第2話 捜査五課のメンツ


瞳子は地下に続くエレベーターで、刑事部のある3階から一気に降下しながらワナワナと足元を震わせた。


「え?なにこれ。夢?悪夢?五課とか聞いたことないんだけど……!」


地下1階。

エレベーターの扉が変に軋んだ音を立てながら左右に開くと、妙に暗い廊下が目の前に広がっていた。


「つか五課が扱う特殊事件ってもしかして……」


切れかかった蛍光灯。

どこかで鳴いているネズミの声。

そこここに張っている蜘蛛の巣に、瞳子は素早く視線を走らせた。


「オカルト系……とか?」


瞳子がゴクンと唾液を飲み込んだ次の瞬間、


ガラッ。

人気のない廊下の奥にある扉が一気に開いた。


「イギヤアアア!!!」


瞳子は思わずその場に座り込んだ。


「あー……えーと、真壁さん?」


やけに響く廊下には、薄暗さにそぐわない明るい声が響いた。


ゆっくり顔を上げると、そこには20~30代の好青年が立っていた。


(足は……ある……!)


瞳子は警察関係者というより、外車ディーラーの営業マンのような爽やかな男を見上げ、立ち上がった。


「あ、はい!そうです!失礼しました!」


「……わあ。げんきいっぱいだー」


やけに整った顔をしている男性は、棒読みで半分馬鹿にしたように言うと、クスクスと笑った。


「待ってたんだよ。汁男優共…おっと失言。捜査一課の皆さんから内線が入ったから」


「しる……?」


「ごめん忘れて?」


聞き慣れない言葉に首を傾げた瞳子に、男は被せるように言った。


「あの、お待たせしてすみませんでした!私、本日付で異動になりました、まか……」


「はいストップ」


瞳子の唇は長い人差し指で遮られた。


「自己紹介はみんなの前でここぞというときにしましょう。何回もするの無駄でしょ?省エネ省エネ」


男がそう言いながら扉を開く。


「ようこそ。捜査五課へ」


・・・・・


「し……失礼します」


瞳子はおそるおそるその部屋に足を踏み入れた。


瞬間、冷気とも呼べる涼しい空気が、瞳子の身体を包み込んだ。


(冷気というより、もはや霊気……?)


若干怖気づきながら見回す。


正面には6つのデスクが向かい合わせに並んでいて、奥に課長席があった。


(4人。私とこの先輩を入れて6人か)


こちらに気づく様子もなくパソコンに何やら打ちこんでいるメンバーから視線を上げる。

室内の作りは数分前に見てきた刑事部と変わらない。

所狭しに並んでいたデスクが本棚に、無数の男たちが立ち並ぶファイルに変わっただけだ。


唯一決定的な違いがあるとすれば、


(窓がない……)


瞳子は窓の代わりに壁一面に埋め込まれたホワイトボードを眺めながら小さく息を飲んだ。


「はい注目ー!いらっしゃいましたよー」


先程の男が、そこから足を踏み入れようとしない瞳子の脇を追い越して中に入った。


「ここぞっ!」


「あ、はい!」


男に促されて慌てて背筋を伸ばした。

4人8個の眼球が、一斉にこちらを向く。

瞳子は踵を揃えて顎を引いた。


「本日付で捜査五課に異動してきました、真壁瞳子です!よろしくお願いします!」


「こらこらこらこら!」


途端に男がツッコミを入れる。


「正式名称は捜査一課特殊犯罪捜査係だから!捜査五課っていうのは汁男優……失礼。他の刑事部たちが言ってる嫌味なの!ね!僕たちが自称しちゃったら終わりだから!」


「え……だってさっき……」


「じゃあ僕たちも自己紹介しましょうか!ね!」


男は誤魔化すように小さく咳払いをすると、改めて瞳子を見つめた。


「俺は流川綾人るかわあやと。流川さんでも綾ちゃんでも好きな方で呼んでね!」


「あやちゃん……?」


「んでー、奥にいらっしゃいます方は、我らが佐久間さくま係長!!」


デスクの奥に座っている大柄な人物が立ち上がった。


「歓迎しますよ。真壁さん」


「はい、ありがとうございます!」


(よかった。優しそうな上司だ)


瞳子は自分の父親と同じ年頃の佐久間を見詰めながら、こっそり胸を撫でおろした。


「続いてーその手前が、霧島きりしま)」


流川の声に顔を上げたのは、マッシュルームカットが似合う、小柄な青年だった。

年齢は流川と似たり寄ったりというところだろうか。


「霧島です。よろしく」


男性にしては細い声でそう言った顔には表情がなく、無駄にヘラヘラしている流川とは対照的な印象を受けた。


「その向かい側が俺ね。んで俺の隣の空席は瞳子ちゃんで」


「瞳子ちゃん…!?」


「その隣が……」


安孫子あびこです」


長い髪の毛を一つに束ねた女性がにこやかにこちらを振り返った。


「私は刑事ではなく事務職員です。主にデータ入力などを行っています」


「あ、はい、よろしくお願いします」


40歳くらいに見える話しやすそうな女性だ。

瞳子胸の中でガッツポーズをとった。


「そんで最後に、瞳子ちゃんの向かい側の席の……ほら!ボーっとしてるな!お前だよ!」


流川がそう言うと、言われた男性が視線を上げた。


「………」


瞳子は目を見開いた。


黒くサラサラの髪の毛。

大きな瞳に長いまつ毛。

青白い顔に淡いピンク色の唇。


流川も霧島も刑事部の人間にしては十分若いが、彼は飛びぬけて若く、


――否、見えた。


(同い年?もっと下?でも私が入署してから、刑事部に配属された私より若い人間はいないはずだけど……)


瞳子の困惑を他所に彼は立ち上がると、


しまです。よろしくお願いします」


そう言ってぺこりと頭を下げた。


「よろしくお願いし……」


「はい!これで全員かな」


瞳子が言い終わり前に流川はぐるりとデスクを見渡しながら言った。


「真壁さん」


係長である佐久間がにこやかに言った。


「仕事は基本的にOJTだから。やりながら覚えてね」


「わかりました」


瞳子も笑顔を返しながら、指示された席に鞄を置いた。


「あの、改めてよろしくお願いします」


向かい側の嶋に話しかける。


「…………」


しかしノートパソコンに視線を落としていた彼は、目を合わせてくれなかった。


(……う。もしかしてシカトされた?)


瞳子が唇を結ぶのと、


「はーい。じゃあ朝礼始めまーす」


流川がやけに間延びした声を発したのはほぼ同時だった。



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