第三話(2) 初ダンジョン

 俺は目の前に突如として現れた、しゃべる子犬を見下ろして呆然とする。

 目の前のポメラニアンの見た目はとても可愛らしく、ふわふわで真っ白な毛並みに顔でも突っ込めば、今抱えている不安や心配ごとはすべて掻き消えるだろう。

 しかし、その低い声は癒されこそすれどおそらく方向性が全然違うので、見た目と声のギャップに戸惑ってしまう。


「脇に寄ってくれて、助かるぜ!」


 そう言い、子犬はトテトテと安全エリアの中に入り、すんとお座りした。


「兄ちゃんは、王都から旅か?」

「え? あ、はい。帝国に」


 ……ポメラニアンって、どういうスタンスで接すればいいのだろうか。

 見た目だと完全に愛玩動物だから気楽に接したいだけど、声がそれを邪魔するんだよな。


「帝国!? だいぶ遠回りだな!」

「まぁ、いろいろとありまして」


 ゴーレムと戦う音を遠くに聞きながら、俺はポメラニアンに事の経緯をゆっくりと話す。

 はたから見ると絵面がすごくシュールそうに見えるが、それはいったん無視しておこう。


「はー! いろいろと不幸が立て続いちまったんだな、兄ちゃん」

「ま、まぁそうですね……」

「んじゃ、このゴーレムと戦ってるやつが一緒に来たって奴か?」


 ポメラニアンがピンと耳を立てる。

 俺も耳を澄ますと、先ほどから聞こえていたゴーレムが何かしらにぶつかるような音は激しさを増していた。

 しかも邪悪そうな叫びのような笑い声まで聞こえてくる。

 ベルナー、戦闘ジャンキーとは聞いてたけど、なんか性格まで変わってない?

 俺が眉尻を下げて頷くと、ポメラニアンは「大変そうだな」とふんと笑った。

 それからはゴーレムの戦闘音を背景に、ポメラニアンと30分ほど話していた。


 ポメラニアンの名前はモモ。

 物心ついたときにはすでにこのダンジョンに放置されていたようで、このダンジョンの外の様子を知らないらしい。

 親もとくにおらず、ダンジョンの中にたまに生えるキノコを食べながら生き延びているのだとか。

 ちなみになんで人間の言葉をしゃべっているのかは、わからないそうな。

 本人曰く「乙女の秘密」なのだとか。

 どこをどう見てもどう聞いても乙女ではないが、とりあえずそれは無視しておいた。

 俺も自分の境遇なんかをしゃべっているうちに意気投合してしまって、たった30分なのにかなり打ち解けていた。

 そしてたった30分の間に、遠くから聞こえるゴーレムの戦闘音はより激しく、悪魔のような笑い声もさらに邪悪なものになっていた。


「兄ちゃんの連れ、なんだかすげえな」


 もはや戦闘音だけでなく、安全エリアのあたりの床が揺れさえしはじめた。

 え? もしかして俺が知らないだけで、戦闘するとこんなに揺れるもんなの?

 この間のイノシシ型モンスターのときはたくさんモンスターがいたから、地揺れみたいなのは感じてたけど、ここそんなにモンスターいなくない?

 首を傾げながらそう呟くと、ポメラニアン――モモは、はたと何かに気が付いたように視線をこちらに向けた。


「待った。もしかしてこの30分くらい、ゴーレムと戦闘し続けてるのか?」

「たぶん。小物退治してくるって言ってたから」

「まずいな……」

「え?」


 モモはとてとてとこちらに歩み寄ると、あぐらをかく俺の膝にポンと手を置いた。


「ここのダンジョンはさほど強いモンスターはいないんだが、倒しまくるとどんどんゴーレムが増えるんだ……そしてもっと倒しまくると、ドデカくて強~いゴーレムが現れんだよ」

「ま、マジ……?」

「マジマジ。そしてそのドデカイゴーレムはな、安全エリアを無視できるんだ」


 背中に冷や汗が流れる。

 そんな怖いモンスターとかち合ってしまったら、ベルナーは狂喜乱舞するかもしれないけど、俺は普通に死んでしまう。

 モモは……わからないけど、でも真正面から戦うにはちょっと無理があるサイズ感だと思う。


「じゃ、じゃあ、ベルナーを止めないと」

「おう」

「……あ、ちょっと待って」


 良いことを思いついた。

 俺は立ち上がりきょろきょろと辺りを見回す。するとモモが訝しげな様子でこちらを見上げた。


「何してんだ?」

「他にも安全エリアってあるのかなって思って」

「すぐそばに1つあるが……それがどした?」

「なら大丈夫かな」


 そして安全エリアを生成している魔法具に手で触れた。

 この魔法具、床にはめ込まれていて動かせないように見えるのだが、他の床や壁と見てみても明らかに後付けのもの。

 調整スキルでどうにかこうにかしたら、もしかしたら外れて安全エリアを持ち歩けるのでは? と思ったわけだ。

 脳裏に魔法具の回路が描出される。

 普通機械や魔法具ではないのものには回路はないのだが、思った通り、魔法具から回路が床に延びていて外れないようになっている。

 おそらく今俺がやっているような盗難防止だろう。

 だが調整スキルにかかればそんなものは造作もないわけで。


「できた!」


 床に延びた回路をプチンと切ってやるだけで、手のひら大の持ち歩き可能な魔法具に早変わりした。

 近くに安全エリアがあるらしいから、後ろから来た人はそっちにいってほしい……ついでにそう念じておいた。

 この魔法具は、どうやら辺りの大気から魔力を吸収する構図になっているらしく、俺が触れるだけで魔力を持ってかれることはない。

 つまり魔力の濃いダンジョンから出ればお役御免ということだ。


「お前さん、便利なスキル持ってんな~」

「まぁ、こうやって改造することくらいしかできないけどね」


 ちょちょっと改造して、安全エリアの範囲を少し拡張してみる。

 そうすると、さっきまでは人二人分くらいのサイズだったのが、二回りほど大きくなって、モンスターが出てきても安心できるくらいのサイズになった。

 魔力効率を良くしても改造したせいで俺から魔力を吸収するようになったが、別にそんなに大した量ではないからまぁいいか。


「じゃあ、行こうか」

「おう!」


 そうして俺とモモは、ベルナーを探しにダンジョンをさまようことになったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る