第9話


 傾奇町デスタワー。それは地上44階、地下4階建ての複合高層ビルだ。施設内にはライブハウスや映画館、ゲームセンターなどエンタメ関連のテナントが入居しているほか、密室カラオケや多目的トイレ、ラブホテルなども有名らしい。まさに新十区を象徴する新たなランドマークだ。

 この完成したばかりの高層ビルの地下にある大型バトルアリーナで、新十区カードバトルトーナメント新人戦が幕を開けようとしていた。


「よし。ここが選手控室だな。じゃあ頑張れよ、スルメ」

「私たちは観客席から応援しているからね!頑張って!」

「ん、頑張る」


 スズに抱きしめられて、口角が緩んでしまった。引率者であるカンナさんは私たちの美しい幼馴染愛を前にして苦笑している。名残惜しいが、応援に来てくれた2人とわかれて控室に入った。


『むむっ!強力なバトルパワーを感じるよ、マスター!』

「そう。どこから?」

『あっちの端からだね!』


 ホムラが指差した先には、見慣れた赤髪の少年が、茶髪ショートのギャルっぽい女の子と談笑していた。

 もしや……彼女か?面白い展開になりそうだと感じたので、2人だけの空間に割って入る。


「久しぶりショウタ。トーナメントに出るんだね」

「おぉ!そうだぜ!強い奴とカードバトルできるのが楽しみで今からワクワクが止まらねぇよ!」

『こいつだよマスター!デッキからとてつもないバトルパワーが発せられてるんだ!』


 ほう、そうなのか。流石は主人公(仮)だ。

 最近は直接対決していないが、色々とショウタの武勇伝は噂として聞いている。

 曰く、新十区の各地にあるカードショップで常連たちを全員ボコボコに負かしたとか。曰く、他校の有力プレイヤーをボコボコにして新十区の小学校の支配者になったとか。曰く、半グレ集団をアンティルールのカードバトルでボコボコに倒して女の子を救ったとか。

 誰かをボコボコにする話ばかりだな。こいつ、もしや主人公ではなく野良のバーサーカーだったりしやしないだろうか。

 そんな懸念は置いておいて、久しぶりにショウタとお喋りしていたら、唇を尖らせたギャル小学生に絡まれた。


「ちょっと!アンタってショウタの何なの?」

「私は神引スルメ。ショウタと同じ小学校に通う友達。貴女は?」

「私は間下インリン!ショウタの幼馴染よ!一応、こう見えてもそれなりに有名なディック・コッカーなの!」

『すごーい!フォロワー数114万人だって!』

「先週、ボケカスダンスの踊ってみた動画をあげていたよね?クラスで話題になっていた」


 ディック・コッカーとは、短尺動画SNSのディック・コックで動画投稿しているインフルエンサーのことだ。小中学生の間で人気があり、ダンスや歌の動画を投稿している人も少なくない。

 間下のアカウントを見たホムラは、驚きの声をあげた。

 フォロワー数100万人超えとなれば、超カリスマインフルエンサーと言ってもいいはずだ。学校やメディアなどで何度も名前を聞いたことがある。

 かく言う私も、深夜アニメ『引きこもります!アマテラスちゃん』の主題歌である「ボケカスダンス」を間下が踊っている動画を目にした気がする。ショウタの奴め、こんな有名人と幼馴染だったとは。主人公、恐るべし。


