勇者御一行様。異世界から帰還する。
こーぼーさつき
プロローグ
0話 元勇者、日本への帰還を申し出る
「勇者コヒナよ。魔王城攻略大義であった。召喚時にした約束を果たそうではないか。魔王城攻略をし、我が軍が勝利した暁には『我、皇帝エンペルトが責任を持って勇者コヒナの願いを一つ叶える』という約束を」
私は今、謁見の間で皇帝と対面していた。
異世界召喚されて三年。
悲願であった魔王軍滅亡を達成することができた。
「発言よろしいでしょうか」
私が声を出すと、参謀や周囲の騎士は気を張りつめる。
ここまでこの縁もゆかりも無い異世界で命をかけて尽力したというのに。この態度だ。はっきり言っておもしろくない。
勇者といえど、所詮は異世界から来た部外者。未だに私のことをそう言って忌避する者さえいる。
「もちろんだ」
皇帝の言葉は強い。張った気を一蹴するのだから。
「ありがとうございます。確認させていただきたいのですが」
「なんだ」
「私がこの世界に召喚されてきた時、たしか『なんでも願いを叶える』と約束してくれたと思うんですが、これって私の記憶違い……とかじゃないですよね」
「うむ。もちろんだ」
「それじゃあ。一つお願いしたいことがあります」
「言ってみろ」
「私を……元の世界に返してください」
異世界というのは漫画ほど良いものではなかった。
チートスキルはたしかに良い。これだけあれば死ぬことはまぁないから。
ただ人間関係は現実世界と同じ。なんならそれ以上に複雑だ。穏健派と過激派で国内は分裂していて、穏健派は私を異様に担ぎ上げるし、過激派は私を異様に敵視する。そのせいで心休まる日はなかった。ストレスマッハであった。
夢の異世界生活とか思っていたのが恥ずかしい。
もう満足した。
この世界に未練はない。
それに元の世界に残してきた人たちが沢山いる。
こっちの世界にも知り合いはたしかにいるし、仲間もいるけど。天秤にかけたらどうしても元の世界の人間が勝ってしまう。
「それは……構わないが。この世界に戻れなくなるが。それでも良いのか?」
「はい。未練はありません」
「そうか……」
あまりにもはっきりと言うものだから、皇帝は少したじろぐ。
私がいなくなることで、また魔王が暴れだし、争いが再発する。その可能性はたしかにある。自分で言うのもなんだが、私はこの国の脅威であり、他国や魔王軍を牽制するのに有効的な道具だった。だからそれが失われるというのは、この国の外交上の武器を一つ失うということに等しい。
まぁそんなの私は知ったこっちゃないのだが。
「では、一週間後に召喚の間に来てくれ。元の世界に返す儀式を行おう」
「今すぐでも良いですよ」
「とはいえだな。勇者コヒナ。お世話になった者が居るだろう。生きにくい世界であったかもしれぬが、お世話になった者へ感謝は伝えるべきだ。そのための猶予期間である。それにこちらとしても準備が必要だ。今、城に滞在している魔術師では元の世界へのゲートは開けぬ」
「たしかに……そうですね」
この世界というか、この国はクソだ。
けれど私に良くしてくれた人が一切いなかったかと言われれば決してそんなことはない。
感謝をするべき。
それには激しく同意できる。
「では一週間後。召喚の間で。失礼いたします」
穏健派からも過激派からも鋭い目線を貰い、居心地の悪さを感じて早々に謁見の間を後にする。
この慣れた廊下とももうそろそろでおさらばか。
早く元の世界に戻りたいと思っていたが、いざそれが決定すると寂しさが込み上げてくる。不思議なものだ。
最初の頃はどこになにがあるのかわからず、自分の部屋へすらまともに辿り着けなかったのに。今はこうやって考えごとをしながらでも歩けるし、辿り着けるようになっていた。それだけ歩いていたということか。いやはや感慨深い。
というわけで私の部屋に辿り着く。
この部屋とももうさよなら。
私物とかどうしよう……とか考えながら扉を開ける。
「コヒナ様! おかえりなさいませ。お疲れでしょう。肩を揉みましょう」
最初に出迎えてくれたのはメイド服を着た金髪エルフである。彼女の名前はカレナ。まるでメイドみたいだが、これでも私のパーティメンバーだ。しかもチート能力を授かった私に肩を並べるほどの魔術使い。正直彼女がいなければ魔王城攻略は難しかっただろう。
「コヒナ! あのねあのね。カレナにおさかなもらったの」
ちびっ子で猫耳を生やしているこの子はタマ。ちなみに名前は私がつけた。猫耳族だからタマ。安直だったかな。でも結構気に入っている。魔術はからっきしであるが、嗅覚と俊敏さ、それから接近戦に関してはパーティメンバーの中でも引けを取らない。あとはムードメーカーだ。パーティ内で大きな争いがなかったのはこの子のおかげと言っても過言じゃない。
