジョン内のすべてから守ってくれている。


 あとはモモがいっていたドデカイゴーレムとやらが出現しなければ、これで軽々と突破できる。


「お~い兄ちゃん、早く抜けたいのはわかるが、もうちょいスピードを落としてくれ~」

「あ、ごめんね」


 そんなやり取りもあって、俺は左手に魔法具、右手にモモを抱き上げてダンジョンの奥へ奥へと進んでいった。

 少しずつ悪魔のような笑い声が大きくなり、ついで床の振動がどんどんと大きくなりはじめる。

 振動とともにダンジョンの壁からほこりやら土煙やらが漂うから、相当この振動大きいな。

 ダンジョン内に限るが、倒されたモンスターはダンジョンに吸収されてしまうから、死体まみれで歩きづらい、ということがないのは幸いか。

 そこから扉を数回くぐり、ゴーレムがひしめく空間を幾度すり抜けたか。


「……お、そろそろ兄ちゃんの連れが近いな」


 すんすんと匂いを嗅ぐように鼻を動かしたモモが、そう言った。


「やっぱり匂いでわかるもんなの?」

「いや。匂いっていうよりかは、辺りの空気の魔力量だな。モンスターがダンジョンに吸収されるときにある程度魔力がその場に残るから、モンスターを倒した直後ってのは魔力が多いんだ」

「へーそうなんだ。それって人体に害とかは?」

「まぁ、ないわけじゃあないが、それよりも重大な問題が出るから、そこまで気にされてないな」


 なんだか不穏な言葉で、俺は思わず口端をひくつかせる。

 そんなまさか冗談だよね、と言おうとしたそのとき。

 一際大きな足音とともに今いる場所が大きく揺れた。

 ただ問題だったのは、その足音が『後ろから』聞こえてきたことだ。


「え?」

「あぁ……」


 俺の間抜けた声と、モモの諦観するような声が一緒に響く。

 そしてそのまま、まるで錆びついた歯車のようにギギギと後ろを振り返った。


「でか……」

「あれが、ドデカイゴーレムってやつだな。……ところで兄ちゃん、遺書の準備は済んでるか?」


 先ほどまでいたゴーレムとは比較にならないほどの、大きなゴーレムだった。

 体長は他のゴーレムの3、4倍はゆうにあるだろう。

 汚れた石畳みたいな色のゴーレムとは異なり、まるで黒曜石のように黒光りして硬そうな体躯。

 そして動きも普通のものより早く、歩幅が大きいこともあってこちらにずんずんと近づいてきていた。

 頭の位置にある赤い目はもちろん、俺をロックオンしているようだった。

 安全エリアの魔法具を持っていてもこちらを見ているということは、これがモモの言うドデカイゴーレム。


「ぎゃーーーーーっ!!!」


 このままではひとたまりもなく死んでしまう。

 武器調整関連で死ぬならともかく、こんな道半ばみたいなところで死んでたまるか!!!!!

 たまらず、俺はモモを抱きかかえながら走りはじめた。

 道の分岐があってもとりあえずどっちでもいいから進み、ドデカイゴーレムから逃げよう。

 ありがたいことに魔法具があるから、罠にもかからないし、普通のゴーレムには何も反応されない。

 とにかく逃げるべし!!


 基本的にダンジョンのモンスターは、ダンジョンから出ることはできない。これは特殊条件下で発生したドデカイゴーレムのようなものでも変わらないと思っている。

 ならば、とにかく外に行こう!

 後ろに下がれないから元の道には戻れないけど、明るいほうとか、上のほうに行けばすぐにたどり着くはず!!!!!

 ……そう思っていたのだが。


「はぁ、はぁ…………外どこ?」

「あー……どうにも最深部に近づいてそうだな」


 おかしい。なぜか物々しい雰囲気の岩でできた廊下が俺たちを出迎えてくれた。

 人の手が入っているダンジョンとは聞いていたけど、そこまでたくさんの人がいるわけでもない。現に俺、全然人と会ってない。

 なのに、なぜか松明には煌々と火が灯っている。


「え、じゃあ戻らないと」

「無理だろうなぁ」


 モモが肩を竦めると同時に、ドスンと大きく地面が揺れる。

 背後にはもちろん、あのドデカイゴーレム。

 もう十分以上全力疾走で逃げたというのに、まだあいつ俺のこと狙ってんの!?

 前門の怪しい廊下、後門のドデカイゴーレム。

 どっちに行ったところで、俺の生き残る術がないように思えるのは俺だけだろうか。


「だが兄ちゃんの連れの匂いは濃くなってるから、進むんだったら奥に進むしかないだろうな」

「じゃあとりあえず、ベルナーと合流するしかない!」

「なんだかんだ言って、思い切りはいいよな、兄ちゃん」


 息を整えた俺が再び走り出すと同時に、モモが何か呟いた気がしたが、それを聞く余裕も、返答する余裕もなかった。

 松明が灯る廊下を全速力で進んで数分。ついに今度は怪しい彫刻が彫られた扉の前にたどり着いた。

 ゴゴゴ、と岩をひきずるような音と共に扉は勝手に開く。


 中に何があるのかも見ず、俺は勢いのままその中に飛び込んだ。

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