偽物る/真神が正邪を別つ時

 この刀は、“ぬらりひょん”本人の左脚を素材として造られたものだ。

 “ぬらりひょん”が有していた霊的エネルギーが収束・凝縮されているらしく、受け継いだ僕は刀を介することでスキルの発動を可能にしている。


 風見酉さんの推察によると、「人体の左側というのは動脈の巡る方向だからこそ、心臓を介して霊的エネルギーが注がれやすい可能性がある」らしい。

 伝承によれば“ぬらりひょん”は人間と酷似した外見を有していたし、右脚よりも左脚の方が霊力のポテンシャルが高かったのだろうか。

 ……いや、「霊力のポテンシャル」だなんて単語が存在するかは知らないけど。

 とにかく僕はこの刀のお陰で、人間として生き永らえながらも、怪異としての身体能力とスキルを獲得した。


 しかし、高校三年生の夏休みに尾上さんから試練を言い渡された。



『大学を卒業するまでに、技を少なくとも編んでおけやァ』



 “ぬらりひょん”の、コミュニティに紛れ込むスキルだけでは足りないとのこと。

 僕の経験値が乏し過ぎるのもあっただろうけど、尾上さんからすると別の理由もあるらしい。


 その理由こそ、刀の持つ「誤認識を与える」という特性だ。

 他人の認識を誤らせて親しみを生じさせるスキルが凝縮された結果、この刀は「相手の認識を捻じ曲げること」に超が付くほど特化した代物になっている。

 その解釈を拡げ、僕なりの考えで、敵の認識を捻じ曲げる技を複数個編み出す必要があったのだ。


 最終的に、僕が西小路さんや斬鬼さんとの特訓を経て編み出した技は四つ。


 怪異の肉体に触れ、「斬られた」という認識を与える《踊刀喰肉ようとうくにく》。

 怪異を縛る悔恨を斬り、「縛るものが晴れた」と認識させる《解刀濫間かいとうらんま》。

 刃を観測した視覚に、「視界を奪われた」と誤認させる《盲膜白切もうまくはくり》。

 そして––––––––––––



「––––––ったく、相変わらずのバケモノ日本刀だな」

「私が目隠ししてなきゃ危なかったよ? 感謝してね、兄さん」


 先ほど、村の役員たちに見舞った技こそが、最後の一つ。

 視認した物品・器物を斬ることで、「自分の身体が斬られた」と誤った共感を引き起こす《幻現刺痛げんげんしつう》。


 大抵の場合、「刃が触れている」「刃が振られている」「刃で何かを斬っている」といった認識を相手にさせなければ通用しないため、盲目の存在相手ではほとんどのスキルが使えなくなってしまう。

