第3話

 時が来たようである。

 階段を駆け上がってくる足音が聞こえる。

 急がなくてはならない。小島は屋上の柵を超えた。眼下には広大な虚空が広がっている。にじんだ景色ははるか遠くに灰色のアスファルトを映していた。

 異様なほど静かだった。今から死のうというのにこれから止まるはずの小島の鼓動は小島の耳にはゆっくりと聞こえていた。ゆっくり、強く、はっきりと。

 足音が近づいていた。ロボットが集まり始めて地上がにわかに騒がしくなった。

 小島は一歩踏み出した。

 しかしなんともどんくさいことに踏み出していない方の足を滑らした。

 始終情けなかった自分にお似合いの、無様な死に様だなと屋上を見上げた。その時、彼は幻覚を見た。少なくとも彼はそう思ったのである。

 屋上にはカナがいた。そう見えた。


 落ちている時間は長く感じられた。五分にも、十分にも感じられたのである。彼は先ほどとは比べ物にならないほどの記憶を、いわゆる走馬灯を見ていた。幼少期から思春期、大学生活とテープを眺めるように見ていた。

 地面は近づいている。上を向けば恐ろしい速度で視界が黒くなっていっていた。

 風が強くなった。

 視界が黒一色になっていった。

 頭の中から秒読みが聞こえてくる。5・4・3・2・1・・・何も見えなくなった。首のあたりに激痛を感じた。


 どれほどかわからないほど長い間真っ黒な視界を見つめていた。暗闇を漂っていたような感覚がする。遠くから声がするような気がする


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