「待っていたぞ。あぁ……なんて疲労感漂わせている顔だろうか。せっかくの可愛い顔が勿体ない。これだからあの皇帝は……。私も着いていくと言っただろう? 絶対に私の付き添いがあった方が良かったに決まっている」
この自分をあまりにも過大評価し、図々しい銀髪の人間はユキ。一応元この国の騎士団長である。なにがあったか……は思い出したくもないが、紆余曲折を経てパーティメンバーになった。そして私への愛が重たい。でも騎士団長に昇り詰めていただけあって剣筋はたしかなものである。剣だけは本当に才能がこれっぽっちもないので、純粋に羨ましい。これ言ったら調子に乗るのが目に見えるので言わないけれど。
ちなみに魔王城攻略を終えてパーティは解散している。
なのに三人とも私に着いてくる。謎だ。
勇者一行として三人も知名度は抜群。
その称号だけで一生喰っていける。実力的に冒険者にでもなれば、億万長者も夢じゃない。
だから私に付き合う必要は全くないし、それを何度も説明してるのだが。
「コヒナ様。どうやらかなり緊張なされていたようですね。肩の凝りが酷いですよ」
「ほら私がいないからだ」
「ユキがいないぶんコヒナはあんしんだったよ」
「タマぁ!? なんてことを!」
私の肩をカレナが揉み、その隣で大人と子供があれやこれや言い合って笑っている。
「コヒナ様。皇帝様とはどのようなお話をなされていたのですか?」
「知っているぞ。召喚時に約束したアレだよな」
「アレですか?」
「魔王城を攻略した暁には『皇帝陛下直々に一つなんでもお願いできる』っていう約束だ」
そっか。ユキは当時、騎士団長だったからその約束をした謁見の間に居たのか。
「そんなことしていたのですね」
「コヒナはなにやくそくしてきたの? わたしだったらねー、おさかないちねんぶん!」
「そこは一生だろ。欲がないな。タマは」
「おしとやかーだよー。ユキにたんないやつー」
「タマァ!?」
「コヒナ様」
肩を揉む手が止まった。
「なにを約束なされたのですか。やはり報酬増額とかでしょうか。お金があれば自立することも容易いでしょうし。そうしたら私たちだけの家も買えますね。家を買って、拠点にし、冒険者として困っている方々を助けるヒーローになる。それも面白そうです」
「タマはおさかなつりたいなー」
「私はコヒナを愛でられればそれで構わないぞ」
三人はやいよやいよと将来に希望を寄せる。
なんか元の世界に帰るって言い難い空気になってしまった。
でも言うなら早く言った方が良いよね。後になればなるほど言い難くなるのは目に見えるし。
「元の世界に帰るって約束した……けど」
ワイワイガヤガヤしていたのに、ピタッと静かになる。しーんとして、空気はどんより重たくなる。
その空気を切り裂くようにカレナは口を開いた。
「わかりました。そういうことでしたら、カレナ。お供いたしましょう。コヒナ様の故郷へ」
「……? タマも!」
「そう易々と決定できるものでは……元の世界に帰ったらこちらの世界に戻ってくるのは難しくなるのだぞ。コヒナに着いて行けばこっちの知り合いとはもう会えなく……って、私はもう居なかったな。会いたい知り合いなぞ。わかった。私も着いていくぞ。コヒナ」
流れが良くない方向に進んでいる。
いや、着いてきてくれるって言ってくれるのは嬉しいけど。現実的に考えて難しいでしょ。ユキは人間だからともかく、カレナはエルフだし、タマは猫耳族だし。無理だよ、連れていくの。
「私が決めることじゃないから」
肯定も否定もしない。
「そうだな。その通りだな。決定権は皇帝陛下にあるな。では今から謁見を申し込もう」
「こーてーにあおー」
「本来はお止めしなければならないのかと思いますが。ここは賛同いたします。ユキ様」
あぁあぁ。もうこうなったら止められない。唯一のストッパーであるカレナがそっち側に行っちゃったんだもん。もうしーらないっ。
ってもう出てった。善は急げと言うけれど、あまりにも早いな。
そう時間を費やさずに戻ってきた。時間的に断られたんだろうなと察する。なんて声掛けてあげようか考える。
「コヒナ! 聞いてくれ」
「あのねあのね」
「私たちもご一緒できることになりました」
……。
あの皇帝なに考えているんだ。
◆◇◆◇◆◇あとがき◆◇◆◇◆◇
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