 だが生憎、そんな相手とはまだ接敵したことがない。

 それに、目に障害がある人間がこの建物にいないことも既に調べがついている。


 なんてったって、僕はこの役場の正規職員……と思われていたからね。



「早く行きましょう! 《幻現刺痛げんげんしつう》も長時間は持ちません!」

「尾上さんたちは?」

「僕が入って来たのと反対側の方角です! 山道で敵と戦ってます!」


 スマホを回収した斬鬼さんを先頭に、役場の正面玄関とは真反対の方向に走る。

 後方から牛河さんたちの声が聞こえてくるが、今は一分一秒が惜しい。

 辰真さんも尾上さんもそう簡単にやられるタマではないが、万が一に備えておくべきだろう。


 一階の構造を把握している僕の案内に従って、裏口を飛び出す。

 すると、そこには運転手のいない真っ黒なセダン車が置かれていた。


「プップ―♪」


 小気味いいクラクションの音だ。

 この音を鳴らしている時、コイツが上機嫌であることを僕は知っている。


「……なにこれ」

「二人とも乗って下さい。僕が呼んだ“朧車”です」

「なるほど、セダンに取り憑いてるってか!」



 低級怪異譚“朧車おぼろぐるま”。コイツも巨頭山にてみんなと暮らしていた妖怪の一匹だ。

 かつて平安貴族に使われていた牛車が怪異化した、いわゆる付喪神。

 バイクや乗用車に取り憑く能力を有していて、現在は僕の足になってくれている。

 流石に、何時でも何処でもカラスに運んでもらう訳にもいかないしね。


「……えっと、私妖怪に乗るの初めてなんだけど」

「何ですか、不安なんですか?」

「じゃあお前よぉ、免許持ってんのかよ」

「そう言う兄さんだって持ってないでしょ! ってか、筆記で落ちたって言ってたじゃんか!」

「うるせぇなぁほじくり返すんじゃねえよ!! 俺のはバイクの試験なんだよセダンじゃねぇわ!」

「僕も持ってないんで、“朧車”に頼んでるんですよ」

「鮎川くんもさ、警察官が免許なしってのはどうなの? 一人で乗る時は運転席なんでしょ?」

「はい。運転席で漫画読んでます」

「ダメだよ一発アウトだよ。鮎川くんは普通の人間寄りなんだし、免許あった方が良いって!」

「だからお前だって持ってねぇだろうがよぉ!!」


 あ、もう走り出してる。

 こういう時、“朧車”が居てくれるとやっぱり楽チンだな。兄弟喧嘩の仲裁をしながらでも移動ができる。

 自動運転ってこんな感じなのだろうか。




  ◆◆◆




 里のあった方角から、車のヘッドランプが近づいてきた。

 ったく、やっと来たかよノロマ野郎。


「釜島ァ! 戻れェ!!」

「了解っすっ!」


 敵の目を攪乱していた釜島次男が返事し、俺の傍らに戻って来る。

 相変わらずの良いスピードだ。

 奴をこの場所に釘付けに出来たのも、アイツの速度があったからこそだ。


 そして、釜島次男に代って戦線へ飛び込んで来た影は、二つ。


「《踊刀喰肉ようとうくにく》ッッッ!!」

「《弐殴太刀におうだち》ィィィ!!」


 刀を大上段から振り下ろす鮎川と、両手首の刃を交差させる釜島長男だ。

 しかし、彼らの一閃はまるで効果を見せない。

 夜闇のような外套が微かに千切れるだけで、ヒラヒラと舞い踊り続けている。

 まぁ、肉を切らせて骨を断つにしても、そもそも肉が無いからな。


「……くそっ。辰真、何だアイツ!!」

「尾上さんは、“牛ノ首”だって!」

「“牛ノ首”って……もしかして、あれがくだん様の正体!?」


 釜島長男の疑問に、釜島次男が答える。

 数歩遅れて、釜島末妹も俺たちの下まで来たようだ。


 連絡を取れなくなったことが懸念だったが、村役場に潜入していた鮎川が連れてきたとなると、役場の人間に足止めでもされていたのだろう。

 だが今は、ゆっくり事情を聴いていられる状況ではない。

 目の前でヒラヒラと揺れ動く怪異は、そう易々と対処できるような相手ではないからだ。



「尾上さん、役場の書類に経緯が記録されていました。アイツの姿も、5年前の画像データに映っていたものと一致します」

「そうかよォ……とんだ観光資源だなァ、オイィ」

「あの、“牛ノ首”って……」



 特級怪異譚“牛ノ首”は、非常に目撃情報の少ない怪異だ。

 ただ逸話として、その年に起こる恐ろしい災いを予言し、その恐怖を民衆へと喧伝させるというものがある。

 かつて「近いうちに多くの民が凄惨な死を迎える」という凶兆を報せ、その悍ましさに怯えた民衆の大半が自ら命を絶ち、最終的には予言の通りになってしまうといった事案が起きたとのこと。

