終点く/しがないウキウキ労働者

 窓から見えていた漆黒の景色が晴れた頃、外には雲一つない青空が広がっていた。

 ウユニ塩湖にも似た鏡のような水面が一帯を覆い、鮮やかな赤に染まった大量の彼岸花が咲き乱れている。


 そして、ベンチが四基ほどしかない、非常に簡素な駅に“偽電車”は停まった。


「ここは……」

「ウキ、この人間たちが行きたがってた“きさらぎ駅”だぜ~」


 どうやら、ここが“きさらぎ駅”らしい。

 彼岸花に囲まれたボロい駅に、幽霊の乗客たちはゆっくりと下車していく。

 彼ら彼女らは最初から、この駅に下りるために乗車していたというわけだ。


「まるで、死者が冥土に行くための電車ですね……」

「いや、鮎川クンの予想も間違ってはあらへんとちゃう?」

「その通り。この“偽電車”はウッキウキの亡霊たちを地獄に送ってやるためのものなんだぜ~」



 なるほど。色々と合点がいった。

 彼らの言う“偽電車”とは幽霊を現世から地獄へと送りるための装置だったわけだ。

 そして、“きさらぎ駅”はその終着点にあたる場所。

 きっと駅の向こう側には、“賽の河原”や“三途の川”が点在しているのだろう。

 亡者である彼らは、その先の地獄で生前の罪を清算するのだ。



「この電車は、いわば輪廻転生の最初の工程って感じやね。魂が移り行くうえで、絶対必須の大事なシステムやな」

「……でも、どうしてそんな場所で連続行方不明事件が?」

「それについては、ご本人に話を聴かんとアカンなぁ……?」

「…………ウキキィ」


 ランさんの鋭い視線の先には、明らかに意気消沈した三匹の猿たち。

 普段おちゃらけてる人が急に真剣になると、確かに怖いよなぁ。

 彼らの気持ちもわからないでもない。

 少し口ごもり、猿たちは観念したように口を開いた。


「ウキ、それがね~、生者が怖いもの見たさで迷い込んじゃってさぁ~」

「この前までは、ウッキウキにグロい夢を見せてビビらせて、それで帰してあげたんだけどね~」

「一向に減らないからさ、そういう奴は消した方がいいかと思ってねぇ~、ウッキッキィ」




 彼らが語った事の真相は、想像以上に動機がシンプルというか、非常に身勝手なものだった。



 この猿たちは、もとより生命体の視覚・聴覚・発音機能を鈍らせる能力を有していたらしく、そして“偽電車”を運営管理する車掌であるとのこと。

 地獄に雇われたバイトのようなポジションらしい。

 身体を失った魂を地獄へと運ぶことで、生計を立てていたとのこと。


 しかし、いつからか生者が迷い込むようになった。

 もちろんだが、まだ生きている魂を地獄に送ることはルール違反だ。

 そのため迷い込んだ人間は“きさらぎ駅”に下ろさず、そのまま元の世界へ送り返していたとのこと。


 だが、それがまずかった。

 送り返された人間は、自身が見た光景を怪談話として喧伝してしまい、“きさらぎ駅”という都市伝説が大々的に広まってしまったらしい。

 結果、意図的にこの電車へと乗車してしまう生者が増加したとのこと。

 猿たちは頭を悩ませ、具体的な対策を講じることにした。

 それが「電車で痛い目を見る」という内容の夢だ。

 自分たちの能力を応用させ、乗客にその夢を見せることで、もう二度と“きらさぎ駅”に行く気を起こさせないようにしたのだ。


 残念ながら、その対策すらも効果を発揮しなかった。

 その夢はいつしか“猿夢”といった愛称で呼ばれ、“きさらぎ駅”とは別の都市伝説として、猿たちの意図しなかった方向性で有名になってしまったのだ。


 やること成すこと裏目に出てしまった彼らは、いつしか直接的な対応に出始めるようになってしまった。

 意図的に迷い込んだ人間を、強制的に眠りにつかせ、一番後ろの車両に置きっぱなしにしていたらしい。

 それが、連続失踪事件の真相だったわけだ。


「いや、殺すとか言ってたじゃん」

「ストレス発散だぜ、ウッキッキィ~」

「怖い顔してくれるからさ、こっちもウッキウキになれんのよ」

「性格悪すぎるだろ」


 しかし、腹を割って話したお陰で、この事件が凶悪な怪異による犯行でないことがわかった。

 むしろ彼らの業務を妨害してしまった人間側に非があるだろう。

 知らなかったとはいえ死者を冒涜し、踏まなくてもいい虎の尾を踏んでしまったわけだ。


「……それでも、キミらがやったのは「拉致」やで!」

「ウキ。すんません」

「人間たちは返すからよ~、ウッキウキの地獄の奴らにはチクらないでくれよ~」

