1−1 閑話 石狩幸の追憶(改稿済)
『閑話 【過去編】石狩幸の追憶』
底が知れない。
それが彼,麗目隆の第一印象だった。
外見は若いお兄さんなのに纏うオーラだけが別格だった。
初めは気のせいだと思っていたが,あのダンジョン破壊を身をもって体感して自分の弱さを経験した。
私は彼の攻撃の衝撃はだけで気絶してしまったのだ。
情けないという感情とは別に,私には過去の思い出がフラッシュバックしていた。
忘れることもない2年間。
◇
それは私がまだ小学6年生の時だった。
その頃の私は少し他より容姿が整っていたのだと思う。
1ヶ月に2,3回は告白をされていた。
まぁ全部断ったのだが。
私には好きな子がいたのだ。
同じクラスにいる1人の女の子に恋をしていた。
その子はとても穏やかとは言い難い性格をしていたが,とにかく私はそのこと話す時だけ,素の自分で話すことができていた。
それのせいもあったのだろう。
いつのまにか私にとって彼女はなくてはならない存在になっていた。
そして迎えた卒業式。
「好きです!私と付き合ってください!」
私は今しかないと思い,彼女に告白をした。
彼女は一瞬驚いたが,すぐに満面の笑みで答えてくれた。
「はい!よろしくお願いします!」
その瞬間だけ,私たちはこの世界から切り離されていたのだろう。
桜の花びらが舞い,小鳥たちが歓喜の声をあげながら飛ぶ。
その頃の私たちにとっての盛大なお祝いだった。
それから同じ中学校に上がった私たちは周りに付き合っていることを隠しながらも,楽しく過ごしていた。
そして同時にそれが一生続くのだろうと思っていた。
でも現実は甘くなかった。
忘れることもしない。
2月2日。
それは唐突に起きた。
『ダンジョン暴走。』
私と彼女の住む街には有名なダンジョンがある。
そこが暴走して街中へと魔物や魔獣が放たれた。
なす術もなく蹂躙された人たち。
抵抗をし続け,体に傷を負って横倒れている人たち。
私たちはいろんな人の死体を見てしまった。
私たちの父はお互い探索者をしていた。
だが運が悪く,その日は別のダンジョン暴走に向かっていた。
時間が経つごとに人が死んでいく。
なんとか私たちを含めた100人にも満たない生存者は隣街の体育館へと逃げた。
誰もが一刻も早くのダンジョン暴走の終わりを願っていた。
そんな絶望的な状況の中,彼女は1人で立ち向かって行った。
私には内緒で。
トイレに行くと言ったきり戻ってこなかった彼女。
私は嫌な予感がして,走って私たちの住んでいる街へと向かった。
街は不気味なくらいに静かだった。
あらゆるところに張り付く血痕。
煙が立ち上る家の残骸。
そしてこの街の中心地には1000を超える魔物や魔獣の死骸。
その中心に立つ人。
一瞬でわかった。
いつも見ていた後ろ姿。
私が大好きだった髪。
お揃いで買ったパーカー。
立っていたのは私が大好きな彼女だった。
すぐに駆け寄る。
彼女はもう虫の息で話すのも難しいくらいだった。
私はひたすら泣いた。
そして迫り来る彼女の死を拒んだ。
だが現実は残酷で彼女の呼吸はどんどん弱くなっていく。
「あなたが…無事…なら良かっ…た…。」
「もうしゃべらないでいいから!早く隣街に行くよ!」
そう口に出したが彼女は微笑む。
「いいの。もう死ぬのは分かっているから。最後に聞いて?」
その一言で私の目からはさらに涙が溢れる。
全てを悟った。
彼女はもうすぐ死ぬのだと。
「わ…たし,あなたに,会…えて,幸せ…だったんだ…なぁって思って…る。今ま…で迷惑…かけて…ごめんね。わ………,い………ま……,……た……て……ら。」
「 。」
彼女の体から力が抜ける。
彼女が死んだ。
その途端,私の中には短かくて長い思い出が流れてくる。
私は彼女を抱きしめ,声をあげて泣いた。
一晩中は泣いていたと思う。
次に目を覚ましたのは病院のベッドだった。
◇
後々聞いたのだが,彼女は探索者だったらしい。
探索者としては当然のことをこなしたのだろうが,いまだに恋人の私の傷は癒えていない。
それは彼女の親族でも同じだろう。
そして私はその日をきっかけに探索者を目指すことになったのだが…。
「この有様じゃ,あいつに顔向けできないわね。」
正直言って諦めかけていた。
だが,彼女の最後に話した言葉を思い浮かべて再びやる気を取り戻す。
いつかの人へ問う。
「あなたは今でも私を見てくれていますか?」
いつかの日へ問う。
「希望は見えていますか?」
石狩幸と
これは2人の2年間だけの物語。
この2人の物語はこの2人しか知らない。
そしてあの日の悲劇を経て今まさに新たな悲劇が生まれようとしている。
既にダイスは振られている。
彼女もまた,同じ運命を辿ることかも知れない。
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