 ある意味で自ら災いを招く存在とも言える。

 無害認定を受けている“件”とは似て非なるものだ。


 くだん村の人間たちは、12年前に現れた“件”と、5年近く居座り続けている“牛ノ首”を同一視しているということか。

 いや、観光客に撮影を禁止させていたところを見るに、明らかに異質な存在であることには気付いていたはずだ。

 それでも利益を得るために、甘んじて邪悪なバケモノを受け入れたのだろう。


「牛河の日記にも、苦難と迷いが書き残されてありました。しかし––––––」

「それでもこの村は、自分たちのために他人を監禁するような場所です」


 鮎川に続いて、釜島末妹が強く断定した。

 俺が山登りしている間に、欲しかった情報は集められているようだ。

 話を整理するためにも、まずは“牛ノ首”を退ける必要があるな。



「––––––っ!? 尾上さん、里の方から人影が! こっちに向かってます!!」


 鮎川たちを追いかけて来たって訳か。

 ここまでの暴挙に出るような連中だ、“牛ノ首”を必死に庇って俺たちの妨害をしかねない。

 そうとなれば非常に厄介だ。


「腹ガ減ッタァァ……イイ加減喰ワセロォォォッッッ!!」

「うおぉぉぉッッッ!?」

「ぐぅっ……不味いっすよ、斬鬼さん!!」


 一方で、“牛ノ首”自体の危険性も無視できない。

 今が夜間であることも相まってか、奴の姿形はとても視認しづらく、戦闘能力に関しても未知数。

 万が一、二人の剣戟を避けられるだけのスペックがある奴を逃してしまえば、後々面倒になるのは確実だ。


 ここで仕留めておく必要がある。


「釜島ァ! 後ろの人間どもの足止めを頼むゥ!」

「了解」「うっす!」「わかりました」

「鮎川、俺の力を解放するためのタメが要るゥ。奴の隙を作ってくれェ!」

「了解です!」


 釜島三兄弟が揃えば、仮に村人が全員集まっていたとしても足止めは容易だろう。

 となれば、残る問題は“牛ノ首”だけだ。

 俺の能力なら、アイツのような邪悪な存在を退けられる。


「––––––《盲膜白切もうまくはくり》!!」

「グルルルルルルゥゥァアアアッッッ!!」

「くそ、眼球が無いから効かないってか!? ならどうやって知覚してんだよ!」


 ただし、俺の肉体に封じ込められた真の能力は非常に規模の大きなものだ。

 影響力があり過ぎるからこそ、普段はその力を意図的にセーブしている。

 もちろん事故的に発現してしまわないよう、その制限を解除するのにも時間がかかってしまうのだ。


「美味ソウナ匂イィィ……!! 食ワセロォォォォ!!」

「…………そうか、視力の代わりに匂いで場所を認識してるのか! じゃあ僕じゃどうにもならないじゃん! うわぁぁぁんどうしよぉぉ尾上さあああああん!!」


 …………うるせぇなぁ。

 だが時間は十分に稼いでくれた。

 上司として、ここでダサい姿を見せるわけにもいかないからな。



「––––––下がれ、鮎川ァ。ぜェ……!」

「待ってましたぁ!」


 俺の側方を鮎川が走り過ぎ、それに連動して“牛ノ首”もユラユラと接近する。

 だが、俺の前にいるようではこの口撃を絶対に避けられない。


 正邪を別つ守り神の社には、人を誑かすような怪異の居場所など無い。



「《自己抑制結界:解除》……《真神原降白雪まかみのはらにふれるしらゆき》」



 俺の前方180度の範囲に、目も眩むほどの眩い光が迸る。

 その光の波にあてられ、漆黒の影が薄れ、徐々に後退しつつ姿が削れていく。


 これが俺の結界に備わった能力だ。

 清く正しい存在を護り、邪悪なる災いを払い除ける。

 

 “狛犬”なんぞだと思っていたなら大間違い。


 そもそも俺は妖怪でも怪異でもなければ、もちろん人間でもない。




「我が真名は、“大口真神おおくちのまがみ”。今より我が、貴様を罰す……!」



 本物の、守り神だぜェ。

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