「俺たちにも生活があるんだよ~、ウッキッキィ~」

「いや、そんなこと僕たちには出来ないけど……」




 とにかく、この事件に関する闇は全て明かされた。

 人間たちを解放してくれる代わりに、僕たちの方でも可能な限りで“きさらぎ駅”に対する世間の関心を減らせるように尽力することを約束した。

 彼らは既に十分な恐怖を味わっただろうし、場合によっては処理係の記憶処理も使用できる。

 猿たちが抱える問題は、たとえゆっくりとでも改善されていくだろう。



 元の世界への帰りの電車で、猿たちから様々な話を聴いた。

 彼らの生活についてとか、上司にあたる鬼たちからの扱いが悪いだとか、ほとんど愚痴ではあったが、それでも貴重な話を聴くことが出来たと信じている。


「ウキキィ~。そんでよ、閻魔大王としての勉強とかしないといけねぇのによ~」

「逃げてばっかで、俺たちの“偽電車”に勝手に乗り込んで人間界に逃げようとしたこともあったな、ウッキッキッキ~」

「それで怒られるのは俺たちなのにな。ウッキウキのお世継ぎ様だよな~」


 特に興味深かったのは、次代の閻魔大王様についてだ。

 なんでも、勉強やら稽古やらを嫌がって逃げてばかりらしい。

 そんなワガママな子供が閻魔大王の後継だなんて、不安すぎて余計に簡単に死ねなくなってしまった。


 とはいっても、僕には先代かつ本物の“ぬらりひょん”に関する知識が無さすぎる。

 後継者としての云々かんぬんを語れるほど、できた人間ではないのだ。



「オツカレオツカレオツカレオツカレ」

「ツカレタツカレタツカレタツカレタ」

「カエロウカエロウカエロウカエロウ」

「ウ~~~~ヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョ~~~」


 若者たちの身体から離れ、無事に今回の役目を果たしてくれた“ヤマノケ”と“くねくね”が輪になって楽しそうに踊っている。

 今回の事件はリサーチ不足による窮地があったとはいえ、彼らのサポートが光ったことは間違いない。

 後で約束通り褒めてやらないとな。


 そんなことを考えながら彼らの踊りを眺めていると、ランさんがぼそりと呟くのが聞こえた。


「……案外、地獄も悪いとこちゃうんかもなぁ」

「あの猿たちも、僕たちとそんなに変わりませんでしたね」


 “偽電車”から降り、人気も光もなくなった田舎の駅に到着する。

 やっとのことで現世に戻って来たわけだが、猿たちと楽しくお喋りしながらの帰路だったせいで、それほどリラックスできた気がしない。


 ……というか、普通に仲良くなっちゃったな。一度は殺し合ったというのに。


 だが、そのお陰もあってか彼らのことをよく理解できた。

 彼らにも生活があり、上司からのプレッシャーと乗客の迷惑行為の板挟みに苦しんでいた。

 その点で言えば、僕ら警察官も似たようなものである。

 「地獄」という言葉の響きでは想像もできないほど、彼らの世間話はありふれたものだった。



「あの時、大人しく死んでも良かったんかもしれへんなぁ……」


 ランさんの言葉は、微かに後悔を含んでいるように聞こえた。

 彼女は僕が異譚課に加入した時点で、既に“ターボレディ”になっていた。

 快活としていて、ポジティブで、後輩を優しく可愛がってくれる、そんな頼れる先輩が、どうして自殺してしまったのか僕はそれほど知らない。

 その詳細を興味本位で聞き詰めるわけにはいかない。

 それは、女性に対して体重やスリーサイズを聴くこと以上に失礼な質問にしか成り得ない。


 同時に僕は、琴葉ちゃんのことを思い出してしまう。

 彼女も自ら命を捨てることを選び、偶然にとはいえ怪異と成り果ててしまった。

 もし、二枝さんへの復讐を終えたとして、自身を苛む憎悪が落ち着いたとしたら、あの子も似たような虚しさを感じてしまったのだろうか。


 大人しく人生を終えるべきか、怪異になってまで想いを遂げるべきか。

 今の僕にはそれに対する回答を持っていないけれど、それでも一つだけ言えることはある。



「ランさんが“ターボレディ”じゃなきゃ、僕は帰れませんでした」

「…………ほな、そりゃ儲けモンやな」


 目上の先輩へ、人生の先輩へ、頭を下げて感謝を伝える。

 彼女は僕の頭を雑に撫でて、気恥ずかしそうに笑ってくれた。

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