「よろしく間下」

「……悪いけど、マケって苗字で呼ばないでくれる?なんか縁起悪いでしょ?」

「わかった。私もスルメって呼んでくれて構わない」

「オーケー、よろしくねスルメ!」


 勝気で少し男勝りなところもありそうだが、だいぶ良い人っぽそうだ。

 そういえばインリンはカードバトルの動画も投稿していて、結構な実力者だった気がする。


「インリンは今日のトーナメントに出るの?」

「私は428区に住んでいるから、そっちの新人戦に出場したわ。今日はショウタの応援に来ただけよ」

「インリンはマジでスゲーんだぜ!なんたって428区トーナメントで優勝しちまうんだからな!」

「トーゼンでしょ。とは言いつつも、アンタにはあんまり勝ててないんだけどね」

「そうだな!たしか10勝4敗で俺が勝ち越してるはずだ!今のところは俺の方が強い!」

「うっさい!あー、思い出したら腹立ってきたわ!」


 どこからともなく取り出したハリセンで、ショウタは叩かれた。スパーンといい音が鳴る。


「うおぉぉぉ!いってぇー!何すんだよインリン!」

「ムカつくこと言うからよ!今に見てなさい!ハイパートーキョー主催のトーナメントでボコボコにしてやるんだからっ!」

「おぉ!いいぜ!インリンとのカードバトルはワクワクするから大好きなんだ!くぅー!今から楽しみだぁ!」

「だっ……!な、なに言ってんのよっ!もうっ!バカッ!」

『おやおやおや?マスターこれってもしや?』


 ツンデレですね、わかります。

 勝気な幼馴染のツンデレとか、チーズ牛丼と同じくらいに鉄板の組み合わせじゃないか。

 わかりきったことではあるが、一応インリンを呼び寄せて確認する。


「ねぇ、ちょっといい?」

「な、なによ?急に耳寄せないでよね」

「インリンってショウタのことが好きなの?」

「はっ……はぁあああああ!?だっ、誰があんな唐変木のバトル馬鹿のことっ!」

「どうしたインリン!?急にデカい声出して!」

「うっさい!アンタは隅っこでデッキでも調整してろ!」

「わかったぜ!」

『耳キーンってなった……』

「なんも聞こえねぇ……」

「まっ……まぁ?アイツって意外とカッコいいし?頼れるところもあるし?イイ奴だとは思うけど?」


 ごめん、なんて?

 至近距離で大声を出されたせいで、何も聞こえなくなってしまった。どうせしょうもないツンデレコメントをしているだけだろうから、いいけどさ。慰謝料を請求したいくらいだ。


「っていうか!アンタはどうなのよ!?アイツのことイイと思ってたりしないでしょうね!?この前だって不良から助けた女に惚れられてたし、アイツってば私がいるってのにっ……!私以外の女がもしアイツを奪ったりしたらっ……!」

『……うん?』

「安心して。私は幼馴染一筋。幼馴染以外勝たん」

「そ……そうよねぇっ!?幼馴染こそが一番よねっ!?なーんだっ!スルメってば超イイ奴じゃないのっ!」

「それほどでもある」


 なぜか肩を組まれて頭をわしゃわしゃされた。

 うむ。粗削りながら悪くない。乱暴で下手糞なカンナさんよりは上手だが、やはり愛しの幼馴染ことスズには敵わない。インリンにはもっと撫で力を鍛えてほしいな。

 一通り撫でて満足したのか、インリンはショウタの方へと向かった。


『……んん?あれー?おかしいなー?』

「どうしたのアホムラ。アホの癖に悩むなんて無駄だからやめたほうがいい。このアホがっ」

『酷すぎないっ!?いや……さっきインリンちゃんから一瞬、変なオーラを感じた気がして。黒い靄、みたいな?』

「ふーん」


 そっか。どうでもいいね。

 数日前にカードバトルしたとき、スズもそんな感じだったから流行りなのかもしれない。幼馴染系小学生の間で流行のアクセサリーみたいな。

 いかん。アホムラのせいで自分もアホになってきた気がする。

 そんな下らないことを考えていたら、ショウタとインリンが戻ってきた。


「たしかスルメとは決勝戦で戦うはずだったな!途中で負けんじゃねーぞ?」

「安心して。私は強い。ショウタの方こそピッグマースにならないよう気を付けるべき」

『違うよマスター!ピックハウスだよっ!』

「おぉ!?ウィッグマスって何だ!?聞いたことねぇ!お前さては勉強できるだろ!」

「ふふん。英語と算数はクラス最低点だった」

「威張んな!あとビッグマウスでしょっ!アンタたち揃いも揃ってバカじゃないの!?」


 酷い。少し勉強ができないからって辛辣すぎる。

 そうやって楽しくお喋りしていたら私の試合が始まる時間になった。愉快な友達ができて少し嬉しい。色々と面倒くさがったけど、存外カードバトルトーナメントに出るのも悪くないかもしれない。


・・・・・・・・・


 試合の準備が完了したので、バトルアリーナの壇上にあがる。

 大規模なアリーナながら、それなりに観客がいるようだ。とはいっても、カンナさんやスズが言っていたように、区長や一部の地元有力者を除けば、観衆のほとんどがお年寄りなど暇そうな地域住民だった。

 とはいえ、一流の会場でのカードバトルなので少しばかり気分が高揚している。大がかりなARビジョンは迫力満点だし、色とりどりの照明が眩しい。


「ハロー、エブリワーン!新十区カードバトルトーナメント新人戦にようこそだゼーイ!俺様は実況のマイク・イチガヤだ!よろしく!」


 テンションの高い実況のオジサンの声がスピーカーから聞こえてくる。どうやら、そろそろ試合開始のようだ。


「第一試合はなんと海外からの刺客・エリート駐在員と傾奇町で無敗の小学生によるバトルだ!まずは新十区の小さなホープ!神引スルメ選手の入場だ!」

「きゃぁああああ!スルメちゃん素敵ぃぃぃぃいい!こっち向いてぇぇええ!愛してるぅううう!くるっとターンしてぇえええ!」

「うおー!かっとばせスルメー!今日のお前はハクいぞー!タイマンは度胸だ!ガン飛ばして対戦相手にヤキ入れちまえー!おめーら!気張って応援かましてくぞー!」

「うおおおおおお!姉御に続けー!」

「っしゃおらいくぞー!」

「ソイヤッ!ソイヤッ!ソイヤッ!」

「あー……そこの観客席の皆様ー。周りの迷惑にならないようマナーを守って応援してほしいんだゼーイ」

『見てよマスター。あの2人の周りだけフーリガンみたいになってるよ。司会の言葉なんてガン無視だね』


 本当だ。カンナさんの舎弟らしき強面のお兄さんたちがデカい旗を振ったりしている。見るからに治安が悪そうで周りの観客も怯えている。あと特攻服を着たカンナさんが怖すぎるせいか、スタッフも止められずにいるみたいだ。

 まぁ、黄色い声援というのも悪くないものだ。愛しの幼馴染の言う通りに、その場でターンを一回転決めてやる。我ながらテンションが上がってしまい、ちょっと調子に乗っているのがわかる。

 スズ曰く甘ロリというファッションらしく、フリルのついた水色のロングスカートがふわりと広がった。ただ、ステージ上の僅かな段差に足をとられてしまい、顔面から倒れてしまった。


『ぶわっははははは!お人形さんみたいにおめかししたマスターが無様に倒れてやんの!ダッサー!日頃の行いってヤツだねっ!ざまあ!』


 ギロリと睨みつけてもなお、宙に浮かぶアホムラは腹を抱えて笑っていた。

 今に見てろよ。なんたって私のデッキには、カンナさんやスズから貰ったあんなスペルやこんなスペルがあるんだからな。せいぜい後悔するといい。

 乱れたヘッドドレスを整えていると、ギラギラしたナイスミドルのオジサンが壇上にあがってきた。


「そして!フリーダム・ユニオンの大手企業からやってきたエリート!害死ゴールドマン選手のエントリーだ!」

「オー!イエース!サンキューエブリワーン!」


 綺麗に顎髭を整えたゴールドマンなる男は、両腕を広げて観衆に向かってアピールしていた。高身長かつ年齢を感じさせないような、彫が深い整った顔立ちで、女性から黄色い声援が上がっている。

 一通り声援を浴びて満足した様子のゴールドマンは、私の方へと歩を進めると、手を差し出してきた。どうやら試合前の握手らしい。


「ハジメマーシテ!ミーはゴールドマンと申しマース!グローバル・ファイナンシャル・メジャーカンパニー、シルバー・セックス・スタンリーのハイパートーキョー支店で働くビジネスパーソンなのデース!」

「おー。ハロー、サンキュー。アイヘイトユー、ゴーアウェイ」

「ホワッツ!?ノー!なんてクソガキッズなんでショーカ!」

『なんか大袈裟で騒がしいオジサンだね……』


 たしかに。しかも服装もド派手で目に悪い。だいぶ目障りなジジイだ。

 しかもスーツのセンスが悪い。パステルカラーが主体のカラフルなジャングルが描かれたスーツの胸元には、大きなゴリラがプリントされている。高級ブランドのロゴがあるけど、なんだか異様なファッションだ。


「オジサン強いの?」

「もちろんデース!なにせミーは、トータル・ファイナンシャル・サービスの、ウェルビーイング・ESG・プラチナム・シニア・バイス・プレジデントなのデース!フリーダム・ユニオン仕込みのグローバル・スタンダード・タクティクスを見せてやりマース!」

『何をやっている人なのか一切わからない!』

「とにかく偉いってこと?」

「オー!ソーリー!クソガキッズには理解できまセーンネ!」


 いや、大人でも理解できないだろ。意味不明な肩書きが多すぎる。なんだこのジジイは。

 不審者を見るように目の前の派手ジジイを眺めていたら、また胸襟を開いて腕を広げ出した。


「ミーのトゥデイのアジェンダはオンリーワン!パーフェクトなヴィクトリーなのデース!クソガキッズには申し訳ないデースが、完膚なきまでに叩きのめしてやりマース!」

「カードバトルに御託はいらない。早く始めよ、オジサン」

「アーハン。レッツ・カードバトル、デース!」


 さて、大会である以上は公平に先行と後行を決めなければいけないだろう。


「じゃあ先行を決めるジャンケンをしよ。最初はグー」

「オーノー!グローバル・ビジネスにおいて、タイム・イズ・マネー!そんなブルシットなことに時間をかけるべきではありまセーン!ミーのターン!ドロー!」

「ふざけんなよジジイ」

『痛い!思い通りにいかないからってお尻叩かないでよっ!』


 なに勝手に先行をとってるんじゃ。ぶっ飛ばすぞ。

 抗議の意味を込めて審判を睨みつけるがスルーされた。なんならジジイがドローすると同時に「バトル開始ー!」と腕を掲げて宣言したくらいだ。なめとんのか。

 アホムラの尻を叩いていたら、ルール違反ジジイがニヤリと笑みを浮かべた。最初の手札から良いカードでもそろっていたのだろうか?


「アーハン。なるほどなるほど。それでは!ミーは手札から【ブラック・セダン・リザード】をサモンしマース!」

「おーっと!ゴールドマン選手!いきなり強力なアタッカーを召喚だ!」


 ヘンテコジジイが意気揚々とカードを掲げたことで、ARビジョン上に漆黒のドラゴンが現れた。仁王立ちしている黒竜の股間をよく見ると、なぜか甲高いエンジン音を出しながら小刻みに震えている黒色のセダンが生えていた。頬を染めるかのごとくセダンのヘッドライトは点滅している。


「ドラゴンと……自動車が合体したアタッカー?」

『あれってもしかしてドラゴンカーセッ……』

「イエース!最強のセクターであるオートモービル・インダストリーと、最強のモンスターであるドラゴンが合わされば、まさにインビンシブルなのデース!」


 たしかに生贄がいらないノーマルグレードアタッカーで、AP1800とはかなりの高打点だ。武装カードなしで突破できるアタッカーも限られるだろう。

 1ターン目から強そうなアタッカーが登場したことで、会場は大盛り上がりだ。


「エクスペンシブでパワフルなレアカードを詰め込めば、最強のデッキになりマース!ミーのハイレアリティ・ゴージャス・ドラゴンカー・デッキの前にひれ伏すがいいデース!スペルをセットしてターンエンドしマース!」

「面白い」


 見たことがないカードと戦えそうで何だかワクワクしてきた。

 私は指先に力を込めてカードをドローする。

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