第10話 『SNS彼女のファン』
ある日の放課後、瑠奈が急に俺のもとに駆け寄ってきた。彼女はスマホを握りしめ、焦ったような表情をしている。
「塩谷くん、大変……!」
「そんなに慌ててどうしたんだよ、何があった?」
俺があせる彼女を落ち着かせるようにそう聞くと、瑠奈はスマホの画面を見せてきた。
そこには、瑠奈のSNSアカウントの最新の投稿と、その下にいくつかのリプライが表示されている。
普段なら「羨ましい!」「素敵なカップル!」といった称賛のコメントが並ぶが、その中に見慣れない名前があった。
「え、彼氏がいるなんて嘘ですよね?そんなの信じられません!」
そのコメントをしたのは、
学年では有名な女子で、可愛らしい見た目と積極的な性格から、何かと注目を集めている後輩だ。
そして何より、美咲は瑠奈のことを「理想の先輩」として尊敬しているらしい。
SNSでも瑠奈の投稿に「いいね」やコメントを欠かさない熱心なフォロワーの一人だった。
一言で言うと瑠奈の大ファンってやつだ。
「この子、美咲ちゃんって言うんだけど……ずっと私のことを応援してくれてた子なの。でも、私に彼氏がいるって分かった途端、こんな感じで驚いてて……」
瑠奈は困惑したように眉をひそめた。俺もスマホの画面を見ながら少し考えた。
美咲は本気で瑠奈に憧れて、そして彼女のことを好いているからこそ、彼氏という存在に対して敏感になっているのかもしれない。
「まあ、瑠奈が急に"彼氏"を作ったとなると、そりゃ驚くだろ。憧れてるからこそ、なおさらショックなんじゃないか?」
俺がそう言うと、瑠奈はため息をついた。
「うん、分かってるけど……でも、これからどう対応すればいいのか分からなくて」
瑠奈は頭を抱えるようにして悩んでいる。
俺も少し困惑しながら「偽彼氏」としてどう振る舞うべきかを考えたが、こればかりは俺も対処方法が分からない。
そのようなことを聞いてしまうと、偽彼氏でしかない自分に、罪悪感を少し覚えてしまったのもたしかだった。
******
翌日、俺はいつものように昼休みを過ごしていた。
廊下で瑠奈と並んで歩いていたところ、たまたま例の後輩、美咲にばったり出くわした。
美咲は瑠奈を見つけた瞬間、彼女のもとに駆け寄り、目を輝かせて話しかけていたが、俺が近づくとその表情が一瞬曇ったように見えた。
「えっと……もしかして、あなたが瑠奈先輩の彼氏なんですか?」
その言葉には明らかに疑念が込められていた。
彼女の視線は鋭く、俺を観察するようにじっと見つめてくる。瑠奈が戸惑ったように小さく頷くと、美咲は不満そうに唇を尖らせた。
「瑠奈先輩には、もっと素敵な人がいると思ってました。なんで、こんな……普通の先輩なんですか?」
おお、この子ほぼ初対面の先輩に『こんなふつうのせんぱい』とかいったぞ。びっくりした。
そんな一言に、思わず俺も表情が固まった。
美咲は憧れの先輩である瑠奈が「普通の先輩」である俺と一緒にいることがどうしても納得できないらしい。
心の中に少し引っかかるものを感じつつも、俺は気まずく微笑むしかなかった。
「いや、俺が"普通"なのは間違いないけどさ……でもまあ、瑠奈が俺の事を選んだなら、それでいいんじゃないか?」
苦笑いしながらそう返すと、美咲はまだ不満げに瑠奈を見つめている。瑠奈もどう対応すべきか迷っているようで、少し戸惑いながら美咲に話しかけた。
「ごめんね、美咲ちゃん。でも、塩谷くんは優しいし、私にとって大切な人なんだ」
その言葉に、美咲は複雑そうな表情を浮かべ、しぶしぶ納得するように小さく頷いた。
それでもまだ釈然としない様子で、俺たちの方を見ながら美咲は立ち去っていった。
美咲が去った後、俺と瑠奈は気まずい沈黙の中に取り残された。
彼女の「大切な人」という言葉が妙に耳に残っていたのは、きっと気のせいではない。
しかし、俺の役目はあくまで「偽彼氏」だ。
だけど、そうなのだが、その一言に少しだけ特別な気持ちを抱いている自分に気づいてしまった。
「ごめんね、塩谷くん……美咲ちゃん、ちょっとなんて言うか、一言でいえばしつこい子だから」
瑠奈が少し申し訳なさそうに俺を見つめてきた。
その瞳には、フォロワーのために一生懸命頑張っている彼女の優しさが感じられる。
俺は自然と微笑んで、首を振った。
「いや、気にしなくていいよ。美咲もお前のことが大好きなんだろうし、驚いたんだろう」
それでも、俺は少し複雑な気持ちを抱えていた。
SNSでの「偽彼氏」として彼女に寄り添うのは、俺にとっても意外と心地よいものだったのだ。
だが、それ以上の感情が湧き上がりそうになる自分に、どう向き合うべきか分からなかった。
その夜、俺はふとスマホの画面に表示された瑠奈の最新の投稿を見つめていた。
そこには俺と瑠奈が並んで写っている写真と、「今日は塩谷くんとちょっとだけ特別なデート」という一言が添えられていた。彼女がフォロワーに向けて発信している「特別な彼氏」としての俺の姿。
投稿には「素敵なカップル!」「うらやましい!」というコメントが続々と寄せられているが、俺はそれをどう感じればいいのか分からなかった。
俺の心の中には、ただの「演出」ではなくなりつつある感情が少しずつ芽生えている気がした。
「……俺は、これでいいのか?」
スマホの画面に映る彼女の笑顔に、俺はそっと問いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます